第6話 幻の重爆撃機
~ミッドウェー島~
「What?」
ミッドウェー島の米軍守備隊は海戦が終わって尚も警戒態勢を崩さなかった。日本海軍の航空艦隊は健在である。海域から離脱したと言うがブラフで真珠湾のように奇襲を仕掛けて来る可能性は排し切れなかった。各所に設けられたレーダーが監視の目を光らせる。
「どうした。ドーナツが足りないか」
「いや、見てくれよ」
「あぁ、またかよ。レーダーってのは便利だが言うことを聞かない」
「どうする。報告はするが」
「どうするも何もメカニックに直してもらわないと」
「電話をかけてくる。それまで見ておいてくれ」
「はいよ」
レーダー監視所の担当者は24時間を交代制で勤務した。敵艦隊が退避したと聞いて久しぶりに過度な緊張を抱かずに済む。もちろん、自らのミステイクにより味方はもちろん、自分が死んでは元も子もないため真面目に働いた。今日は晴天で見晴らしの良いのだがレーダーの画面が真っ白に変わる。真っ先に敵襲を疑うところ機器の故障と見た。
この頃のレーダーはいくらか性能を向上して信頼性も確保している。上層部はレーダーを切り札と認識した。現場単位では調整が面倒で故障が多くて誤探知もあるレーダーを信頼していない。先のミッドウェー島空襲では攻撃隊を早々に察知する貢献を見せたが信頼を得るには不足が否めなかった。担当者たちはやれやれとため息を吐くが上長への報告は怠らずにフロー通りの対応を見せる。
「ワイルドキャットを飛ばすのか」
「海兵隊だな。しっかり者の集まりだから当然だろう」
「ライトニングじゃダメか?」
「ライトニングを飛ばすまでもないんだろうよ」
「そういうもんか」
レーダーの故障より一時的だが目を潰された。ここで日本海軍機動部隊の艦載機から攻撃を受ければひとたまりもない。なぜなら、今日はB-17爆撃機の移動があって大忙しなのだ。航空機が地上で撃破されても予備機を引っ張り出せばよい。滑走路が破壊されても重機を動員して建設用資材を消費して修復するだけだ。万が一のことは考えているが何事も無く終わることが一番に違いない。
したがって、海兵隊所属のF4Fことワイルドキャットが発進した。彼らは空中で哨戒飛行を開始する。普段はカタリナ飛行艇が担当する仕事もレーダーの不具合という中では戦闘機を飛ばすべきだ。本国の悠長な航空隊と違って最前線の海兵隊は常在戦場を心得る。一応は陸軍航空隊のP-38ことライトニングが飛び立てるが海兵隊の柔軟性が勝った。
「レーダーの不具合なんて何回目だ。メカニックは仕事をしているのか」
管制の指揮官に飛べと言われた空域にワイルドキャットを置く。ミッドウェー島防空戦に参加した時と比べて静寂が支配した。航空無線は味方から定期的な報告が入る。レーダーの復旧作業は現在進行形だが原因不明につき当面は人力に頼った。交代制であるが神経を尖らせるだけの飛行に愚痴が漏れても仕方のないこと。
「なんだ? 目がいかれちまった。飛行場に戻ったらドクターのところへ…」
このパイロットは自分の目も不調であることを察した。憎たらしい程に透き通った蒼空にキラリと光る。空中で光を反射させるは航空機だ。敵機を疑うが友軍のカタリナ飛行艇やB-17爆撃機、その他輸送機の可能性がある。キラリは一度でなく何度も生じた。自身の視覚の異常を真っ先に疑うことは任務を正しく遂行するための自己管理として正解だろう。
「あぁ? B-17の移動はもう行われているのか。レーダーの不具合でも連絡は徹底してほしいんだが」
(いや、B-17隊は準備の真っ只中だ。一機も飛んでいない)
「なにかこっちに来ているぞ。スケジュール調整はちゃん…」
(どうした。通信機まで壊れたか?)
「違う…違うぞ…あれは日本の爆撃機だ!」
(なんだと! 緊急警報だ! 鳴らせ!)
