第7話 大陸打通作戦
幻影の艦隊は日本海軍のみに関わるかと思われたが、意外や意外、陸軍にも出現すると中央司令部に浸透した。東条首相の影響力もある中で重鎮たちを説き伏せる。閑職に追いやられていた有能な人材を復活させた。まるでソ連の大粛清からの逆転劇を演じるよう。なんという暴風が吹き荒れるも海軍と比べて派手さに欠けて表面に出ることはなかった。
「大陸打通作戦と鎌鼬作戦により中華は落ちます。抗日戦線は一時的なもので国民党と共産党は一枚岩でなかった。大陸打通作戦により重慶を猛爆して圧力を強めて大勝を収めることができれば必ずや揺らぐでしょう。さらに、鎌鼬作戦より援蒋の道路を遮断すれば降伏を引き出せる」
「本当にそう上手くいくか。中華の大地は広い」
「自分達で戦争を仕掛けておいて言いますか? 私たちは助言しているのです」
「これは失礼した。大陸打通というが重慶まで突っ込むのかね?」
「いいえ、重慶を囲むように曲線を引くように各都市を制圧します。そして前線基地を整備することで飽和的な爆撃を繰り返す」
「打通は曲線を敷くことか…」
「それで鎌鼬とは?」
陸軍の司令部を訪問した使者は独自の大陸打通作戦と鎌鼬作戦を提案する。海軍の使者は自主性を重んずる方針から口出しを慎むことに対照的だった。もしかしたら、二・二六事件や満州事変など暴走行為を危惧してのことかもしれない。彼らは中華戦線を早期に終結させることが先であると主張した。太平洋戦線と中華戦線の二正面を戦って勝てるわけがないと述べる。
陸軍上層部のエリートたちが理解していないわけもなかった。彼らも早期終結は本望と認める。しかし、中国の大地はあまりにも広大だ。臨時首都の重慶も奥地に該当する。基地航空隊の爆撃機が辛うじて届くかどうかだ。爆撃を繰り返して屈服を引き出せないか試みるも効果はいま一つ。そこで、大陸打通作戦と鎌鼬作戦の二本立てときた。
「至極も単純です。インドから中国に至る空路を遮断するのみ」
「現地の航空隊が実行中だ。追加は要らない」
「本当にそうですか? 現に遮断し切れていません」
「何が言いたい」
「我らの戦闘機と爆撃機が出張ります」
前者は中国の延安から西安を経由して貴州からインドシナまで結ぶ。大陸の北から南まで打通して結ぶことで重慶臨時首都を囲うようだ。その名称から重慶まで一直線につき通すのか誤解する。しかし、重慶の目前まで進出することで前線基地を構えることができた。前線基地に爆撃機を進出させて首都の絨毯爆撃を強化すれば必然的にヒビ割れが生じる。中国の抗日戦線は瓦解して国民党と共産党は再び内戦に突入して日中休戦に持ち込むのだ。あわよくば、国民党の寝返りを引き出して汪兆銘政権と統合の上で共産党撃滅に仕向ける。
後者は極めて単純明快な援蒋ルートの遮断を意味した。インドシナに進駐してビルマを制圧すれば輸送路は空路に限定される。連合軍はインド北東部から中国まで空路による支援を継続した。蒋介石と言う小物に未だ期待しているのか陸路の開拓も試みるが上手くいっていない。空路の遮断は簡単に思えて実際は難しく、航空機の機動性は侮れず、現地航空隊の妨害は牽制に止まった。空中で輸送機と爆撃機、戦闘機を撃破して物資の供給を止め、根本から断たんとインドまで越境攻撃を敢行する。前者と合わせて中国の息の根を止めてやるのだ。
「大陸打通も大戦力が必要じゃないのか。中華戦線から次々と引き抜かれている中では無茶だ」
「いつもは無茶をどうにかすると言うのに及び腰ですな。まぁ、いいでしょう。我々に任せていただければ結構でございます」
「何を虚勢を張っている」
「虚勢はそちらでは?」
「いい加減にせんか。陛下の前でも同じことができるか」
「申し訳ありません」
「とにかく、大陸打通作戦と鎌鼬作戦と言ったな。幻影に任せたく思う。この戦を終わらせられるならば何でも構わない」
