第9話。奈波と炎上
「いい加減にして!」
私が朝から
「これ!見てよ!」
手に持ったスマホを澪音に見せる。そこにはSNSの書き込みが映し出されており、内容は私の配信に関するものだった。
『これ同棲してるじゃん』
私の配信に入った物音。それは澪音が悪ふざけをしたせいだ。炎上するほど私が有名じゃないから大きな騒ぎになったわけじゃないけど、私の配信を荒らしてくる人間は必ずいる。
対処すれば、時間の経過と共に荒らしは減ってくれる。だけど、澪音がやめてくれないと、いつまで経っても同じことを繰り返すだけだった。
「普通に女友達が居るって言えば良くない?」
「それをどうやって証明するの……」
「わたしが声出せば解決する」
確かに、それしかない。だけど、澪音はラジオなんかもやってるし、声を聞いただけでエレンと気づく人間もいる可能性があった。
「あーあー」
澪音はやる気なのか、声の調整をしていた。
「よし。これでいいでしょ」
いつものかっこいい系の声ではなく、子供っぽい声を出す澪音。そもそも、まだ配信に出すとは言ってないのに、勝手に決められていた。
「ねえ、澪音」
「どうしたの?」
「なんか、私。不安なんだけど」
澪音のやることなすこと全部失敗してる。私の協力をしてくれるのはありがたいけど、正直活動の邪魔になっている。
「大丈夫。今度こそ上手くやるから」
私の中の不安は消えないまま生配信をすることになった。動画を上げる方がいいと思ったけど、余計にわざとらしく見えてしまう。だったら、配信で堂々とやった方がいい。
最初は私が一人で配信をする。そうしてるうちに澪音がわざとらしく物音を出して、私が配信してることを気づかずに声をかけてくるという流れだった。
その場しのぎの演技だと視聴者から思われるかもしれない。それでも実際に女友達の声を聞けば、安心する人もいると思う。
これならお母さんでもよかったと思うけど、先日の配信のせいでかなり距離が近い相手だと思われているし。澪音ならわざわざ隠す必要もない。
「はぁ……」
後半は二人で話をして、配信を終わらせた。
少し、露骨な炎上対策だった気もするけど、澪音が自信満々にやろうって言うから。私も断りきれずに最後までやりきってしまった。
ただ、元々私にイタズラをしていたのは澪音だし、嘘をついてるわけじゃない。これなら私の心が痛まずに済んだ。
「あれ?」
配信を切った時、いつもと違う画面が表示されていた。設定をいじってしまったのか。とりあえずマイクを切っておくことにした。
「あのさ……」
私は澪音の名前を呼ぼうとした。
「わたしはエレンだよ」
「……え?」
急にエレンなんて言うから驚いた。二人でいる時はエレン呼びなんてさせないし、また新しい悪ふざけでも始まったのかと思った。
「はいはい。エレンね」
声も戻してるし、エレンの声にしか聞こえない。
「ナナちゃんさ、毎日配信頑張ってて偉いね」
「って、なんで私まで……」
「あ。なんか混じっちゃって。でも、気にしないでいいよ」
澪音の様子がおかしい気もするけど、私は違和感の正体に気づけない。このまま澪音の悪ふざけに付き合ってもいいのだろうか。
「でもさ、こうも登録者増えないとやる気なくならない?」
澪音がトゲのある言葉を口にした。
「確かにチャンネルの登録者増えてほしいけど……今の私は配信を見てくれる視聴者の為に頑張りたいから……」
私にファンの人がいるなら、その人の為に頑張りたいと思う。私の配信で喜んでくれる人が少しずつでも増えてくれたら、それが私は嬉しかった。
「アイツらって、ちょっと物音が聞こえたかったら、彼氏と同居疑ったりしてさ。自分達は簡単に推しを変更するくせに、わたし達には恋人作るなって言うんだから、ふざけてるよね」
これはエレンが不満から生まれた愚痴なのだろうか。愚痴を聞かされるのは慣れているけど、澪音の言葉は私と正面からぶつかるものだった。
「どうして、そんな言い方するの?」
「別に。エレンだって、人間だからさ。文句を言いたくなる時だってあるし、わたしのファンの中にだって、勝手に理想を抱いて、勝手に失望するようなキモいヤツがいるから」
「えーと……」
私は戸惑ってしまう。
どうして、澪音がそんなことを言うのか。
「……っ」
その時、私は気づいてしまった。
澪音の体で隠されていたパソコンの画面。よく見れば中途半端な状態なことがわかった。私はマウスに手を伸ばして、閉じられていた画面を開いた。
『視聴者数』
その数字が増え続けているのが見えた。
つまり、このパソコンは放送を止めずに配信を続けているということ。流れるコメントと増え続ける視聴者の数が、私の声を配信に載せていたことを示していた。
私は咄嗟にマウスを操作して配信を終了した。
時々、私は配信を切り忘れることがある。それでもマイクを切るから声が入ったりはしない。なのに流れるコメントが、ナナとエレンがやり取りをする音声が入っていたことを知らせていた。
「澪音っ!」
私は澪音の体につかみかかった。
「配信してるの気づいてたでしょ!」
澪音との仕組まれたような会話。わざわざ、活動名で名前を呼んだのは、澪音が配信していることを知っていたからだ。
それにマイクも入れられていた。無音が続いた状態なら、いきなり視聴者は増えたりしない。澪音が最初にエレンと名乗ったせいで、どこからか人が集まってきた。
「あっちゃーやっちゃったか……」
「とぼけるつもり?」
「とぼけるも何も。ただの放送事故だよ」
「……」
澪音は配信状態に気づいていた。
なら、わざわざファンのことを悪くいうような発言をする理由がわからない。ただ、エレンとしての発言であれば、その影響は私のチャンネルが発信源としてもあっという間に広がる。
「そうだ、スマホ……」
私はスマホを手に取り、SNSを確認する。
すると、消したはずの私の配信を誰かが録画していたのか。音声が切り取られ、ネット上に拡散されていた。
「嘘、なんで……」
エレンの悪評が広まっていく。
だというのに、澪音は椅子に座って。天井を見上げていた。その様子は既に諦めたかのようで。何を考えているのか本当にわからない。
澪音の置いてスマホが鳴る。画面には
「あーあ。これは怒られちゃうな」
「……澪音、ごめん」
「
私がもっとしっかりしてれば、あんな放送事故は起きなかった。琴海に謝る為にスマホを操作して電話をかけようとすると、澪音が私のスマホを奪ってきた。
「それは違うでしょ」
「でも、私が配信したから……」
澪音が私にスマホを差し出してくる。
「奈波が謝っても、何も変わらないよ」
「……」
そうだ。エレンが起こした問題をナナである私が解決出来るわけもない。下手に動いても、エレンに余計な迷惑をかけるだけだ。
「奈波。ごめん。しばらくは配信が騒がしくなると思うけど、わたしの方でちゃんと対応するから」
「そっか……」
私は活動を開始してから初めて配信を休むことを決めた。きっと、私の配信には見たくないコメントが書き込まれるから。自分の悪口なら耐えられるけど、澪音の悪口は聞きたくなかった。
「ねぇ……澪音……」
「どうしたの?」
動揺が私の正しい判断を鈍らせる。
「私のわがまま聞いてくれる?」
私は澪音の手を握った。
「わたしに出来ることなら」
「じゃあ……一緒にどっか行こうよ」
それは誰の為に言ったのかわからない。
「うん。いいよ」
だけど、澪音は私の願いを聞き入れてくれた。
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