海兵隊の中でも精鋭は視力に優れた。碧眼は遠方のキラキラの正体をB-17ぐらいの大型機と見る。B-17がハワイとミッドウェーを移動する日と知らされていた都合で連絡ミスと考えた。地上の管制指揮官に確認を取る。B-17たちは地上で待機中だ。その他の航空隊の移動は予定されていないはず。正体不明の大型機の編隊が迫った。彼の視力は主翼と胴体に刻まれた日の丸を捉える。
「ジーザス!」
ワイルドキャットはバラバラに砕かれた。最後に残した言葉が悪態とは悲しい。それでも無駄死にするなとミッドウェー島に空襲警報が鳴り響いた。地上のB-17はすぐに動けないが補助用の小飛行場から戦闘機隊が飛び立つ。海兵隊のワイルドキャットが離陸すると直ぐに陸軍航空隊のライトニングも追従した。日本軍の大型機と聞いて重戦闘機の出番と意気揚々である。
ミッドウェーは日本軍占領下のウェーク島とご近所さんだった。ウェーク島から飛行艇や偵察機が強行偵察に来ることは珍しくない。それでも片道約2000kmはあるため、よほどの大型機でなければ往復できず、日本軍の重爆撃機と聞いて緊張が走った。日本軍は海軍の一式陸攻(ベティ)が足長を活かす。
「おそらく、海兵隊はベティを大型機と誤認した」
「ワンショットライターだ。恐れることはない」
「楽勝だ」
誰もが楽勝と言って程よく緊張しながら程よく気をほぐした。ベティはワンショットライターの異名を有する。一撃で簡単に燃え盛ることから嘲笑の対象に置かれた。特にライトニングは重武装なため高高度への退避さえ気を付ければよい。皆で戦果をあげようと意気込んでいる間に全貌が見えてきた。
彼らの視界にはB-17と似た四発機が収まる。一度は味方機ではないのか喉から出かけるも胴体と主翼に日の丸が刻まれた。B-17と比較して機体は一回り大きい代わりに絞り込まれる。機銃配置は同様と見えたが敵機は歓迎の射撃を浴びせた。日本軍が愛用する20mm弾が各隊を包み込む。それ以前に接近したと思いきや爆発的な加速を見せつけられて引き離されるばかりだ。
「なんだ! は、速いじゃないか!」
「なんて加速力だ! 追い付けない!」
「それに弾幕が凄まじい! あれはB-17じゃないのかよ!」
(バカどもが! どこを飛んで戦っている!)
「そんな状況じゃない! こっちも接敵しているんだ!」
(それは囮だ! 我々は攻撃を受けている!)
「なに! どこにいやがった!」
(奴らは低空を這って来た! なんて掃射だ! 総員たい…)
管制官が無線に割り込む。ミッドウェーの基地は攻撃を受けていた。彼らが接触したのは囮の爆撃隊とわかる。本命は日本軍らしく低空を這って接近すると襲撃を開始した。低空の爆撃は自爆の危険があり機銃掃射らしいが無線から漏れる音声はバリバリと割れている。
基地では何が起こっているのだ。
日本軍の別働隊は着陸でもするのか超低空を這っている。レーダーが使えない隙を巧妙に衝いた。メインの飛行場はB-17がハワイへの移動を控えている。最も最悪のタイミングで襲撃を許してしまった。敵機は爆弾倉を開いているが低高度の爆撃は自機と僚機を巻き込む危険性がある。
「地獄の始まりか…これは何が起こっているんだ」
「逃げろぉ! 壕まで入ることができれば!」
「もう間に合わんよ。我々は神から見放された」
「死神のお出まし…」
地上の哀れな者達は避難を急ぐが逃れられるわけがなかった。敵機の爆弾倉を覗き込んでみると大量の機関砲が列を為して斜めの下方向に取り付けられている。これらが交互に射撃すると下方の万物を穴だらけに変えた。B-17が堅牢でも20mm弾のシャワーを浴びては無事でいられない。さらに、一部の機体は移動のため燃料を満載していた。20mmのシャワーの中には焼夷弾も含まれてガソリンの引火を招こう。
まさに地獄絵図となった。ミッドウェー島の飛行場は大炎上して黒煙がもうもうと上がる。誰がどう見ても非常事態であることは間違いなかった。沿岸砲台や監視所などの兵士は飛行場の仲間の無事を祈りたいが攻撃を受けなくては不平等を指摘できる。ライトニングの迎撃を振り切った重爆撃機は中高度から陸用爆弾を投下していった。
ミッドウェー島は基地機能を喪失する。
憎たらしい空には山々が連なってそびえ立った。
続く
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