第3話 笑う者
次の日、私はスーパーに行った。
買い出しをしないといけなかったし――何かを確かめたかった。
いつも通る商店街は、特に変わった様子はなかった。老舗の八百屋、路地の奥にある花屋、同じ時間に同じ場所でタバコを吸うサラリーマン。
ただ、ひとつだけ――人々が笑っていた。
それは奇妙な笑いだった。口角がわずかに上がり歯を見せるだけで、目は動かず、感情の伴わない「記号」のような笑顔。
私は不意に、ある老婆とすれ違った。すれ違いざま、老婆はぴたりと立ち止まり、首だけをこちらに向けた。
「見えてしまったのね」
そう言った気がした――声ではなく、目で。
私は足早に立ち去った。だが、その後も通り過ぎる人々の表情が気になって仕方なかった。
ひとり、明らかに異質な男がいた。スーツ姿の青年。目の下に深いクマがあり、口元は常に微笑を浮かべている。
彼はこちらに気づくと、にやりと笑った。そして、すれ違いざま、私の耳元で囁いた。
「君も、こっち側か」
振り返ると、彼はいなかった。だが、道の向こう、花屋の前に立つ老婦人が、こちらに向かって笑っていた。花など見ていない。
――ただ私を見ていた。
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家に戻ると、部屋の空気が変わっていた。
冷たい。だが寒くはない。何かが「いる」冷たさだった。
私はサイコロを見た。やはり、テーブルの中央に置かれていた。
転がしていないはずなのに、自然と「出目」が上を向いている。
それは「6」だった。だが、数字の中央には、また紅い目が開いていた。
その目は、微かに――笑った。
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