第14話。奈波と来訪

 澪音みおが行方不明になってから数日が経った。


 エレンのSNSは更新が止まり、今、澪音が生きてるかもわからない。もしかしたら、琴海ことみの方では警察に相談をして行方を探している可能性もある。


 ただ、私は澪音のすべてを忘れようとしていた。


 なのに、割り切れない感情が私の心に深く根を張っているみたいだ。いくつもの感情同士が複雑に絡まりあって、簡単には引き離せない。


 そんな人間が普通に生きられるわけがない。


「……っ!」


 喫茶店のバイト中。


 何かが割れる音に私の体が跳ねた。すぐに意識を向ければ、足元には自分の手から滑り落ちた食器の破片が散っていることがわかった。


 私は咄嗟に足元の破片に手を伸ばした。


「ミナちゃん!」


「ホタルちゃん……」


 横から出てきたホタルの手が私の腕を掴んでいた。ホタルの焦った顔を見て、自分が何をしたのか理解した。


「素手で掴んだら怪我しますよ」


「ごめん……」


 これで何度目の失敗だろうか。


 澪音が居なくなってから、私は生きている実感がわかなくなった。感情をごまかす為に何度も配信をやろうとしたけど、エレンのことを聞かれるのが怖くて配信が出来なくなっていた。


