魔王

28.「魔王直属軍」

 明け方、三日間の休暇を終えて再びリカルド様達と集合したときだった。


「南方戦線に動きアリ!——魔王が動き出したもようです!」


 各戦線を見張らせていた監視部隊からの報告があった。


「直接来るのか」


 リカルド様が低く呟く。

 その表情は冷静なのに、剣を握る手だけがわずかに震えているのを私は見逃さなかった。


「魔王城に行く手間が省けたってもんだろ」


 ゴドフリーが腕を組み、眉を寄せる。


「そうだな、四天王を倒した時点で、こうなることも考えていた」


「ま、私たち三人だけならいざ知らず……今の私たちなら大丈夫よ、きっと」


 ミランダさんが口元に指を当て、くすりと笑う。


「だってほら、覚醒した勇者様と、ナディア達が居るのよ」


 全員の視線が自然とリカルド様と私に集まる。


「そうだな、なによりナディアが居るんだ」


 そう言って、こちらへ振り返る。

 その時に見せる笑顔が、どれだけ安心をくれることか。


「――だがよ」


 バーンが声を張り上げる。


「魔王直属の軍勢ってなると、なかなかにやべぇんじゃねぇのか」


「……確かに脅威じゃが」


 ヴェル爺が白い顎髭を撫でる。


「じゃがのう、ワシらも相当に強いことを忘れてはならんぞ。バレてはならんという条件も無くなったワシらは……」


「確かにな、違いないぜ!」


 死霊たちが次々と声をあげる。


「……あんたたち」


 私は思わず目を潤ませそうになった。

 こんなにも頼もしく、誇らしい仲間たちが、今度は堂々とリカルド様たちと肩を並べているのだ。


「そうね」


 私は強く頷いた。


「やっぱ心強え奴らだ」


 ゴドフリーさんががははと笑う。


「ああ、俺たちで――世界を救おう」


 リカルド様の言葉に、私もまた胸の奥で、熱い炎が灯るのを感じていた。


(必ず――勝つ。みんなと一緒に)



