氷牢

2.「作戦会議」

 推し活を再開するとなると、まずは、信頼できる家族――死霊たちと作戦会議をすることから始めなければいけない。


『みんな、隠れ家に戻っておいで』


 死霊術を介して、外に出ている死霊たちに呼びかける。私の“声”に応じるように、次々と、隠れ家の奥——魔法で拡張された大広間のあちこちに転移陣が現れた。


 “推し活のための隠れ家”。

 誰も近寄らない僻地にあった古代遺跡を、改造して作り上げた秘密の作戦本部だ。 

 魔力障壁によって遮られた石造りの空間には、窓の代わりに視認結晶が埋め込まれており、監視部隊を通じて、外の様子や各部隊の動きがリアルタイムで映し出されている。


「ただいま参りました」

「ナディア様~!」


「みんな、お疲れ様」

 

 大広間に続々と集まってくる死霊たち。


 白装束に無表情の仮面をつけた死霊、分厚い重装鎧に身を包んだ死霊、霊体のまま浮遊する死霊、鳥や獣の姿をした死霊まで。様々な姿の死霊たちが、各自の定位置へと就いていく。


「点呼、確認するわよ。みんな部隊ごとに列になってちょうだい!」


 声を張ると、死霊たちは誇らしげに手を挙げたり、地を叩いたり、もしくは風のような声で応じる。コウモリの霊は、空中でぐるぐると回転して返事をしたりもする。


 そんな光景を微笑ましく思っていると、やがて、最後の隊の確認を終えたところで、尾行部隊の隊長ルビアが前に出てきた。


「ナディア様、早急に確認すべき情報がございますわ」


「あ!もしかして」


 ナディアの問いに、ルビアは即座に答える。


「はい、リカルド様勇者パーティーが向かっているリアルテイ要塞へは、現在の移動速度ですとあと三日ほどで到着されるかと。魔王軍の攻撃に備え、精鋭部隊の指揮を任されたようです」


 リアルテイ要塞——起伏のある山地、峡谷を挟んだ王国と魔国の西方国境線に広がる要塞。


「……リアルテイだと?」


 隣にいたクラウスがその言葉に反応して、地図を懐から出して机に広げた。


「リアルテイ要塞と言えば、最近になって魔王軍の動きに変化が出ていると偵察部隊が報告してた場所じゃないか?」


 クラウスが、机に地図を広げたまま指を滑らせる。

 魔力が走り、要塞周辺の地形が立体的に浮かび上がる。


「たしか、ここに魔王軍の陣地があったんじゃったな」


 ヴェル爺も、地図を凝視しながら低く唸った。


「ちょ、ちょっと待って。つまり、このまま行くとリカルド様と魔王軍が真正面から戦うことになるってこと?」


 いやな予感が、背中をぞわりと這い上がってきた。


「リアルテイ要塞は頑強な西の要所だ。魔王軍といえど、簡単には崩せないだろう」


 クラウスが冷静にそう言う。戦闘部隊の隊長である彼の言葉には、説得力があった。

 そのとき、コツコツと控えめな足音が響き、ひとりの死霊が前に出てきた。


「正面から攻めて来てくれるならね。でも、見たところ魔王軍も、真正面から要塞を攻める気はないみたいよ」


 偵察部隊の隊長エイルだ。

 透き通るような黒衣に身を包んだ彼女は、半透明の腕で新たな映像記録を魔法地図へ転写する。


「最新情報よ。私の部隊が昨夜、要塞周辺の地脈の魔素濃度の変動を観測したわ。これを」


 立体地図上に紫がかった帯が浮かび上がる。それは、まるで毒のようにゆっくりと拡がる魔素の流れ——魔王軍の陣地が、地脈を汚染しながらじわじわと侵食を進めている証拠だった。

 じわじわと、確実に、リアルテイ要塞とその周辺を侵食している。


「地脈ごと、この要塞一帯を死地にするつもりみたいね……」

 