 今の私には何も無かった。


 何の価値も生み出せない。


「ミナちゃん、少し休んできたら?」


「でも……」


「これは命令です」


「わかった……」


 私は休憩室に行くことにした。その途中でゴミが溜まってるのが見えたから、休憩室に行く前にゴミを捨てに行くことにした。


 店の裏口から出て、ゴミを捨てようとした。


「外、結構暗くなってる……」


 ゴミ捨て場は建物の裏側。そこの道は繋がっていて、時々通り抜ける人を見かける。だから、誰かが立っていたとしても、不思議なことではなかったはずなのに。


「こんにちは。アナタが奈波ななみさんですよね?」


「……っ」


 突然、声をかけられて驚いた。


「だ、だれ?」


 見覚えのない二人の女の子。子供のような見た目をしているのに、独特な雰囲気が私の感覚を狂わせるようだった。


 場所が場所なら、ホラー映画のワンシーンを思わせる。ただ、このタイミングで猟奇的な殺人事件が起きるとは考えれなかった。


「えーと……」


 戸惑いはあったけど、不思議と恐怖はなかった。


「私達は先生に命令をされて、奈波さんを探していました。本来であれば奈波さんの仕事が終わるまで待つつもりでしたが、船の時間が迫っていますから」


 人間に対して、機械的というのはおかしいだろうか。ただ、女の子の動きや発せられる言葉のすべてから、人間らしさが損なわれている気がした。


 二人は手に繋いでいるけど、それも意味があるように思えてしまう。よく見れば双子だろうか。片方は眠そうな顔をして、会話に加わるつもりはなさそうだった。


「澪音さんに会いたくありませんか?」


 私の頭に次々浮かぶ疑問を塗り潰すように、彼女は私にとって致命的な一言を口にする。


 それは私が必死に忘れようとしていたことだ。


 なのに、私は澪音のことを忘れることが出来ない。


「……澪音が何処にいるか知ってるの?」


 まだ、行くと決めたわけじゃない。


「はい。私達の居る病院に入院をしています」


「病院って……澪音、怪我したの?」


「いいえ。しかし、澪音さんは入院が必要な状態であること。そして、奈波さんが必要な状態であること。この二つは間違いありません」


 私が澪音に会って何か出来るのだろうか。


 澪音には私が必要ないから黙って行ってしまった。こうして、私を迎えに来たのが澪音の指示でないことはすぐにわかってしまう。


「私達は奈波さんの意思を確認しています」


「意思って、病院に行くだけじゃないの?」


「病院があるのは、とある島です。島と言っても、人口はそれなりにいますけど」


 どうして、そんな島に澪音がいるのだろうか。


「行くとなれば、色々と準備も必要と思いますよ」


「行く」


 私は澪音に会いたい。


 会って、ちゃんと話がしたい。


「わかりました。では、彼女を預けます」


 ずっと黙っていた子が前に出される。


依土いと。奈波お姉さんを島まで案内してあげて」


「わかった……」


 依土と呼ばれた子が私の隣まで来た。


「え、いや、子供を預かるのはちょっと……」


「心配しないでくたさい。私達は皆、お酒の飲める年齢ですから」


 まさか、二人とも私よりも年上ってことはないよね。今になって私が敬語を使っていないことに気づいた。


「私は先に戻ります。奈波さんは依土を連れて島まで来てください」


「どうして、そこまでしてくれるの?」


「それが私達姉妹に与えられた仕事ですから」


 ずっと、彼女から感情を感じなかった。感情が完全に無いわけじゃなくて、感情が見えないように上手く隠している。


 私との関係を仕事上で終わらせようとしているのも彼女なりの距離感だと思った。きっと、私は彼女の優しさに甘えることは許されないと思った。


「アナタの名前、教えて」


「私の名前なら律月りつきです」


「律月ちゃん……」


「名前、間違えないように、頑張ってくださいね」


 依土を残して、律月は行ってしまった。


「えーと、依土ちゃん。島に行く船って、まだあるんだよね?」


「時間的には次が最後だと思います……」


 まだバイトが終わっていないから、無理をして行くなら抜け出すことになる。ただ、まだ私には覚悟が足りていなかった。


 本気で澪音に会うなら、律月の後を追いかけていたと思う。バイトなんか全部投げ捨てて、人生のすべてを澪音に使えたら、なんて。それほど世界は簡単な仕組みでは出来てはいない。


「それに今から行っても面会時間には間に合わないと思いますよ……」


「あ、そっか……」


 澪音が居るのは病院だと言っていたっけ。


「私、奈波さんのお仕事が終わるまで、店の外で待ってます……」


 歩き出そうとする依土の肩を掴んだ。


「今の時間ならお客さんも少ないから、店に入ってていいよ。席に着いたら私が依土ちゃんのこと対応するから」


「わかりました……」


 私は店の中に戻ることにした。


 さっきよりも私が落ち着いているのは、澪音と会えることがわかったからだと思った。はやる気持ちを抑えながら、店に入ってきた依土の接客を私がすることにした。


「これは言わる。メイドカフェですか……」


「制服が可愛いだけの喫茶店だよ」


 依土がメニュー表を立てる。


「依土ちゃん。聞いてもいい?」


「なんですか……」


「どうして、私が奈波ってわかったの?」


 依土の視線が一瞬だけ私に向いた。


「スマホの画面です」


「もしかして、澪音のスマホ?」


「はい。電波が入ってないみたいでしたけど、画面は映ってました。その時、奈波さんの顔を確認しました……」


 やっぱり、澪音は連絡が取れないようにしている。わかってはいたけど、私の言葉は何も澪音に届いていない。


「その画面に写ってるのが私とは限らなくない?」


「本人が言ってました。昔、仲の良かった友達と一緒に撮った写真だと……」


 昔。澪音にとって、今の私との思い出は存在しなかったということだろうか。あの待受をずっと変えていないとしたら、澪音はずっと過去に囚われている。


「澪音さんは……奈波さんを思い出の中に閉じ込めたいのかもしれないです……」


「どうして?」


「今が不幸だから。だと思います……」


 澪音が抱えていた不安の原因。


「澪音の病気のこと。答え気はないよね?」


「はい。本来であれば私達は患者の情報を好き勝手使っていいわけではありません。ただ、今回は特別。澪音さんにとって、奈波さんと会うことが最善の治療であると判断されただけです」


 結局、澪音に会うまで何もわからない。


 もし、病気の話を聞いてなかったら、澪音と会うことを私は迷っていた。だけど、私が直接会って、少しでも澪音の病気がよくなるなら。


 それは澪音の役に立てることだから。


 私は澪音に会いに行こうと思った。

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