 その日のうちに、私たちは南方戦線へと移動した。

 王都からは遠く離れた地だが、ヴェル爺の転移術により、通常なら数日の行軍が必要な距離を、わずか数時間で詰めることができた。


 ただし転移は前線からはやや離れた場所にしか使えない。そこからは、自らの足で歩むしかなかった。


「……ここからは歩いていくぞ」


 リカルド様が空を仰ぎ、剣の柄を握り締める。


 やがて視界に広がったのは、必死に防衛線を張る王国軍の姿だった。

 砦代わりの木柵は何度も焼かれ、土嚢は崩れ、兵たちは汗と血で顔を真っ赤に染めている。

 その向こう、地平線を埋め尽くすように、無数の魔族の群れが押し寄せていた。


 広い平野に陣取る魔王軍——そのさらに奥に見える黒雲の下から伸びる影のようなもの――あれは魔王の瘴気だ。

 四天王の誰を相手にしたときよりも濃く、触れるだけで命を蝕まれそうな禍々しさを帯びている。


「うわ……見ただけでやべぇ」


 ゴドフリーさんが顔をしかめ、手にした大剣を肩に担ぐ。


「このままだと、兵の士気も持たないでしょうね。これだけの圧に晒され続ければ……」


 ミランダさんが唇を噛む。


「だからこそ、ワシらが来たのじゃ」


 ヴェル爺の声は老いてなお朗々と響いた。


「勇者殿が姿を見せれば、兵たちも心を取り戻すはずじゃ」


 リカルド様が深く息を吐いた。


「ああ、希望を灯しに行くぞ」



「あれは……!」


 私たちの到着に、兵たちは驚きの声を上げた。血に濡れ、疲れ果てた顔に、それでも希望の色が灯るのが見える。


「よくここまで持ち堪えてくれた。あとは俺たちに任せろ」


 リカルド様が声を張り上げると、あたりの兵士たちが一斉に武器を掲げた。


「おおおっ! 勇者様だ! 勇者様が来てくださったぞ!」


 その歓声が、戦場の絶望を一瞬だけ拭い去った。


「……流石ね」


 ミランダさんが小さく呟く。


「へっ、リカルドだけじゃねぇっての」


 ゴドフリーさんが大剣を振り抜いて構えた。


「勇者の背中を守る――仲間も居ねぇとな」


「その通りよ」


 私は頷き、そして動き出した。


「——目標は魔王、一直線よ!」


 最初に襲いかかってきたのは、鋼の甲冑を纏った魔族の騎兵だった。馬の代わりに牙を持つ獣に跨がり、盾ごと兵を薙ぎ払おうと突進してくる。


「前は俺が受ける!」


 リカルド様が叫び、最前に躍り出る。

 騎兵の槍が突き出された瞬間――彼の剣が稲妻のように閃き、甲冑ごと叩き割った。

 さらに斬撃の軌跡が、衝撃波で後続までも薙ぎ払う。


「続けぇっ!」


 ゴドフリーさんが雄叫びを上げ、後続の魔族を大剣でまとめて吹き飛ばす。大地に叩きつけられた魔族たちは呻き声すら上げられなかった。


「我らも続くぞ!」

「ああ!」


 クラウスとドレイコも前線へ躍り出る。ドレイコの剣技は無駄なく正確で、一太刀ごとに敵の要を突き、クラウスの剣と魔法の融合は、敵陣を焼き尽くす。


「一気にやるわ! ——【氷塊空落フロスト・メテオ】!」


 ミランダさんの詠唱が完成し、天から無数の氷塊が降り注ぐ。巨大な槌のように叩き落とされる氷が、敵の隊列を粉砕し、悲鳴と怒号が入り混じる。


「お嬢様、ワタクシたちも行きましょう!」


 ミーナたち死霊の侍女部隊も応え、闇魔法と物理攻撃で敵陣を切り裂く。


「ナディア様! うしろです!」


 クラウスの声で我に返る。すでに別の部隊が私へ迫っていた。


「――【爆裂陣業火インフェルディ・サークル】!」


 地面に刻んだ魔法陣から紅蓮の鎖が伸び、魔族を絡め取ると同時に燃え上がる。


「へっ、まだまだ魔力はあるぜ! 後ろは俺に任せとけ!」


 バーンが火球を次々と撃ち上げ、空から迫る魔獣も撃ち落としていく。


「それにしても、この強さ——これが魔王直属軍。なかなかの力だ」


 ドレイコが低く唸る。


「俺も同意だ。並の兵ではない。ひとりひとりが将軍級の力を持っているな」


 ドレイコやクラウスの言う通りだった。どれだけ倒しても、立ち上がる魔族は次から次へと現れる。兵の数は圧倒的にこちらが劣勢——。


 それでも負ける気は全くしなかった。


(大丈夫、リカルド様がいる。みんながいる)


 私は胸の奥でそう呟き、さらなる魔力を解き放つ。


『ファルネウス、カルディア……行くわよ!』


『仕方ないわね』

『ふん、どれだけ我を酷使するつもりだ』


『そうは言っても、貸してくれるのね。ありがとう』


 二人から流れ込んでくる強力な二つの魔力。冷気と炎が交差し、魔力が唸りをあげて渦巻く。


「——【氷炎連想波フロスレア・リゾナンス】!」


 私の詠唱に応え、氷と炎の奔流が波のように広がる。灼熱と絶対零度が同時に襲いかかり、魔族たちの肉体は融け、砕け散っていった。


「……道ができた!」


 兵士の誰かが叫んだ。

 ここを突破すれば——魔王のもとへ辿り着ける!


「走り抜けろ! ——【聖剣直豪伸座セイクリッド・ドライヴ】!」


 リカルド様が聖剣を振るう。光そのものとなった刃が地平を裂き、一直線に敵陣を貫く。

 残されたのは、敵すら踏み込めぬ「光の道」。


 そして、ついに魔王への道が開けた。




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