第6話 発動
その勢いに、カシワバラがわずかに動揺した表情を半顔に作るのが見えた。でも、それも一瞬だ。暴力を振るいなれた男は、まだ上半身を起こしただけのおれに向かって走り寄り、力任せにおれの胸を蹴りつける。おれは避けることもできずに、それをまともに受けて、もう一度倒れこんだ。後頭部を床にしこたま打ち付けたが、思ったほどの痛みはなかった。いや、もう『
「さっさと立てぇ!」
先だってのオヤジとのやり取り、その場で恥をかかされた恨みも、存分に含まれているのだろう、と思うカシワバラの暴力だが、『強化』同士ではこれくらいやらなければ訓練にもならない、というのは事実かもしれないと思った。実際、痛みをそれほど感じないため、おれは立とうと思えばすぐにでも立ち上がれたし、生身だった時からすれば空腹も疲労もさほど感じない身体では、どこが辞め時かを計ることが難しかった。
であるとすれば、である。おれは頭の中に腰を下ろし、根を張ったアイディアを実行に移すこととした。果たして、おれの思った通りになってくれるか。
「わかった、わかったよ、まったく……」
「このくらいじゃあへばりもしねえはずだ。それが『強化』てもんだ。その身体で覚えとけ」
なるほど。戦うことはもちろん、いまおれが感じている『辞め時を計ること』の難しさを体感して覚えることも、カシワバラ先生の『教え』らしい。ありがたいことだ。
だが。
ここはおれが、お前に勝つ。
「確かにね。身体の感じ方がだいぶ違うわ。自分の身体じゃねえみたいだ」
言いながら、おれは立ち上がった。
「強襲型『強化』なんぞ、スラムのガキには贅沢すぎるんだよ。オヤジも何を考えてるんだか。だが、なっちまった以上は働けるようにしてもらわねえとなぁ!」
「そうだな……」
そんな気はなかった。ミナトにハメられてここまで来て、『強化』になった。そのはずだ。おれの頭の片隅で、いまもその思いはこの状況に文句を言い続けている。だが。
だが。
「おれもこの力で働かせてもらうことするわ」
おれは胸の前で両手を叩く。
その瞬間、叩いた手が消える。
腕が、脚が、身体が、消える。
「てめえ、
カシワバラが今度こそ動揺した声を上げる。おれに施された強化内容は知っていたのだろう。しかし、それを使えるとは聞いていなかったようだ。
カシワバラがおれの方へ再び走り寄る。見えなくなったおれを、まだその場から離れる前に殴り倒そうというのだろうが、もう遅い。おれはすり足で音を立てず、その場から退いている。 と、その時気づいたが、どうやらそもそも身動きする音さえ出ていないように感じた。これがオヤジの言った『同時に電気的欺瞞も行う』というやつなのだろう。音も、体温も、匂いも、視覚的な隠匿だけではない、この『隠密』は、発動した瞬間に完全にこの世から消える。まさに
「悪かったな」
おれは小声ではなく、ごく普通の声でひとりごちた。が、やはりカシワバラが反応することはなかった。空を切るカシワバラの拳を見届けた後、おれは一歩踏み込んで、前のめりに重心を崩したカシワバラの頬を殴りつけた。渾身の拳はバランスを失っていたカシワバラの顔を、床にめり込むほど叩きつける結果を生んだ。
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