第26話 その名を持つもの

「契約解除に同意して欲しい」


 その言葉に、亮二さんと淳史さんは驚かなかった。 


 何故、と彼女は驚いた表情で僕を見ていたが、どんな提案でも受け入れると言った手前、言葉が出せないようだった。

 解除するにも理由は必要だろう。

 だが、これは調査すべき調査の提案だ。


「僕が受けたあなたの依頼……相手の所在はそう焦らずともはっきりしているものだからね。元々は彼、南条さんが亮二さんに依頼した依頼こそが人探しだったんだ。神崎さん、あなたのね。『闘う覚悟を決めたなら、ベースを変えて提案する』……あなたも南条さんも『探偵』に依頼したのは、探偵だから出来る事だと託したからだろう? それなら目的に見合った依頼に変えるべきだ」


 僕は、ゆっくりと瞬きをする。

 横目に映る瞭良さんの表情に笑みが見えた。

 きっと、僕の言葉に僕の考えを察したのだろう。


「『探偵の素行調査』にね」


 僕がそう考える事が出来たのは、瞭良さんの影響もあったんだ。



『俺たち探偵は受けて、弁護士は受けない依頼っていうのがある。だけど依頼内容ってのは、その依頼に対しての望む結果を説明するものでもある訳だけど、そうだな……分かり易く例えるなら、離婚の場合、相手の不利益を突くにはそれなりの証拠がいる。それが浮気を訴えたとして、これが浮気調査となった場合、大抵の弁護士は浮気調査はやらない。そういった調査は『探偵』に依頼されるんだよ』


 そして亮二さんは、僕にそれを教えてくれていた。


『ユウ。彼は『探偵』に依頼したんだよ』



 瞭良さんが飲み干して空になったグラスを手に取る僕は、再び口を開く。

「バカルディ・ホワイトを使わず、他のラムを使ってもバカルディと言って出さなければ、それは偽物にはならない。ベースが変われば名も変わる」

「名が変わるって……じゃあそれってなんて言うの……?」

 聞き返す彼女に瞭良さんが、ニヤリと笑みを見せて答える。

「『ピンク・ダイキリ』」

「だからさっきその話を……そう……そうなのね」

 そう呟く彼女は、少し戸惑っているようだ。

 瞭良さんが彼女の決断を促すようにも、こう言った。


ようは依頼の目的が何処にあるのか、でしょ」


 瞭良さんの言葉に納得を示す彼女は、亮二さんにちらりと目線を向けると口を開いた。

「そうね……探偵に依頼する依頼人の目的、だったわね……ねえ、 杉田さん?」

 ああ……依頼に来た時、亮二さんが彼女に言った事か。


『依頼に来る事で事を荒立てる事も出来る。あなたはどっちかな……?』


「はは。それは失礼」

「だけど……あなたの言った事に間違いはないわ。あなたたちを利用しようとしていたのは本当の事だもの」

 亮二さんは、ニヤリと笑って答える。

「それは初めから聞いていたけどね?」

「ふふ……それは駒になれって事かしら?」

「そういう事」

「私が探偵に依頼するように、何処かの誰かが探偵に依頼している。誰かに尾けられている気がしても、目に見える証拠がない限り抑えられない。例え抑えられたとしても、そこから先に踏み込むにもそれなりの証拠がいるのは、あなたたちも知っている事でしょう。法に触れていなければ忠告もそれまで……聞き入れるかどうかは当人次第よ。緋色の事を思えば大事にもしたくない……相手が探偵を名乗っているなら尚更ね。探偵だからこそ、見つける事が出来ない……緋色も自身の力で闘おうとしているんだろうから、邪魔もしたくないと思うのも本音……私が表に立ったら、緋色はきっと困るわ」

 やはり不安は残るのだろう、表情に翳りを見せる彼女に亮二さんは言う。


「まあ……あなたは緋色にとっても最終手段だろうけどね。目的に見合ったベースにした方が賢明だ。カクテルの種類は数多い。依頼にしたって同じようなもんだ。材料、分量を少し変えただけでも名が変わる。面白いのは『バカルディ』のホワイトラムの量を増やし、他の材料を減らすと『サンチャゴ』と名を変えるんだよ。この依頼だって似たようなもんだろ?」

 亮二さんは、バカルディ・ホワイトを手に取ると彼女の前に置き、言葉を続ける。


「ベースを増やせば度数は当然、高くなる。ベースにしたってどのベースがいいか……好みの問題でもあるが、なんにしたって選ぶのは本人だ。依頼がかち合うってのは、なにも同じ事務所の探偵という訳でもない。誰の目線で何を見ているのか、どういった思いがそこにあるのか、何を正しいと思っているのか、探偵にしたって実際、調査を始めてみない事には分からない事だってある。それが続けるべき依頼なのか、続けるべきではないのか、依頼内容を変えるべきなのか、契約解除には探偵側の理由もある。だがその理由は依頼人の思惑に繋がっている事だ」


 何が正しいのかなんて見ていない。

 何を正しいと決めたのかを見てる……。



「それで? ウチの探偵からの提案の返答は?」

 亮二さんの言葉に彼女は、静かに微笑んだ。

「初めからそのつもりだったって訳ね。駒になったのは私の方だったみたいだわ」

 惚けるようにも亮二さんは小首を傾げる。

「調査対象を見誤る訳にはいかないからね? な、淳史?」

「はは。見誤ったら俺たちの負け、だろ? 亮二」

 目線を重ね合う二人。その目線が同時に彼女に向く。

「敵わないわね……あなたたちには」

 彼女は少し呆れたようにも小さく息をついたが、僕を真っ直ぐに見て答えた。


「中川さん。あなたの提案に同意するわ。だけど……」


 クスリと笑みを漏らし、挑むような目を向けて彼女は言う。


「今度こそ本当に私の駒になって貰うわよ?」


 その言葉に僕たちは苦笑したが、同意を示して頷き合った。

 早水がゆっくりと席を立つ。

「話が纏まったようだから先に失礼するよ。瞭良、お前は緋色と組んで貰う。事務所に待たせているから行くぞ」

「え? なんスか、それ? この流れからいって、俺、ヘルプに回るんじゃないんスか? ていうか、なんでこの時間に……普通、帰るでしょ。明日でいいじゃないっスかっ! ボス! 俺、まだ……」

「だから明日、だろ。日付、今ちょうど変わったからな」

「ちょっ……ボスっ! それパワハラ……」

「瞭良。お前が勝手に動いていたのを誰が容認していたと思っている? 文句言ってないで行くぞ」

 そう言って早水は、瞭良さんの襟首を掴んで引っ張って行く。


 はは……ボスと呼ばれているだけあるな。

 僕……オーナーの事務所でよかった……。


 店を出る時に早水は、亮二さんを見て告げた。


 ……え……?



「キミがあの時の探偵なら……十分に気をつけてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る