「このままでは、要塞の結界は半月もしないうちに機能しなくなります。内部の兵士たちは動けず、勇者様の部隊も包囲されたままになるでしょう」


 その言葉に、私の心臓は跳ね上がった。

 リカルド様が——危険に晒される。


 そんなの、あってはならない。


「そうなれば手遅れだな。魔素が飽和すれば、我々死霊にも影響が出る。助けに行くこともできなくなるだろう」


 クラウスが静かに告げる。彼の声はいつも冷静だが、今回はどこか苛立ちと焦燥が滲んでいた。彼にしては珍しい。


「にしても、魔王軍が、正面からじゃなく搦め手を使ってくるなんてな……あのときみてぇだ」


「あのときって……」


 バーンの呟きに、私は、はっとした。

 要塞、毒、地脈汚染……この戦術、”あいつ”に似ている——それはリカルド様のパーティーに入る少し前の出来事。


「魔王軍四天王、氷牢のカルディア・ノアズグレイヴ」


 その名は、王国に今も深く刻まれている。魔王直轄領とは別に各地に存在する四天王の領地。中でも、王国の北に位置する氷牢ひょうろう領を治めるカルディアは、このような戦略を用いる。


 あの戦いを、私は決して忘れない。


 当時、王国内で最も堅牢な守りと称されたギジャン要塞は、その氷牢ひょうろう領との境に位置する北の要衝だった。近々、魔王軍が攻撃を仕掛けてくるとリカルド様が向かうと聞き、私は一足先にそこへ向かった。


 雪山を越え、渓谷を越え……たどり着いた先にあったのは、地獄だった。


 要塞の守備軍は、ことごとく全滅し、要塞に立っていたのは魔族たち。

 そして――カルディアだった。


 そのあとは、熾烈な戦いが始まった。生者も死霊も関係なく、生と死の境が曖昧になったような、あの凶悪な戦場。私のために多くの死霊が命をかけて戦い、そして散っていった。

 結果として、カルディアは深手を負って撤退した。


 あの戦いで分かったのは、カルディアが、自身にとって盤上を完璧に整えたうえでしか戦いを仕掛けないということ。ギジャン要塞も地脈を汚染され、カルディアが撤退した後も、王国軍がそこを取り戻すことは叶わなかった。


「もしかしたら、このリアルテイ要塞も?」


 本来、リアルテイ要塞のある西にあるのは四天王 炎牢えんろうのファルネウス・ネビュラグレイが治める炎牢えんろう領だ。

 魔王が現れてから過去十数年、四天王が協力するなんて話はなかった。


「それでも、あり得ない話しではないわね」


「カルディアは、搦め手の魔術戦と地脈汚染を用いた戦術を得意とする四天王だ。地脈への干渉が確認されたということは、その可能性が高い。少なくともファルネウスの得意とする火力戦を仕掛ける気配は前線にはないな」


 クラウスの言葉に、私の中の焦りが膨れ上がる。

 時間はそこまで多くはない。まずは、カルディアが本当に関与しているのかを確かめる必要がある。


「諜報部隊は、カルディアの痕跡、彼女に結びつく情報をすべて洗って」


「私に任しな!」


 諜報部隊の隊長メディアが、姿勢を正して前に出る。顔を覆う仮面が、魔力の光を受けてかすかに光った。


「それと、対カルディア戦に向けた準備も。作戦部隊、戦闘部隊は、カルディアの凍結魔法に備えておいて。尾行部隊はリカルド様の尾行と護衛に戻ってちょうだい」

 

「了解!」


 各部隊の隊長たちが、即座に応じて動き出す。諜報部隊はすでに情報転写の準備を始め、戦闘部隊の隊長クラウスは、作戦部隊との調整に入った。


「そしてリカルド様の護衛作戦も、並行して進めるわよ。偵察部隊は要塞周辺の地形や配置の再把握と魔素の流れをリアルタイムで追跡してちょうだい。監視部隊は各地に散って、炎牢領以外に動きがある戦線がないか確認して」


「異常があれば即座に、ナディア様に報告を!」


 エイルが続けるように言い、魔法地図の上に新たな警戒ルートを記していく。


「情報が揃えば、すぐに動くわよ。今回ばっかりはヒソヒソと隠れる必要なんてないわ。隠蔽部隊に任せて、皆全力で行くわよ!」


 言い切ると、場の空気が熱を帯びた。


「推し活大作戦、開始よ!」


 私の号令が、魔力を帯びて空間に響き渡る。


 次の瞬間——


「おおおおおっ!!」

「やってやりましょ~!」

「推しのためにーッ!」


 大広間が、熱気と歓声に包まれる。

 転移陣が次々と光を帯び、風のように、影のように、死霊たちが各自の任務へと飛び立っていく。


 高天井の視認結晶には、次々と各地の映像が流れ込み、作戦の開始を告げていた。


 私は、その壮観な光景を最後まで見届けながら、ひとつ、静かに呟いた。


「楽しくなってきたわね」



 

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