枯れる向日葵

大西 詩乃

枯れる向日葵

貴方を見ている。

 ひまわりの花言葉だ。


 ドアを開けるとムワッと湿った空気が玄関に流れ込んでくる。眩しい日差しは私とアスファルトを均等に焼いていく。私は数歩歩いて引き返し、日傘を取りに戻った。

 少しマシになった道のりを歩いて電車に乗る。

 車窓の向こうには、青々と茂る夏の自然と青い空と逆光で塗りつぶされたビルがコントラストになって、ゆっくり遠くなっていく。

 そしてまた、涼しい車内と別れを告げ、傘をさして、アスファルトの上を歩く。

 アスファルトから石畳に変わる。

 長方形の石が立ち並ぶソコへ足を踏み入れる。真ん中にやたら大きな木があって影に入ると少し涼しく感じる。

 目的の石の前で立ち止まる。

 しゃがんで、線香をあげて、手を合わせる。

 こんな遠いところに墓なんて立てちゃって、私のことなんて全然考えてないんだから。お陰で一年に一回しか来れないじゃない。

 それから私はつらつらと近況報告して、顔を上げた。

 石の向こうで咲いていたひまわりと、目が合った。暑すぎて枯れてしまったようで俯いている。少しかわいそうだ。

 去年私が植えた花で、花言葉は貴方を見ている。ずっとお前を見ているぞと言う気持ちで植えたのだが、夏にしか咲かないし、見てるのは太陽だし、タネを買ったことを少し後悔していた。しかし今年の大猛暑で俯いて、いい感じに石の方を向いたらしい。

「こんにちは」

 花を持った学生服の少年が私に声をかけた。

「……こんにちは」

「すみません、ちょっと失礼します」

 同じ石が目当てだそうで、花を生けて手を合わせ始めた。

「この人、俺を助けて死んだんです」

 目を開けた少年がそう言った。

 私は知っていた。

 彼が川に溺れそうになった子供を助けたこともことも、自分は助かり損ねてそのまま流されたことも、その子供が葬式にいたことも。

「もう中学生なんだ、早いね」

「この人のおかげです……。あ!時間!すみません俺部活抜けてきてて……帰ります!」

 そう言うと走って石畳を靴の裏で鳴らしながら帰って行った。

 見えなくなった頃にため息をついて石を見る。

 誰かを恨めたら、この気持ちの行き場になるだろうか?そう心の中で問うても石は何も答えない。

 本当に貴方は私のことを考えていないね。

 でも私はそんな貴方を愛している。


 帰りの電車は人がまばらで静かだ。

 ひまわりはタネができていたので、そのままにしておいた。

 車窓から差し込む夕日が目に染みる。

 ひまわりは咲くだろうか。咲いても咲かなくても貴方をずっと想っている。

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枯れる向日葵 大西 詩乃 @Onishi709

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