夢の続き

けに

第1話 夢の残り香

目が覚めた瞬間、喪失感と切なさに包まれる。

明け方の光がカーテンの隙間からぼんやりと差し込んでいて、枕元のスマホを手に取ると画面にはまだ五時台の数字が並んでいた。

いつもより早く目が覚めたのは多分、あの夢のせいだ。


天井を見つめたまま息を吐く。

心臓が少し速い。

頬の奥がじわりと火照っている。


夢の中に懐かしい人が出てきた。

前の職場で誰にでも優しくてみんなに慕われていた人。

私より少し背は低いけど引き締まった体つきでどんな時でも頼りがいがある人。


柔らかい唇と私を抱き寄せた腕の感触が、まだ肌の奥に残っている気がする。

本当は一度もそんなふうに触れられたことなんてないのに。


私はそっと目を閉じた。

もう一度あの夢に戻りたくて

ぎゅっと瞼を閉じる。

けれど、まぶたの裏にはもう誰もいなかった。



街を歩いていると人の流れがやけに速く感じた。

イヤホンから音楽が流れているのに、何を歌っているのかさえ頭に入らない。

心の中ではさっきまで夢の中にいた人のことばかり考えていた。


「陸玖さん......」


小さく誰にも聞こえない声で呟く。


もう繋がらない縁だと思って諦めたのに…。

それなのに、夢の中であの人に抱きしめられた瞬間、どうしようもなく幸せだと思ってしまった。

ずっとあの腕の中にいたいと思ってしまった。


報われないのにこんなことを考える自分が嫌になる。

でも思い出すたびに胸がきゅっと疼いてしまう。



バイト先の事務所は冷房が効きすぎていて指先が冷たくなるほどだった。

パソコンに向かいながらも頭の片隅では笑ったあの人の顔がちらついて仕方がない。


「大丈夫?」


先輩の声に慌てて笑顔を作る。


「大丈夫です…!多分寝不足かも」


嘘じゃない、確かに眠りは浅かった。

あんな夢を見た後じゃぐっすりなんて眠れるはずもない。



昼休み


コンビニで買ったサンドイッチをひと口齧りながら、スマホの画面を見つめた。


連絡先はまだ消せずに残っている。

前の職場を辞めてから一度も連絡していないけれど、履歴は何度もスクロールしてしまう。


最後のメッセージは、

「ありがと!」

それにスタンプを返しただけで終わっていた。


何度も読み返してはそっと画面を閉じる。

もう連絡なんてできない。

今は別の人と付き合っているのにそんなこと裏切りだ。


わかってる。

それでも心の奥で呼ばれるように、その人を思い出してしまう。




帰ってきた部屋は静かで時計の針の音がやけに響く。

髪を乾かしながら鏡越しに自分の顔を見つめた。

隈が出来て疲れきったいつもの私の顔、

でも少し頬が赤くなっている気がする…。


スマホの画面に通知が光る。

今付き合っている人からの優しいメッセージ。


「今日もおつかれ。無理してない?」


その言葉が胸に突き刺さる。

好きじゃないわけじゃないのに、むしろ大事だと思っているのに…。

自分が本当に最低だと思う。



ベッドに潜り込むと部屋は闇に沈む。

目を閉じるとあの人の声がふいに頭の中で響いた気がして息が止まる。


「…もう一度、会いたいな。」


自分でも呆れるほど小さな声で呟く。

夢でもいい。

またあの人に抱きしめられたい。


そんなことを願いながら私はゆっくりと瞼を閉じた

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