8.「四天王 氷牢」
◇
クラウスからの魔晶通信が届いたのは、私たちが囁きの森の浄化を終えた直後だった。
『ナディア様、蛇の洞窟の地脈汚染は、カルディア本人が直接関与している可能性が高く——』
クラウスの声は冷静だったが、その奥に潜む緊張は隠しきれていない。
(カルディアが……来ていたのね)
私は魔晶核を握りしめ、深く息を吐いた。
『私の助けが必要ってわけね、カルディアとの戦いは、私が向かうまで待ってちょうだい』
『了解しました、洞窟入り口でお待ちしております』
通信が切れると同時に、私は仲間たちへと向き直った。
「すぐに向かうわ。ミーナ、ドレイコ、ヴェル爺、準備して」
「お嬢様、まさか……カルディアと直接?」
ミーナが心配そうに問いかける。
「ええ。彼女の魔力は、地脈そのものを凍結させる。放っておけば、死地になる。私たちが止めるしかないわ」
私は杖を握り直し、転移陣へと向かった。
◇
“囁きの森”の生の気配とは対照的な、凍てつく死の静寂——。大地そのものが冷え切り、空気中には微細な氷晶が浮かび、薄靄のように視界をぼやけさせていた。
クラウスたちはすでに洞窟の入り口に陣を張っていた。周囲に漂う魔素の濃度は異常で、警戒すべき戦場の空気が肌にまとわりつく。
「ナディア様!」
「姉御」
クラウスとバーンが駆け寄り、私の姿に安堵の表情を見せる。
「状況は?」
「カルディアの魔力が洞窟奥から流れ出ています。地脈の凍結が急速に進行中。入り口付近に配置されていた魔族たちは排除しましたが……氷牢軍本隊は、おそらくまだ健在です」
地脈の流れは、生命の命脈とも言える存在。それが“凍結”という形で閉ざされれば、大地は力を失い、生命の循環すらも止まる。
その先にあるのは死地であり、そこで生きられるのは魔族・魔物のみとなる。
「わかったわ。クラウスとバーンは戦闘部隊をまとめて突入準備。ミーナとヴェル爺は、凍結結界の解析をお願い。ドレイコは最前線よ。覚悟してちょうだい」
「御意」
短い応答と共に、仲間たちはそれぞれの役割へと動き出す。私は躊躇わず、洞窟の奥へと足を踏み入れた。
進むほどに、冷気は肌を突き刺し、空気はまるで凍てつく泥のように重く、息を吸うたびに肺が軋んだ。魔素の濃度が常軌を逸している。
——そして、その最奥に、“彼女”はいた。
氷で編まれた玉座に悠然と腰を下ろし、冷ややかな銀の髪をなびかせる魔族の女。カルディア。かつてギジャン要塞で矛を交え、多くの家族を失った——最悪の敵。
彼女の双眸がこちらをとらえる。その目は氷のように冷たく、そして底知れない悲哀を湛えていた。
「来たのね、死霊の姫君」
「カルディア。地脈を弄ぶのは、もうやめなさい」
「ふふ……やめる? あなたに止められると思って?」
彼女の周囲には複雑な氷の結界が張り巡らされ、地脈の流れを完全に支配していることが一目で分かった。
「今度の私たちは、あのときとは違うわ」
私は杖を構え、魔力を指先に集中させる。カルディアの表情から、わずかに笑みが消えた。
「ふふ……なら、少しは楽しませてくれるかしら」
彼女が指を鳴らす。
瞬間、氷の結界が波打ち、洞窟内の天井から無数の鋭い氷柱が一斉に私たちへと降り注いだ。
「【
「【
私は、道中に拾った魔族たちの魂を束ね、結界の内に霊盾を展開する。浄化と共鳴の力が、空間そのものに不可侵の障壁を一時的に作り出す。
タイムリミットは、魔族の浄化が終わるまで。
「みんな、行くわよ!!」
凍てついた氷柱が霊盾に弾かれ、砕け散る白い閃光の中、私は仲間たちに声を張り上げた。戦闘開始の合図だ。
「面倒ね」
氷の玉座が崩れ落ち、カルディアがゆっくりと立ち上がる。彼女の背後から、氷に囚われた魔族たちが姿を現す。その顔は無表情で、魂の灯を感じさせなかった。
「
彼らはかつて”普通の魔族”だった者たち。魂を凍結され、カルディアの操り人形となった存在。
「……命を魂を弄ぶなんて、許せない」
私は杖を高く掲げ、魔力を解放する。
「【
霊光が降り注ぎ、凍結された魂たちに癒やしの魔法が届く——はずだった。
「……馬鹿ね、その魔法は前に見たわ、対策もしてあるのよ」
カルディアの瞳に冷たい怒りが宿る。
「だったら——ドレイコ!」
「姫様の御心のままに……【
前に出たドレイコの大剣が地を薙ぎ払う。その一撃は大地を割るほどの威力を持ち、氷の魔族たちを吹き飛ばす。血の通わぬ悲鳴が木霊し、空間を切り裂くように戦場の空気が変わった。
