第1章 死に際の贈り物 ①透明な人生-2
1.1.2 砕けた過去
どこで間違えたんだろうな――。
そんなことを考えるのは何度目だろう。
気づいたら、過去の情景が勝手に浮かんでくる。
まるで、記憶の底に沈めたはずの破片が、勝手に水面まで浮かび上がってくるみたいに。
*
小学校の体育。
ドッジボールの時間になると、俺だけ最後まで残されるのが恒例だった。
「じゃあ……こいつでいっか」
名前すら呼ばれず、目も合わされず、数合わせのピースとして投げ込まれる。
取ったボールを味方にパスしても、無視される。
逆に敵に投げれば「空気読め」と舌打ちされた。
それでも、俺は笑っていたと思う。
……笑ってる「つもり」だったのかもしれない。
教室の机にはマジックで「きえろ」「くさそう」の文字。
傘を盗まれ、靴はゴミ箱に突っ込まれていた。
先生に言っても「自分でちゃんと管理しなさい」と一蹴された。
親に泣きつくこともできなかった。
心配させたくなかったんじゃない。
ただ、俺の話をちゃんと聞いてくれる大人なんて、どこにもいなかった。
中学になっても何も変わらなかった。
女子たちは俺の存在に気づかないふりをして、男子はあからさまに距離を置いた。
すれ違いざまに何度も聞こえてきた、「あ、あの陰キャ」「アイツまだいたの?」って声。
教室の空気が、いつも冷たかった。
高校ではもう諦めてた。
空気のような存在として過ごした。
誰とも話さず、誰にも話しかけられず、先生すら目を合わせなかった。
でも、一番刺さったのは――
コンビニの夜勤バイトをしてたとき。
深夜23時すぎ、制服姿の女子高生がレジに来た。
何かの帰りだったんだろう。
コンビニスイーツとお茶をカゴに入れて、俺の方を見たその瞬間。
彼女は、友達の方に小声でこう言った。
「うわ、マジでキモい」
何気ないひとこと。
だけど、あの声、あの目線、あのファブリーズの匂いが、今でも夢に出てくる。
あの夜から、何かが決定的に壊れた気がする。
*
街コンに出たこともあった。
人生で一度きりの挑戦だった。
ペアになった女性に、会話の途中で言われた言葉。
「ごめん、ほんと無理……生理的に」
俺は何も言い返せなかった。
ただ、笑ってうなずいた。
そのまま会場を出て、帰り道で吐いた。
胃じゃなくて、心の奥が腐ってるような、そんな気がした。
マッチングアプリもやってみた。
勇気を振り絞って「いいね」を送った女の子が、俺のプロフィールのスクショを晒していた。
《犯罪者予備軍みたいな顔w》
笑われていた。
知らない誰かたちに、俺の顔が、人生が、勝手にジャッジされて。
何もできずに、スマホを手のひらから落とした。画面のヒビはその時についた。
就活も、面接のたびに言われた。
「コミュ力に難があるようですね」
「目を見て話せませんか?」
職歴は空白だらけ。
履歴書を提出しても、連絡は来なかった。
「頑張ります」が通じない世界だった。
SNSの世界すら、逃げ場にならなかった。
「陰キャ」
「おっさん」
「マジ無理」――
そんな言葉を、見ず知らずの女たちが、何の感情もなく投稿していた。
笑顔のアイコンの裏にある、本当の冷たさが見えた。
……俺は、この社会のバグなんだろうな。
間違って生まれ、間違って大人になってしまった欠陥品。
誰にも受け入れられず、誰にも望まれず、ただ呼吸だけをしている透明な肉塊。
特に、女という存在は――
俺の人生を、一貫して否定し続けてきた。
俺が何を言っても、何をしても、あの笑い声と、あの目線が追ってくる。
「死のう」って思ったときに頭に浮かんだのも、やっぱりあの言葉だった。
「うわ、マジでキモい」
「生理的に無理」
「犯罪者予備軍みたいな顔」
ああ、なるほど。
これが俺の人生の“評価”なんだなって。
誰に聞かれたわけでもないのに、深く納得してしまった。
*
夜の街に出た。
外は寒い。風が吹いて、コンビニの袋がアスファルトを滑っていく。
ネオンがにじんで見える。
それが涙なのか、単に目が乾いてるだけなのか、もうわからない。
前を歩く人々の誰一人、俺の存在に気づかない。
ぶつかりそうになっても、俺が避ける。
俺が消える。
――誰にも見られていないって、自由かと思ったけど、
……地獄だよな。
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