転生の黒い指輪
瞬遥
第1章 死に際の贈り物 ①透明な人生-1
1.1.1 見えない男の部屋
朝か夜かもわからない。
カーテンは閉めたまま。
というより、レースが黄ばんで透けもしないから、開ける気にもならなかった。
布団の上で寝返りを打ったとき、背中に乾いた米粒がくっついた。
昨日か一昨日に食ったコンビニ弁当の残骸だ。
手で払うのも面倒で、そのまま目を閉じた。…が、眠れない。
眠気も空腹も、いつの間にかどこかへ消えた。
部屋の隅に置いた灯油ストーブは、もう何日も前から動いていない。
灯油を買う金もないし、あったとしても、面倒だ。
吐く息が白くなる部屋の中で、布団に包まっている方がまだマシだ。
床には空き缶、コンビニ弁当の容器、破れかけた請求書が散らばっている。
行政から届いた未開封の封筒も一つ、埃をかぶったまま机の上に乗っていた。
俺はそれを手に取り、しばらく無言で眺めていたが、破ることすらしなかった。
どうせ、ろくなことじゃない。
税金か、健康保険料か、支払い督促か。
そんなもんだ。
スマホを手に取り、電源ボタンを押す。
画面には蜘蛛の巣みたいなヒビが入っている。
指に引っかかって痛い。
なんとか動いたアプリで銀行の残高を見る。
2,037円。
……笑ってしまった。
いや、笑えてすらない。
カップ麺の蓋を剥がし、ぬるくなったお湯を注ぐ。
電気ケトルのコードも剥き出しで、少し火花が出ていた。
構わない。
むしろ、火事でも起きてくれた方が楽かもしれない。
三分。
待ってる間に、床に寝転んだ。天井のシミを見つめていると、目が霞んできた。
涙じゃない。
ただ、視界が曇ってるだけだ。
麺はもうのびていた。
味もしない。
ただの熱いゴムを噛んでいるようだった。
テレビは点けない。
もう何ヶ月もそうだ。
誰が何を言っていようが、俺には関係ない。
世界で何が起きていようが、俺のこの部屋の空気は一ミリも動かない。
俺という存在は、どこにも接続されていない。
ただ、ここに、腐るように沈んでいるだけだ。
「……俺は今、誰の記憶にも残ってないんじゃないか」
ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
口には出さなかった。
ただ、脳の奥底で、小さな声がささやいた。
透明人間って、本当にいたら、こういうやつのことだろ。
誰からも見られず、触れられず、認識されず。
存在しているのに、存在していない。
……俺のことだ。
生きてる意味が……
本当にわからないんだよ。
毎日、起きて、何もしないで、また寝る。
自分が腐っていく音が、聞こえるような気がする。
「人間扱いされる人間」と「されない人間」ってのが、この世界には確かにいる。
俺は、後者だ。
誰が見てもわかる。
誰にも望まれず、誰にも必要とされない。
口に出したところで、哀れみさえもらえない。
だって、誰も見てないんだから。
誰も、俺を見ないんだから。
スマホをもう一度手に取った。
画面のヒビの隙間から、カレンダーアプリを開く。
適当な日を選んで、そこに文字を打ち込んだ。
「死ぬ日」
指を止め、しばらくその文字を見つめる。
……もう十分だ。
もう、終わりにしよう。
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