第21話 アドヴォカート
先入観だった。
瞭良さんのボス、早水 理人は四十四歳。
そして南条の弁護士は早水 理人と旧知の仲……。
この情報で思い描いた人物像は、彼と同じくらいの年齢の男性だった。
神崎 瑠衣が南条の弁護士だったとは考えもしなかった事だが、彼女が依頼に来た時からこれまでが纏まる話だ。
「教えるって……なにを? 私の方が聞きたい事があるわ」
彼女はクスリと笑みを漏らし、ちらりと僕を見る。
「意外だって顔に出ているわよ、探偵さん? そんなに驚いてはいないようだけど、別人のように見せる事はあなたたちだってやる事じゃない?」
「ユウ。長くなりそうだ」
亮二さんが座れと椅子を引き、僕は座ると彼女に言った。
「驚いてもいないし意外だとも思っていない。そうじゃなければこの依頼の意味が無くなる……僕はそう思っている」
「……そう」
グラスを手に取る彼女の動きを目で追う僕は、呟くように言う。
「……気に入らないな」
僕の呟きに彼女の手が止まると、僕はグラスを指差した。
「それ」
「これ?」
彼女は、クスリと笑うとグラスの中の氷を揺らす。
「それ……ストレガ・サワーだろ」
「ええ。それが?」
「それじゃあ、あなたが僕たちに本当の事を話す事はない。依頼に来た時のように……ね」
僕は、彼女の目を真っ直ぐに捉えながら言葉を続けた。
「『言わなくても分かるでしょ』あなたが依頼に来た時に僕に言った言葉だ」
「それが?」
「あなたを見て言い表す言葉は、意味を遠ざける。そのストレガのようにね」
「どういう意味?」
「ストレガはサフランで色をつけている。その透き通った黄色のリキュールは、太陽の光線の溶液と形容されているんだ。だけど……ストレガの意味は『魔女』」
「知ってるわ。だから飲んでいるの。それが気に入らないのね」
彼女は、少し気落ちしたようにもふうっと小さく息をつくと、ストレガを飲まずにテーブルに戻した。
目線をグラスに落とす彼女だったが、言葉を重ねた僕に目線が戻る。
「気に入らないのは、その調和が『絶妙』だという事だよ。ストレガみたいにね」
僕のその言葉に彼女は、ふふっと笑った。
ストレガは薬草系のリキュールで、バニラ風味のリキュールだ。柑橘の果皮を加えてバニラ風味を和らげる事で、ストレガは絶妙なバランスのリキュールと言われている。
爽やかな甘みはアニスを思わせるが、アニスと聞いて浮かぶのは、やはりパスティスだ。
早水 理人と杜嵜 緋色……。
この依頼を受けて、様々な人物を知る事となった。
それが巧みなバランスで繋がっている。そして、依頼という中でそれぞれの個性が溶け込んでいるんだ。
「やっぱり思った通りね。あなたたちに依頼して良かったわ。それで? 教えて欲しい事ってなに」
「そうだな……折角だからその前にオーダーしてもいい?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
亮二さんはそう言ってニヤリと笑みを見せると、バーテンダーにオーダーする。
「『スノーボール』を」
スノーボールがテーブルに置かれる。
このスノーボール……。
僕が気づいた事に、亮二さんは笑みを見せている。
「ユウ、飲んでいいよ。俺、バイクだし」
テーブルに片肘をついて小首を傾げ、にっこりと笑みを見せる仕草に思惑があるのが分かる。
「あ、うん……」
スノーボールを飲む僕に亮二さんが言う。
「珍しいだろ?」
「うん……珍しいね」
「なに……? どうしたの?」
不思議そうな顔を見せる彼女に、僕は答える。
「コレ……ジンベースのスノーボールなんだよ」
「それがなに……?」
「スノーボールは大抵、アドヴォカートがベースになってる」
アドヴォカートはブランデーに卵を加えたリキュールだ。他にも砂糖やハーブの一種であるフェンネル、レモン果皮、バニラが加えられている。卵を使っているだけあって色は黄色だ。ジンは無色透明。だからスノーボールのベースに何を使っているかは見ても分かる。
「じゃあ……それって偽物って事なの?」
彼女の問いに僕は首を振る。
「いや。ジンをベースに使ってもこれはスノーボールだよ。アドヴォカートを使って提供されるのが殆どだからね。ジンベースで提供されるのは珍しいって事」
「……詳しいのね」
彼女にこの店に来るよう、指定したのは亮二さん、か。
このスノーボールを僕に飲ませたのも、僕に託したからだ。
彼女の依頼を受けたのは僕。
だからそれは僕が訊く。
「神崎さん……あなたに教えて欲しい事だけど」
僕はグラスをテーブルの中央に置くと、言葉を続けた。
「同じ依頼でも調査内容が違っていたんじゃない?」
僕の言葉に彼女の目が動いた。
彼女の反応に僕は言葉を続ける。
「婚姻関係のない者の所在調査は特に慎重になるからね。リスクが高過ぎて依頼を受けないところもあるだろう。だけどあなたが彼の所在を知らないはずがない。あの写真の日付がそれを証明していた訳だけど……依頼を受ける際には調査内容を確認してる。それはあなたも了承済みの事だ。それを踏まえて契約書に同意して貰っているからね」
「そうね」
「あなただって慎重だったはずだ。それは今も……ね?」
「まるで尋問されているみたいね」
彼女は亮二さんへと目線を動かし、クスリと笑う。
「だけど視点は悪くないわ」
頬杖をつきながら亮二さんは、ニヤリと笑みを返すと彼女を見たまま言う。
「当然だろ。ユウ、続けて」
僕は頷くと言葉を続けた。
「あなたが僕に渡したあの写真と同じ構図の写真がある。一年前の写真だ。あれが本当だったんだろ……なんの疑いもなく自然でいられたのは」
「そんな事が本当だって言えるの……? 人の心なんて不確かなものよ。分かるはずがないわ」
「分かるよ。あなたが本当に確かだと思えたのは、その時だって事」
彼女はハッと息を飲む。
僕は心の動きを確認するように、彼女の目を捉えながら言葉を続けた。
「その当時、自分が探偵に調査されていたなんて思いもしなかっただろう。あなたが中年男性と会っていたのは探偵事務所の代表を当たっていたからだ。その時の探偵を聞き出す為にね」
『今度は自分より年上の中年男性ではなく、青年に手を伸ばすとは今度こそ本気?』
亮二さんは初めからこの依頼の核心に触れていた。
まあ……言い方はアレだけど。
「ベースが結果を分けたんだ……神崎さん、闘う覚悟を決めたならベースを変えて提案するよ」
僕は、スノーボールの入ったグラスにそっと手を触れる。
「アドヴォカートを使ったスノーボールにね」
アドヴォカート……それは。
オランダ語で弁護士を意味する。
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