第1章 死に際の贈り物 ①透明な人生-2


1.1.2 砕けた過去


どこで間違えたんだろうな――。

そんなことを考えるのは何度目だろう。


気づいたら、過去の情景が勝手に浮かんでくる。


まるで、記憶の底に沈めたはずの破片が、勝手に水面まで浮かび上がってくるみたいに。



小学校の体育。

ドッジボールの時間になると、俺だけ最後まで残されるのが恒例だった。

「じゃあ……こいつでいっか」

名前すら呼ばれず、目も合わされず、数合わせのピースとして投げ込まれる。

取ったボールを味方にパスしても、無視される。

逆に敵に投げれば「空気読め」と舌打ちされた。


それでも、俺は笑っていたと思う。

……笑ってる「つもり」だったのかもしれない。


教室の机にはマジックで「きえろ」「くさそう」の文字。

傘を盗まれ、靴はゴミ箱に突っ込まれていた。

先生に言っても「自分でちゃんと管理しなさい」と一蹴された。


親に泣きつくこともできなかった。

心配させたくなかったんじゃない。


ただ、俺の話をちゃんと聞いてくれる大人なんて、どこにもいなかった。


中学になっても何も変わらなかった。

女子たちは俺の存在に気づかないふりをして、男子はあからさまに距離を置いた。

すれ違いざまに何度も聞こえてきた、「あ、あの陰キャ」「アイツまだいたの?」って声。

教室の空気が、いつも冷たかった。


高校ではもう諦めてた。

空気のような存在として過ごした。

誰とも話さず、誰にも話しかけられず、先生すら目を合わせなかった。



でも、一番刺さったのは――

コンビニの夜勤バイトをしてたとき。


深夜23時すぎ、制服姿の女子高生がレジに来た。

何かの帰りだったんだろう。

コンビニスイーツとお茶をカゴに入れて、俺の方を見たその瞬間。

彼女は、友達の方に小声でこう言った。


「うわ、マジでキモい」


何気ないひとこと。

だけど、あの声、あの目線、あのファブリーズの匂いが、今でも夢に出てくる。

あの夜から、何かが決定的に壊れた気がする。



街コンに出たこともあった。

人生で一度きりの挑戦だった。

ペアになった女性に、会話の途中で言われた言葉。


「ごめん、ほんと無理……生理的に」


俺は何も言い返せなかった。

ただ、笑ってうなずいた。


そのまま会場を出て、帰り道で吐いた。

胃じゃなくて、心の奥が腐ってるような、そんな気がした。


マッチングアプリもやってみた。

勇気を振り絞って「いいね」を送った女の子が、俺のプロフィールのスクショを晒していた。


《犯罪者予備軍みたいな顔w》


笑われていた。

知らない誰かたちに、俺の顔が、人生が、勝手にジャッジされて。

何もできずに、スマホを手のひらから落とした。画面のヒビはその時についた。


就活も、面接のたびに言われた。


「コミュ力に難があるようですね」

「目を見て話せませんか?」


職歴は空白だらけ。

履歴書を提出しても、連絡は来なかった。


「頑張ります」が通じない世界だった。


SNSの世界すら、逃げ場にならなかった。

「陰キャ」

「おっさん」

「マジ無理」――

そんな言葉を、見ず知らずの女たちが、何の感情もなく投稿していた。


笑顔のアイコンの裏にある、本当の冷たさが見えた。


……俺は、この社会のバグなんだろうな。

間違って生まれ、間違って大人になってしまった欠陥品。

誰にも受け入れられず、誰にも望まれず、ただ呼吸だけをしている透明な肉塊。


特に、女という存在は――

俺の人生を、一貫して否定し続けてきた。

俺が何を言っても、何をしても、あの笑い声と、あの目線が追ってくる。


「死のう」って思ったときに頭に浮かんだのも、やっぱりあの言葉だった。


「うわ、マジでキモい」

「生理的に無理」

「犯罪者予備軍みたいな顔」


ああ、なるほど。

これが俺の人生の“評価”なんだなって。

誰に聞かれたわけでもないのに、深く納得してしまった。



夜の街に出た。

外は寒い。風が吹いて、コンビニの袋がアスファルトを滑っていく。


ネオンがにじんで見える。

それが涙なのか、単に目が乾いてるだけなのか、もうわからない。


前を歩く人々の誰一人、俺の存在に気づかない。

ぶつかりそうになっても、俺が避ける。

俺が消える。


――誰にも見られていないって、自由かと思ったけど、

……地獄だよな。

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