七面骰子(ななめんさいころ)『全5話+あとがき』
ユーヒ&アイ
第1話 黒いサイコロ
雨が降った翌日の舗道は、どこか“過去”のにおいがする。
濡れたアスファルト、誰かの忘れたコンビニ傘、コンクリートに浮いた靴跡。
私の一日は、だいたいそこから始まる。
通勤路の交差点。私はいつものように、特に何も考えずに信号が青に変わるのを待っていた。音楽も聞かないし、スマホも見ない。ただ、自分の影が道路標識に伸びていくのを見ていた。
ふと、視界の端で光が跳ねた。
街路樹の根元、雨水に濡れた土の中に、小さな光沢があった。ガラスか、金属か。私はなんとなくかがみこみ、泥をぬぐった。
それは、サイコロだった。
ただの立方体。真っ黒で、重い。プラスチックとは違う、異様な質感が手のひらに残る。
不思議なのは……“7”の目がある気がしたことだ。
いや、気のせいだ。サイコロは六面体に決まっている。私は首を振って、ポケットにそれを入れた。
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その日の夜。仕事を終え、帰宅した私はいつものように晩酌をしていた。
少し飲みすぎたせいか、どうも思考がうまくまとまらない。
テレビは意味のないバラエティを垂れ流し、私はソファに沈みながら、テーブルの上のサイコロを転がしていた。
コロン。と音がして、「2」が出た。
次は「5」。その次は「1」。ごく普通のサイコロ。拍子抜けするほど、普通だった。
「なんだ、ただのゴミか……」
ため息をついてもう一度振った瞬間、それは出た。
「7」
サイコロの「6」の面の中央が裂けるように開き、その奥から紅い眼が覗いていた。
――ように見えた。
私はしばらくそれを見つめていた。時間が止まったように思えた。まばたきも忘れていた。
次の瞬間、私は笑っていた。自分でもなぜ笑ったのか分からない。酒のせいだ。夢でも見ているのかもしれない。
けれど。
あの目は、じぃっとこちらを見ていた。
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