10.「勇者パーティー」
意識が現実へと引き戻される。
「ナディア様……!」
ヴェル爺の声が、遠いこだまのように聞こえた。
目の前には、未だ魔力に侵食され、異形と化したカルディアの姿がある。しかし、その体から発せられる魔力は、先ほどまでの荒々しさを失い、静かに収束し始めていた。
「もう……大丈夫よ」
結晶化したカルディアの肉体が、ゆっくりと、しかし確実に崩れ始める。地脈に囚われた魔力が解放され、役目を終えた器が塵へと還っていくかのようだった。青白い光の粒が舞い上がり、洞窟全体を、そしてカルディアの身体を包み込む。
「カルディア……」
その光の中心で、彼女の魂が、小さな光の塊となって浮遊していた。魔王の枷を断ち切った彼女の魂は、安堵と、そしてわずかな寂しさを湛えているようだった。
「【
私は迷うことなく、魂を迎え入れるための魔法陣を展開した。死霊術師としての私の役割は、魂を導き、安らかに解放すること。だが、目の前の魂を、私はただ見送ることはできなかった。
(約束したの。私が居るって、もう一人にはしないって)
これから先、彼女は私の魂とともに生き、そしていつか、本当の安息の地を見つけるだろう。
だから、それまでは——
「【
彼女の魂を自らの肉体へと導く。青白い光を放つ魔法陣が足元に展開し、その光がカルディアの魂を優しく包み込む。カルディアの魂は、まるで帰るべき場所を見つけたかのように、静かに私の胸へと吸い込まれていった。
地脈の暴走は止まり、洞窟の冷気も徐々に和らいでいく。蛇の洞窟の地脈汚染は浄化され、戦いの終わりを告げた。
◇
西へ向かう山道。乾いた風が吹き抜け、枯れ草をかき分けるたび、胸の奥で何かがざらついた。
隣を進むのは、戦士ゴドフリー、魔法使いミランダ、そして聖女フローラ。
「あいつが居なくなってから、どうにも調子が合わん」
ゴドフリーの低い呟きに、俺は眉をひそめる。言葉には出さなかったが、心の中で深く同意していた。
確かにそうだ。ナディアがいた頃は、まるで先の未来を見ているかのように、敵の動きが予測できた。突発的な奇襲にも冷静に対応できたし、戦局の流れを読む勘も鋭かったように思う。
「彼女の予知が、それほど正確だったということなのかもしれないわ」
ミランダが静かに言った。死霊術師の彼女の力をハッキリと知覚することができない中、彼女はナディアの力を“魔法”として理解しようとしていた。
しかし——ナディアの力は、魔法というにはあまりにも異質だった。俺たちの知る魔法とは原理が違う。
いわゆる死霊術は、多くの人々にとって異端だった。
「予知などではありません。あれは——悪しき力に導かれていたのです。予知とは神聖なる神のみができる御業なのです」
冷ややかな声が割り込む。フローラだった。
聖女として神の加護を受ける彼女にとって、死霊術師であるナディアの存在は、忌むべき異端そのものだった。
彼女はいつだってナディアを拒絶し、遠ざけていた。
それでも、一年間パーティーで不和が無かったのは、俺のリーダーとしての実力というよりも、ナディアがその立場を理解し、静かに距離を取っていたからだ。
(いつもパーティーの調整役を担っていたのは、思えば彼女だった)
ナディアがいなくなってからというもの、すべてが変わった。
リアルテイ要塞に向かうことが決まった次の日に、彼女を追放した——たった二日前のことだ。
理由は得体の知れない「死霊術」を扱うから。
聖堂の圧力、フローラの忌避、仲間からの意見、そして……俺の迷い。
(それでも、引き止められたはずだった。……本当は)
あの日、言葉にすれば、きっと彼女は残った。
それを分かっていながら、俺は責任から逃げた。
そして今、魔王軍は動きを加速させ、各地の防衛線が崩れ始めている。
情報は錯綜し、味方の被害報告が相次ぎ、四天王すら動き出しているという。
「でもよ、王国からの報告によれば、四天王も連携の動きを見せてるって話しだぜ?魔王軍は一気に王国を叩くつもりだ。正直、俺たちだけじゃ……」
ゴドフリーの不安を隠さぬ声に、ミランダが苦悩の表情で地図を睨む。
「リアルテイ要塞を守りきれなければ、王都まで一直線に道が開かれるわ。西側は崩壊する」
「それでも俺たちは信じるしかない。今は、リアルテイ要塞に向かうことだけを考えよう。リアルテイ要塞が最後の砦だ」
俺はミランダに言った。
声に出して、自分を奮い立たせるように言った。
険しい山脈に囲まれたリアルテイ要塞は、王国西部の要衝であり、かつて何度もの防衛戦を耐え抜いた“鉄壁”とも称された場所。
今は、他の戦線を気にしている余裕はない。
それに、ナディアがいない今、その要塞を守りきることが出来るかすらも分からないのだ。今までとは違う戦いになるのはこの二日間の出来事で明白だった。
彼女の知恵も、魔法も、助言も、もう俺たちにはない。
(……そうだ。これは、俺の責任だ)
ナディアを切り捨てたのは、他の誰でもない、俺だ。
誰かのせいにはできない。
けれど——それでも。
「……ナディア」
気づけば、その名を口にしていた。
「君は、今……どこで、何をしているんだ」
かつて、共に戦った仲間。その存在が、どれほど大きかったのかを知った今——彼女が“居た意味”が、痛いほど胸に迫ってくる。
もう遅いかもしれない。
「急ごう、嫌な予感がする」
だが、それでも。
もう一度会えたなら——その時こそ、言おう。
本当は、ずっと頼りにしていたことを。
心の底から、君を信じていたことを。
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