『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
第1話草原を歩き出す
――まぶしい。
目を覚ますと、俺は草の上に寝ていた。
頬に触れるのは畳でも布団でもない、やけに生々しい草の感触。鼻先をくすぐる青い匂い。
空はどこまでも青く、雲がゆっくりと流れている。
「……え?」
起き上がり、辺りを見回す。
そこはどこまでも続く草原だった。ビルも道路も電柱もない。
俺はジャージ姿のままだ。ポケットを探っても、スマホも財布も見当たらない。
『……には…能…が……与え…た……』
「え? 誰……?」
振り向いても、近くに人影はない。
声は遠く、掠れていて、意味が取れない。だが何かを告げていたのは間違いない。
「俺……家にいたよな? ゲームやってて……三回も死んで、寝落ちして……」
記憶はそこまでだ。
訳が分からないまま立ち上がる。
風が心地よく吹き抜けるが、胸の奥に不安がじわじわと広がっていく。
「……夢? いや、リアルすぎるだろ、これ」
腕をつねってみる。痛い。
草を引き抜いてみる。ちゃんと土がついている。
夢じゃない。だけど――ここがどこなのか、さっぱりだ。
とりあえず歩き出した。
草原の中に踏み固められた道らしきものが見えたので、それに沿って進む。
方向感覚はゼロだが、何もしないよりマシだ。
しばらく歩くと、太陽が容赦なく照りつけ、喉がひどく渇いてきた。
こんな草原じゃ自販機もない。水があれば……と、ぼんやり考えたときだった。
『承認』 ――コトン。
「……ん? なんだ?」
目の前に、何かが落ちた。
俺は思わず拾い上げる。
「ペットボトル……?」
手にしたのは、どう見ても現代のペットボトル。中には透明な水がたっぷり入っている。
「……マジかよ」
恐る恐るキャップを開けて、口をつけた。
――冷たい。まぎれもない水道水の味だ。
体に染み渡り、思わず肩の力が抜ける。
「……俺、今、水が欲しいって思ったよな?」
恐怖と興奮が同時にこみ上げる。
試しに目を閉じ、今度は――お腹が空いていることを思い出した。
「……あんパン。頼む……あんパン……」
『承認』 ――コトリ。
「……お、おいおいおい……」
目を開けると、足元にビニール袋に入ったあんパンが転がっていた。
ついさっきまで、そんなものはどこにもなかったはずだ。
「さっきの声といい…」
「……これ……俺の……能力……?」
震える手で袋を開け、あんパンを口に運ぶ。
柔らかいパンの食感と、甘いあんこが口いっぱいに広がる。
噛むたびに現実感が増し、思わず笑ってしまう。
「……やべぇ……マジで何でもありかよ……!」
水とあんパンでひと息つき、俺は改めて草原を見渡した。
遠くの丘の向こうに、かすかな煙のようなものが見える。
――人里があるのかもしれない。
「行ってみるか……」
そうつぶやいて歩き出したそのとき――
耳に鋭い音が飛び込んできた。
獣が走る重い足音。低い唸り声。そして、か細い叫び。
「いやああああっ!!」
俺は丘を駆け上がり、そして見た。
丘の下、少し離れた道で、誰かが追われている。
小さな影――子どもだ。ボロボロの服を着て、必死に走っている。
その後ろを、巨大な黒い影が追いかけていた。狼に似ているが、二回りは大きい。牙がぎらりと光り、唸り声が風を裂く。
「……モンスター……?」
呆然と立ち尽くす俺に、少女の叫びが届く。
「逃げて! 早く!!」
何故か、言葉が分かった
俺は一歩後ずさる。
面倒ごとだ。二郎は戦えない。ただのニートだ。
――でも、足が動かなかった。
脳裏に過去の記憶がよみがえる。
教室でいじめられ、誰も助けてくれなかったあの日。泣いている自分を、誰も見て見ぬふりをした。
「……くそ……!」
気づけば、俺は走り出していた。
「待てよ……! 物が出せるなら、魔法もいけるんじゃないか……!」
ゲームで何度も見た呪文を口にする。
「ファイアーボール!」
……何も起きない。
「ファイアーボール!!」
……沈黙。
「ウォーターボール!!」
……風の音だけ。
「……魔法使えないのかよ!! ふざけんな!!」
なら、別の方法だ。俺は頭を抱え、必死に考える。
「スコップ? 違う……フライパン? 違う……あ、爆竹! 爆竹なら――!」
『承認』
強くイメージした瞬間、手の中に赤い筒状の小さな爆竹が現れた。
すぐにマッチを――いや、チャッカマンを!
『承認』
それも俺の記憶から取り出す。火花が散り、爆竹に着火した。
「食らえっ!」
投げつけると、魔物の目の前で派手に破裂音が響いた。
耳障りな音に魔物が怯み、一瞬その動きが止まる。
「よし……今だ……!」
二郎は少女を抱きかかえ、全力で走り出した。
草を蹴り、風を切り、息が切れそうになりながら必死に走る。
「だ、大丈夫ですか!?」
聞き覚えのない声。
走る俺の前に、甲冑をまとった集団が現れた。槍と盾を構え、馬に乗った騎士たち――。
「お前たち、何者だ!? あれは――魔物か!」
「そうだ! あそこにいる! 早く……!」
俺が指差すと、騎士団は一斉に馬を走らせた。
剣と槍が閃き、魔物の悲鳴が遠くで響く。戦いはほんの数分で終わった。
「怪我はないか?」
馬を降りた騎士が俺たちに近づいてくる。
鋭い目つきだが、声は穏やかだった。
「助かった……あんたら、誰だ?」
「我らはメザイア公国にある辺境伯領の騎士団で
団長のボルドーだ。……君は、旅人か?」
「あ、ああ……まあ、そんな感じだ」
混乱しながらも答えると、騎士は少女の頭を軽く撫でた。
「この子を守ってくれて感謝する。後は我々が処理しよう」
「……ありがとう」
深く頭を下げると、騎士は微笑んだ。
「礼を言うのはこちらだ。さあ、もう行きなさい」
俺は少女を抱えたまま、その場を離れた。
少女はまだ震えていたが、ぽつりと言った。
「……ありがとう……」
「いいんだ。俺は……目の前で酷い目に遭ってるのを、見過ごせなかっただけだ」
少女は小さく頷いた。
「私、レン。アセトン村に住んでるの。案内するから……一緒に来て」
差し伸べられた小さな手を、俺は強く握った。
そして歩き出す。見知らぬ草原の向こうへ。
――こうして、俺とレンの物語が始まった。
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