第6話。奈波と天才
「お邪魔しまーす」
今日は
ちょうどお母さんもいないし、澪音から今すぐ会わないと死ぬって脅されたから私の家で会うことにした。
「へー思ったより片付いてる」
「何も無いだけだけどね」
澪音がベッドに腰を下ろしていた。
「
「大丈夫だってば」
私は自分の耳を澪音に見せた。
「お姉ちゃんから話聞いた時は、ちょっと本気でキレそうになった。ていうかキレてた」
まだ少し傷痕が残ってたから適当にごまかしたけど、その結果、澪音が家に来てしまった。
「このくらいの傷、よくしてるよ」
私は服の袖をめくって、澪音に見せた。
アルバイトで出来た生傷。痕が残らないのがほとんどだけど、一週間くらいは残ってしまう。
「他人につけられた傷は別だよね」
「……っ」
わかってる。あの時、名前も知らない相手から私は傷をつけられた。もし、傷ついたのが顔だったら。もし、痕が残るようだったら。私は笑顔を忘れてしまうところだった。
「奈波は理不尽だと思わなかった?」
「思ったかもね」
「わたしなら、憂さ晴らしに蹴り入れてたよ」
私の代わりに琴海が投げ飛ばしてたけど、あれでも正当防衛と言えるのだろうか。あれくらい私も強ければ、誰かに心配かけずに済んだのに。
「琴海さんって、前職がボディーガードだったりする?」
「いや、普通の会社員」
「なんか、酔っぱらいを投げ飛ばしてたんだけど」
「あーそれね。護身術らしいよ」
強くて仕事も出来る。澪音が才能を持って生まれたように、琴海も基本的な能力が高いのかもしれない。
「私も護身術覚えようかな」
「やめた方がいいよ。変に自信がつくから」
「自信がついたらダメなわけ?」
「何かに怯えながら生きてる方が人間って長生きするから。調子に乗ると、いつだって足元をすくわれる」
まるで経験があるように言ってるけど、澪音が言うなら正しいと思った。
澪音は立ち上がって、パソコンの方に歩いて行った。今日の目的は私のお見舞いと、配信に関することを話し合う為だった。
「よいしょっと」
椅子に澪音が座った。私も画面を見る為に隣まで行く。澪音は慣れた手つきでパソコンの操作をするけど、途中で手が止まっていた。
「どうしたの?」
「んー思ったより、パソコンのスペック高いなって」
「まあ、無理して高いやつ買ったからね」
最新のゲームでも、配信しながらプレイ出来るくらいのスペックだと思う。ただ、やっぱり、動作環境に不安を感じる時もある。
「わたしのパソコン、この三倍くらいの値段」
「宝の持ち腐れじゃん」
「はは。ゲーム配信しないから、そうかもね」
澪音が画面の操作を続ける。
「でさ、私はこれからどうすればいいの?」
「とりあえず、配信時間を今より伸ばそう。奈波ってさ、三十分で配信切ってるよね?」
「仕方ないでしょ。次の日もバイトあるんだし、配信する日だって、バイトが終わった後だったりするし」
「三十分だとゲーム配信もろくに出来ないから、雑談配信ばっかりしてる。で、その雑談の内容も決まった視聴者とコメントを通して話してるだけ。これじゃ新しい視聴者が増えるわけがない」
確かに新しい視聴者は増えてほしい。それがチャンネルの登録人数を増やすことにも繋がるし、視聴者が増えれば、それだけおすすめにも乗りやすくなる。
「でも、やっぱり……時間を伸ばすとなると……」
その時、スマホの通知が鳴った。
誰かが私のSNSをフォローした通知。時々、同じ趣味の人からフォローされるから珍しいことじゃなかったけど、通知は次々と流れ始める。
「なにごと?」
私は慌ててスマホを手に取った。
確認してみると、私のアカウントのフォロワーがとんでもないスピードで増えていた。更新をする度に見たこともない人数が増えている。
「なんで、いきなり……」
スマホから目を外して、澪音を見た。
澪音はどこか遠くを見ていた。
「おい、私のアカウントに何した?」
私が問い詰めると、澪音は椅子から立ち上がって地面に土下座した。見事な土下座だけど、私がしてほしいのは説明だった。
「実はさっき、ナナちゃんのSNSをスマホで見てたんだけど……エレンのアカウントでナナちゃんのつぶやきを間違って、エレンのタイムラインに載せちゃって……」
「なにしてるのよ!」
エレンと関係のないアカウントに触れるだけなら問題はない。だけど、配信者として活動しているアカウントにエレンが接触したとなれば、事情を知らない人達は勘違いをしてしまう。
「私、エレンには頼りたくないって言ったよね?」
「本当にごめんよ。すぐに取り消したんだけど、画像を保存してる人がいたみたいで……」
私は頭を手で押さえた。頭が痛くなるような話。
「最悪……」
どれだけ自分の才能が無くても。友達の積み上げてきた功績を奪うようなことはしたくなかった。それを一度やってしまったら。どこまでも歯止めが利かなくなる気がしたから。
「この際、開き直ってエレンとコラボするって言うのは……」
「ごめん、澪音。ちょっと、今は冗談聞きたくない」
わざとじゃないなら、澪音のことも責めれない。
私はスマホの通知を切って、ベッドに座った。
澪音が体を起こすと、私の隣に座ってくる。手を握られそうになって、私は手を避けてしまった。
「わたしは奈波に利用されてもいいと思ってるよ」
「だから、それは……」
自分の実力じゃない。誰かの才能に頼って、自分をよく見せようとするだけ。そんな生き方をするくらいなら、配信者なんて続けたくなかった。
「……正直、奈波ってさ。綺麗事ばっかり言ってるよね」
澪音の雰囲気がいつもと変わった。
言葉の一つ一つが、深く心に届くみたいだった。
「トップの配信者なんて、何からの才能を持ってるか努力の仕方を知ってる人間ばっかりだよ。そんな人達の居るステージに奈波は何も持たずに並んで立てると思ってる?」
「思ってるわけないでしょ」
現実は厳しい。だから、アルバイトをして、配信者としての活動が上手くいかなかった時の保険を用意している。
いつだって、私が私を信じていない。
「わたしは自分の歌の為なら、なんだって利用する。もし、それで相手の心が折れたら、わたしの才能に喰われる方が悪いから」
「澪音、なんか……少し怖い……」
その時、澪音の表情が私の知ってる、いつもの澪音と違って見えた。才能を持った人間が、その才能を発揮する瞬間。人間に見えなくなるのは、私みたいな凡人が理解出来る存在ではなくなるから。
私は澪音から離れてしまいそうになった。
「……っ」
澪音が私の腕を掴んできた。
「奈波は友達だから。安心してよ」
私の掴まれた腕。澪音の手が震えてるように感じた。表情や言葉は相手を萎縮させるような怖い雰囲気があるのに。目の前にいるのが、澪音だと認識出来れば、怖さも半減する。
「澪音ってさ、私以外に友達いないでしょ?」
「どうしてそう思うのかな?」
「そんな顔してたら、みんな怖がるでしょ」
私は気づいてしまった。
今の澪音は澪音じゃなくて、エレンに近い存在だってことに。私に配信者としての人格があるように澪音にもエレンとしての人格が存在している。
「友達なんて、奈波だけで十分だから」
優しい顔をする澪音。それは私がよく知っている澪音の姿だけど。私にはどちらの澪音が本物なのかわからなくなってくる。
私も澪音と同じくらい誰かを演じられたら。
配信者として、もっと頑張れたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます