第3話 パラレル3

# 宇宙人の策略


私の名前は佐藤健太。27歳、独身。特筆すべき特徴もなく、平凡なシステムエンジニアとして日々を過ごしていた。


「はぁ...」


会社からの帰り道、電車の中で溜息をついた。向かいの席に座っていたのは、豊満な胸を持つ女性だった。彼女は本を読みながら、時折髪をかき上げる仕草が何とも言えず魅力的だった。


正直に言おう。私は巨乳の女性に憧れていた。いや、憧れというより、ある種の崇拝に近い感情だった。しかし、モテない自分には縁のない世界だと諦めていた。


「次は新宿、新宿です」


アナウンスとともに電車が駅に到着し、私は人混みに紛れて駅を後にした。


その夜、いつものように一人でコンビニ弁当を食べながらテレビを見ていると、突然画面がノイズで埋め尽くされた。


「なんだこれ...」


テレビをたたいても状況は変わらない。そして次の瞬間、部屋全体が眩い光に包まれた。


「ぐっ...!」


意識が遠のく中、最後に見たのは、人間とは思えない細長い指を持つ存在だった。


***


「うっ...頭が...」


目を覚ますと、見知らぬ白い部屋にいた。全身が重く、何か違和感がある。


「鏡...鏡はどこだ...」


部屋の隅に小さな鏡を見つけ、手に取った瞬間、私は絶句した。


鏡に映っていたのは、豊満な胸を持つ女性の体だった。しかし、顔と呼べる部分には目も鼻も口もなく、ただ二つの小さな胸のような突起物があるだけだった。


「なっ...何だこれは!?」


パニックになって自分の体を確かめると、確かに女性の体だった。しかも、憧れていた理想的な巨乳の持ち主だ。しかし、顔の部分は...正常ではない。


「実験体X-27、覚醒を確認」


冷たい機械的な声が部屋に響き渡った。


「誰だ!? 何をした!?」


「我々はアンドロメダ星系第三惑星からの調査員だ。地球人の性的嗜好と心理的反応を研究している」


部屋の壁が透明になり、向こう側に立っていたのは、灰色の肌を持つ細長い体型の宇宙人だった。


「なぜ私をこんな姿に...」


「君の脳波パターンを分析した結果、巨乳の女性に対する強い憧れを検出した。我々の実験では、被験者の最も強い欲望や憧れを物理的に具現化し、その心理的影響を観察している」


「元に戻してくれ!」


「残念ながら、現時点では不可能だ。この形態での観察期間は地球時間で約30日間。その後、結果次第で対応を決定する」


宇宙人は冷淡に告げると、再び壁は元の白い状態に戻った。


***


数日が経過した。私は自分の新しい体に少しずつ慣れていった。動くたびに揺れる胸の感覚は、以前なら興奮したかもしれないが、今は不便さを感じるだけだった。


顔の部分にある二つの突起物は、どうやら感覚器官の役割を果たしているようだ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、すべてがこの二つの器官を通じて伝わってくる。奇妙な感覚だが、不思議と機能している。