閑職から復帰を果たした重鎮に一喝される。天皇陛下を出されては反論のしようがなかった。陸軍が中華戦線を重視する方針を海軍にも示している以上は下手に却下できない。しかし、大陸の北から南まで長大な戦線を敷くことは史上最大の作戦に該当した。まさに史実の大陸打通作戦であるが早すぎやしないか。それよりも大兵力を用意することができるのかなと疑問は尽きなかった。
「ありがとうございます。あとはお任せください」
「何かすることはあるか。手伝いはさせてもらう」
「補給路だけ確保してください。たとえば、共産ゲリラの殲滅です」
「わかった。匪賊の掃討は担当する」
「お願いします」
「よろしいでしょうか。得体の知れない連中に任せるのですぞ」
「勝てるならよろしい。どうせ、このままではジリジリと窮乏するだけ。中国に攻め入る時点で負けに進むと同義だった。それを挽回してくれると言うんだ。ここは一つかけてみる」
彼らの疑問に対する答えは得られない。どんなに疑念が残ろうと中華戦線を終結させられるならば矛を収めざるを得なかった。鶴の恩返しのように開けてはいけない真実という襖と部屋が存在する。海軍では謎の艦隊が対空砲火を開いたり、ミッドウェー島に爆撃隊が現れたり、深海に潜水艦が数多も出現したり等々の超常現象が相次いだ。これら全てが幻影という実体なのだから下手を打ち敵に回すよりも味方を維持することが得策と勘定する。
「それでは早速ですが行動に移すとしましょう。おそらく前線から様々な異常が報告されるでしょうが無視で結構です。もちろん、どうしても、気になる場合は確認を取っていただいて」
「わかっている。すでに報告されているんだ」
「それはようございます」
なんだかつかみどころのない奴だ。
彼が行動を開始すると言った以上は何か起こることを覚悟する。
「鬼が出るか蛇が出るか。楽しみにしておくよ」
~洛陽~
「て、敵の大戦車軍団が出現! あまりの砲撃に防御はままなりません!」
中華民国の洛陽は古代中国の時代から要衝と知られた。その時の国が首都を設ける程の都市ゆえに防御は頑強と固められる。中華民国軍は洛陽にて撃滅を目論むが想定外の大攻撃を被った。
「な、どう、いつ出てきた。敵は歩兵と野砲だけではないのか」
「洛陽はじきに落ちます。今のうちに組織的な後退を!」
「馬鹿を言うな! 中国の栄光をみすみす明け渡せと言うのか!」
「このままでは潰走します! ご決断を!」
洛陽は要塞化されて日本軍を迎え撃つ用意が整える。連合国の支援が滞り始めてもタフネスを張り上げた。大量の兵士と火器を揃えて待ち構えている。なんということだ。日本軍は機甲部隊を大量投入して易々と突破してくるではないか。対戦車火器は米軍供与の37mm対戦車砲や75mm野砲を揃えた。日本戦車は歩兵支援用で容易く撃破できると笑う。洛陽前面に現れるは大火力と重装甲を押し立てると陣地は悉く破壊された。
「もう敵重砲が射程圏内です!」
「む、むぅ。わかった。軍をまとめて脱出しよう」
「はい。殿の部隊はいくらでも用意できます」
「すまん」
「敵を内陸に招けば必ずや…」
副官が避難を促して承諾を得たにもかかわらず、無慈悲の榴弾が司令部の建物に突き刺さり、中国の歴史を象徴する建造物は崩落する。日本軍の機甲部隊は重砲を連れているのかアウトレンジの砲撃が厄介だった。指揮系統が麻痺して組織的な抵抗も後退もできるはずがない。洛陽守備隊は各地で戦車と自走砲、装甲車に蹂躙された。中国の歴史はまた一つ姿を消している。
「日本は悪魔か…」
約1週間の戦闘を経て洛陽は陥落した。
新聞には中華民国軍洛陽司令部に掲げられた日本国旗の写真が飾られる。
続く
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