第20話 スペシャリティーズ

「だけど……それにしたって亮二さん、現状把握、早くない?」

 いくら予測したとはいえ、こんなタイミング……。

「ああ、ユウくん、それはね」

 瞭良さんがスマホを僕に見せながら、画面をタップする。

「俺、亮二さんのスマホとアプリで繋がってるから。それで俺と通話状態だったって訳。亮二さん、ヘッドセット使ってるから運転中でも会話出来るんだよね」

「まあ俺は聞いていただけで答える事はなかったけどな」

「なんで僕にその事教えてくれないの……」

「落ち込むな、ユウ。俺も教えて貰ってないから」

 慰めるように淳史さんが僕の肩をポンと叩く。

「別に淳史さんはどうでもいいよ……」

「ユウ、お前ね……俺はどうでもいいってなんだよ」



 彼らは僕たちを見て呆れたように鼻で笑っていたが、一度止めた足を踏み出し、行ってしまう。


「ああ、そうだ」

 亮二さんが彼らに向かって声をあげた。

 彼らは反応を見せずに歩を進めて行くが、亮二さんは構わず言葉を続ける。


「杜嵜 緋色。彼からの伝言だ」

 彼らはそのまま足を止める事はなかったが、杜嵜の名に反応を示した男が一人だけいた。

 トップらしき彼はその男をちらりと見て何か囁いたようだが、他の男たちと共にこの場を去って行った。


 亮二さんは、一人残った男へと向かって言った。


「『探偵に戻る』ってさ」



 振り向きもせず、他の男たちと行ってしまう男に亮二さんは更にこう言った。

「杜嵜は戻れなかった訳じゃない。戻らなかったんだよ」

 その言葉に男は足を止めた。


「驚くような事じゃないだろ。 閉鎖って言ったって廃業した訳じゃない。探偵業務を停止しただけだ。だから事務所も、探偵名簿にも名前が残っている。どういった流れでそうなったか、そのくらい……」

 言いながら亮二さんは、足を止めた男へと近づいて行く。

「知ってるだろ?」

 男は足を止めてはいるが振り向きはしない。

 亮二さんは男の背後に立ち、言葉を続けた。


「緋色の元パートナー、九埜くの 隼斗はやと。もう一つ伝言だ」


 男は亮二さんに向き合い、彼の言葉を待っているようだが、言ってみろといった横柄な態度だ。

 亮二さんは、彼を睨むようにじっと見つめながら、強い口調で言った。


「お前が奪った名は返して貰うってな」


 九埜と睨み合う亮二さんの隣に瞭良さんが立った。

「今度の事務所はあんたと気が合うようだね。だけど忠告しておくよ」

 瞭良さんが九埜に言った言葉は、胸に響く言葉だった。

 


「探偵が探偵を気取って真似ているようじゃ『本物』にはなれないよ」



 表情に変化のない九埜。彼にはどう届いた事だろう。


 パスティス・ウォーターを飲んでいた杜嵜が目に浮かぶ。


『苦手なんだよ。本当は。アニス風味の酒なんてさ……』

 あの時の杜嵜は、九埜に同調していたのかもしれない。

 僕が……ウォッカを飲んだ時のように。


『尚更知りたくなる。本物と偽物の違いを……ね』



 九埜は一言も答える事なく、嘲笑するようにもふっと笑うと僕たちに背を向け、仲間たちを追って行ってしまった。

 きっと彼らは、姿を消しても何処かで僕たちを見ている事だろう。

 ここはまるで彼らのテリトリーのようだ。

 そこに踏み込んだ者を警戒し、自分たちに近づけばどうなるかと脅すようにも圧を掛ける。

 この場所の雰囲気が彼らを演出している。それは彼らの思惑そのものでもあるだろう。



「淳史、弁護士先生のところ、俺とユウで行っていいか?」

「ああ、そうしてくれると助かる。俺、瞭良と行くとこ出来たから」

「え? 話違うでしょ、淳史先輩。なんなんすか、行くとこって」

「いいからいいから」

 淳史さんは、瞭良さんの腕を引いて歩き出す。

「いいって……ちょっと……」

「ほら、行くぞ、瞭良」

「分かりましたからっ……ちょっと……俺の上着……」

 腕を引かれながらも瞭良さんは、地面に落ちたままの上着を掴む。

「うわっ……亮二さんっ……俺の上着、踏んだ? タイヤの跡ついちゃってんじゃないスかっ」

「落ちてるモンが誰のかなんて知らねえよ。そもそも、捨てたんだろ?」

「捨てた訳じゃないんスけどね……あああ……コレ、高かったんスよお……」

「カッコつけて投げてっからだろ、瞭良」

 淳史さんは、ニヤリと揶揄うような笑みを見せる。

「淳史先輩っ! 先輩は見てたでしょっ。状況的な咄嗟の判断っスよ!」

「まあ、手は出しては来なかったと思うけどねえ……?」

 淳史さんの言葉に瞭良さんの顔が引き攣る。


「誰っスか? 正当防衛なんて言ったの」

「お前だって言っただろ」

「一体何処行くんスか。俺、なんも聞いてないっスけど」

「文句言ってないで、いいから黙ってついて来い」

「分かりましたよ。じゃあ、亮二さん、ユウくん、また後でー」


「淳史!」

 亮二さんの声に淳史さんは真顔で振り向いた。

 元パートナー同士、伝わるものがそこにはある。

 亮二さんが何を伝えようとしているのか分かっているのだろう。

 それでも亮二さんは敢えて口にしているんだ。


「見誤るなよ」


 静かな声だったが、強く、重く響く声だった。


 ……亮二さん……。

 やはり自分の事も絡んでいるからなのだろうか。

 九埜を見た時のあの目……あの時と同じ目をしてた。

 九埜 隼斗……あの男が……。

 いや……これは主観だ。

 決めつけるのはまだ早過ぎる。

 九埜にしても何一つ話していない。結びつけるには確証がない。


 淳史さんは、亮二さんの目を真っ直ぐに捉え、一呼吸置くとふっと穏やかな笑みを見せて答えた。


「分かってる。心配するな、亮二。見誤った時点で俺たちの負けだからな」



 淳史さんと瞭良さんを見送ると、亮二さんがヘルメットを僕に渡す。

「俺たちも行くか。ユウ、後ろに乗れ」

「あ……うん」

 僕は、後ろ髪を引かれるようにも彼らが去って行った方を振り向いた。



 この依頼の先には……僕たちにとっての答えもあるのだろう。


 亮二さんが走らせるバイクは、見慣れた風景へと入っていった。

 飲食店が立ち並ぶ繁華街。

 バイクから降りる僕たちは、その中の一軒のバーへと入った。

 人の多い賑やかな表通りの店。

 ここは圭介さんの店とも近いが、圭介さんの店は裏通りになる。


 亮二さんはテーブル席で一人飲んでいる女性へと足を進めて行く。

 三十代半ばくらいの、知性に溢れた落ち着いた雰囲気を醸し出す女性だ。

 南条の弁護士……? だって……。

 だけど……。

「教えてくれないか」

 そう言って亮二さんは、女性を前に座った。

 僕の目線がテーブルに置かれたグラスに向く。


 ……これって……。


 僕が抱いた疑問は、亮二さんによって解かれていく。



「『神崎 瑠衣』さん?」

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