「カルディア。あなたは強いわ。でも——一人で挑んだこと、後悔させてあげる」
私は杖を地に突き立て、魔力を地脈へと流し込む。
「【
地脈を介して、魂たちの力が共鳴し、幾重にも増幅されていく。
「ミーナ、ヴェル爺!」
「待っておりましたわ、お嬢様」
「解析終了じゃ……!」
二人の魔力が同時に放たれ、結界の綻びへと収束していく。
「【
「【
響き渡る二つの音律が氷の結界を打ち砕いた瞬間——
その崩壊に呼応するように、洞窟全体が悲鳴を上げた。青白い氷が砕け、地脈に絡みついていた凍結結界が音を立てて崩れ始める。
「今よ、ドレイコ!クラウス!」
「御意!クラウス、来い!」
「当然です!」
ドレイコの大剣が閃き、道を拓くと同時に、クラウスが詠唱を走らせて高速の追従魔術を展開。二人は最前線へと踊り出た。
「カルディアを直接狙うぞ!」
クラウスの言葉に応じ、ドレイコが無言で頷く。既に眼前には、氷の魔族たちが立ち塞がっていた。
「邪魔だ……【
クラウスの詠唱とともに、黒紫の魔力を纏う剣撃が放たれ、氷の傀儡たちの間を穿つ。その一撃に連なるように、ドレイコの大剣が縦一文字に振り下ろされる。
「【
衝撃波が氷を砕き、数体の魔族を一瞬で屠った。
「我らの力、見せてやる!」
二人の猛攻が風穴を開け、カルディアへと至る一本道が拓かれる。
一方その後方、ヴェル爺と私は、二人を支えるように連続詠唱を放っていた。
「ドレイコたちを援護するわ!」
「任せい!」
ヴェル爺がにやりと笑い、杖を高く掲げる。
「【
空間に干渉する陣が展開され、ドレイコたちの動きが一瞬加速する。
「【
私の放った魔力弾が、【
——そして、ついに。
「カルディアッ!」
ドレイコの咆哮が洞窟の奥深くに響く。
「ここまでとは思わなかったわ……だけど」
彼女の手が地脈へと触れる。その指先から氷の魔力が大地へと染み渡り、周囲の空間が一気に凍り始めた。
「もう遅いのよ……私はこの大地とひとつになる。すべてを凍らせる"無"となって——!」
カルディアの身体から青白い輝きがあふれ出す。
「魔力が……増幅している!自分ごと地脈に融合するつもりか!?」
ヴェル爺の声に、私の背筋が冷える。
(うそでしょ、このままだと……地脈全体がカルディアに支配される!)
だがその時——
炎の奔流が、戦場を切り裂いた。
「ったくよォ!冷たい女ってのは性に合わねぇんだよ!」
全身から赤熱の魔力を噴き上げ、“業火の爆弾魔”バーンが飛び出す。空気が一瞬で灼熱に変わり、氷の結界が悲鳴を上げた。
「待たせたな、姉御。……極限魔法、準備完了だぜ」
私が背後に張っていた【
ただの火力では到底通じないと、最初から理解していたのだ。
「……“あの四天王”の結界をぶち壊すには、それなりの礼儀ってもんがあるからよ」
バーンはにやりと笑い、魔力を集中させる。
「——【
それは、バーンが長年温めていた極限魔法——その改良型。
従来の爆撃魔法を、凍結破壊に大きく重点を置いて、対象の冷気を“焼き剥がす”ように設計された——まさに、対カルディア魔法。
魔弾が幾重にも炎を纏いながら振るわれ、カルディアが生み出した氷結障壁、凍結魔法がひとつ、またひとつと焼き崩されていく。
「ばかなっ!!」
熱と咆哮の衝撃により、地脈の凍結が一時停止する。
「リベンジ、だぜ」
バーンの一撃がカルディアの融合を阻み、地脈の魔力が止まる。
「やめろ、止まるな!……ここまで来たというのに!」
カルディアが、苦悶の表情を浮かべながら叫んだ。
ズゥゥン……!!
地響きのような脈動。地脈から逆流した魔力が彼女の身体を貫き、異形の光を発する。
「お嬢様!!」
ミーナが絶叫するのと同時に、カルディアの身体が結晶の塊へと変質していく。肌は蒼白に染まり、髪は氷晶のように尖り、声すらも歪む。
「まだ終わっていない。私を、拒絶するなッ!」
空間全体が凍り、魔族の怨嗟と怒りを吸い込んだカルディアの身体は、もはや怪物と化していた。
「全員構えて!!」
私の叫びに応じて、全軍が再布陣する。地脈の力を吸い取った彼女には、もはや攻撃は届かない。
「……私も、賭けるしかないわね」
私は静かに杖を構えた。
この術を使えば、私は人間ではいられなくなる。けれど——
「【
魔法陣が足元に展開し、私の魂が世界との壁を越える。
そして——カルディアの核、魂の深層へと触れた。
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