「実験体X-27、今日から地球環境での適応テストを開始する」


ある日、突然そんな通達があった。


「どういうこと?」


「君を一時的に地球に戻し、その姿での社会的反応を観察する。もちろん、我々の監視下での行動に限る」


そして私は、気がつくと自分のアパートにいた。体は依然として女性のままで、顔の部分も変わっていない。


「どうすればいいんだ...」


途方に暮れていると、テレビから宇宙人の声が聞こえてきた。


「通常の生活を送るように。ただし、他者との接触は最小限に抑えること。観察期間は48時間」


***


外出するのは怖かったが、食料が必要だった。深夜のコンビニなら人も少ないだろうと思い、フードを深く被って出かけた。


コンビニに入ると、店員は一瞬私を見て目を見開いたが、すぐに普通の対応をしてくれた。レジで会計を済ませ、急いで帰ろうとした時だった。


「ちょっと待って」


背後から声がかけられた。振り返ると、以前電車で見かけた巨乳の女性だった。


「あなた...大丈夫? 何か困ってる?」


彼女の優しい声に、私は言葉を失った。どう説明すればいいのか。


「私...」


声を出すと、女性の声だった。体の変化に伴い、声も変わっていたのだ。


「実は...」


思わず状況を説明しようとしたが、その瞬間、強い頭痛が走った。宇宙人の警告だろう。


「ごめんなさい、大丈夫です」


そう言って立ち去ろうとすると、彼女は私の腕を掴んだ。


「嘘よね。あなた、何か変なことに巻き込まれてるでしょ? 私、麻衣っていうの。力になれることがあったら言って」


彼女の優しさに、私は涙が出そうになった。


***


麻衣さんの家で、私は紙に状況を書いて説明した。話せば宇宙人に妨害されるが、書くのは大丈夫なようだった。


「信じられないわ...でも、あなたの体の特徴を見ると、人間の技術じゃないのは確かね」


麻衣さんは冷静に受け止めてくれた。


「でも、なぜ宇宙人があなたをそんな姿に?」


私は恥ずかしながら、巨乳への憧れについても書いた。


「そう...あなたの願望が皮肉な形で叶えられたのね」


麻衣さんは少し考え込んだ後、決意を固めたように言った。


「協力するわ。あなたを元に戻す方法を一緒に考えましょう」


その夜、私は麻衣さんの家に泊めてもらった。彼女の優しさに、心が温かくなるのを感じた。


***


翌日、麻衣さんと作戦を練っていると、突然部屋が光に包まれた。


「実験体X-27、許可なく情報を開示した。実験を中止する」


宇宙人の姿が現れ、私に向かって何かの装置を向けた。


「待って!」麻衣さんが叫んだ。「彼を元に戻してあげて!」


「不可能だ。この実験体はもはや失敗作だ」


「じゃあ、私を代わりの実験体にして!」


麻衣さんの言葉に、宇宙人は一瞬動きを止めた。


「興味深い提案だ。しかし、なぜそこまでする?」


「彼は...私のことを憧れの目で見ていた。そんな純粋な気持ちを持つ人を助けたいの」


宇宙人は沈黙した後、何かを決断したように言った。


「了解した。新たな実験として、意識の交換を試みる」


***


目が覚めると、私は自分の体に戻っていた。隣には、顔の部分に二つの突起物がある麻衣さんの体があった。


「麻衣さん!」


彼女は私の声に反応し、ゆっくりと起き上がった。


「健太くん...成功したみたいね」


彼女の声は、あの突起物から発せられていた。


「なぜそこまでしてくれたんですか?」


「あなたの目...電車の中で私を見ていた時の目が、憎しみや欲望ではなく、純粋な憧れだったから」


彼女の言葉に、私は胸が熱くなった。


「でも、このままじゃ...」


「大丈夫よ。宇宙人は言ってたわ。この状態は一時的なものだって。実験が終われば、私も元に戻れるって」


「本当ですか?」


「ええ。だから、それまでの間...私のことを知ってほしいの。外見じゃなく、中身を」


麻衣さんの言葉に、私は深く頷いた。


***


それから一ヶ月後、麻衣さんは約束通り元の姿に戻された。宇宙人は「興味深いデータが得られた」と言い残し、地球から去っていった。


「健太くん、これからどうする?」


元の姿に戻った麻衣さんは、以前と変わらぬ美しさで微笑んでいた。


「麻衣さん...僕は、あなたの外見だけじゃなく、優しさや勇気、すべてに惹かれています」


「私も同じよ」


私たちは手を取り合った。この奇妙な体験を通じて、私は大切なことを学んだ。本当の魅力とは外見ではなく、その人の内側にあるものだということを。


そして、時には自分の憧れが思わぬ形で叶うこともあるのだと。


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