白川実果「消去された記録」
________________________________________
記録:#MIKA_1st
……ログ再構築開始
……仮想環境ID:ReShowa_1期
……記録者:白川 実果(被験者コード:RSW-A01)
________________________________________
気がつくと、私は教室にいた。
夕暮れに染まった窓の外、電柱がどこまでも連なっている。
風のない空に、セミの声だけが乾いた音で響いていた。
制服が肌にまとわりつく。背中に汗が滲むわけでもないのに、重い。
——まるで、記憶そのものを着せられているようだった。
「……また、ここか」
喉の奥から、無意識に声が漏れた。
何度目かの“初日”。
わかっている。この景色は、初めてじゃない。
けれど、どうしてまた戻ってきたのかが思い出せない。
心臓が、じわりと冷えていく感覚。
前回、私は“ここ”を出たはずだった。
ノイズが走った。
視界が歪んだ。
空間の
あと一歩だった。
ほんの少しで、すべての“編集”から抜け出せる気がしたのに。
なぜ——また、ここに?
私は机の中を探る。
ノートが一冊、置かれていた。
触れた指先に、微かな既視感。
私の字ではない。けれど、心がそれを“私のもの”と認識した。
《この空間は現実ではない。何かが上書きされている。
もしこれを読んでいるなら、あなたは再び巻き込まれた。》
目の奥が、きゅっと収縮する。
脳の深部が、ノイズのように疼く。
私から——私へのメッセージ?
その瞬間、後頭部に刺すような痛みが走った。
ノイズ。
言葉にならない揺らぎ。
意識の地盤が崩れ落ちていく感覚。
何かが、またひとつ“消えていく”。
抗えない手のように、私の記憶を奪っていく。
私は震える指でそのメモを破り、ポケットにしまった。
冷たい紙の感触が、指先の温度を奪う。
——もう、誰かに頼るのはやめよう。
この空間に、“味方”はいない。
記憶は操作され、感情は編集され、人と話せば、その記憶すら消される。
ここで誰かと手を取り合うたびに、私はひとつずつ、“自分”を失っていった。
だったら、私は——ひとりで、抗う。
________________________________________
記録:#MIKA_1st_end
備考:
・このログは破棄対象とされたデータの断片であり、正式記録ではない。
・被験者RSW-A01は数日後、人格安定指数の改善が確認されたため、「
・記録データは一部バックアップされ、次期環境(ReShowa_3期)にて転用された痕跡あり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます