エピローグ

私はひたむきに歩いてゆく。夜更けにも関わらず歩いてゆく。

あの高架下に行けば、もしかしたら山下に会えるかもしれない。そんな儚い期待を胸に秘めて。

相変わらずのむさ苦しい湿気と時折流れてくる心地よい風に、前よりずっと長くなった前髪が重たくなびいている。

夢で見たあの満月が、川の上に一つ取り残されている。


私は高架下に一歩ずつ近づきながら、私の追いかけている幻影に想いを馳せている。


山下は本当に居なかったのだろうか?

それとも私に嘘をついていたのだろうか?

なら、あの時のアカリはどうして山下を知っていて、今のアカリは知らないのだろうか?

一度でも持ち始めた小さな疑惑は、私の中であっという間に大きくなる。

今どき携帯の一つも持っていないやつがいるか?

なぜ私がケーキを好きなことを知っていた?

それに、彼の話をずっと聴いていたいなんて思ったのはなぜ?それは恋愛ではなくて、でももっと深い、そう、兄弟や家族に感じるような、切っても切れない愛のような、そんな何かがそうさせていたような気がする。


「そもそも、僕が本当に存在する必要なんてあるのかな?」


山下ならそう言いそう。いや、きっとそう言う。

何の記録にも残っていなくても、誰の記憶にも残っていなくとも、私は彼のことを覚えていて、それだけで十分なのではないだろうか?


もう高架下は目の前に迫っていた。


彼が残してくれたものって何だろう。くだらない青春の時間、たまにしか実らない豆知識、そしてハートのエース・・・初デート。あれ?どうしてだろう。私はどうして今まで山下とのデートを忘れていたんだろう。

私達はどこに行ったんだろう?何を話したんだろう?それに、そのあと私達はどうなったんだろう。

分からない。どうしても分からない。デートのあとの記憶は、微睡のように曖昧で断片的で、他の日常と不連続で無理矢理に繋げられているようにしか思えてならない。本当に、本当に居なかったのかな。


高架下にたどり着く。


月灯りしかない高架下はほとんど暗闇で、その暗さに誰かが紛れていても分かりやしない。私は体育座りをして、キャンバスに一人残された月を眺める。


「ねえ、あの月の裏側に、人類の足跡なんて本当に残っていると思う?」


聞きたかったその声が本当に届く時、その時だけ、私は少女の自分に戻ることができる。


「・・・かもしれないね。」


静かにゆっくりと海に沈んでゆく。瞳に映る月の輪郭が、ぼやけながら遠ざかってゆく。

懐かしい声が、顔が、今も確かにそこにあった。

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スイート・リベンジ 双海零碁 @ishijosf

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