書き写す男

 砂漠の外れで、ひとりの男が椅子に座っていた。

 彼の目の前には、積み上げられた紙の山ができていた。

 手元には、通信機と、古びた万年筆があった。

「こんにちは。こんなところで、何をしているんですか?」

 旅人は、水筒の蓋を開けながら訊ねた。

 男は、顔をあげずに答えた。

「うむ。情報を写している」

「情報?」

「この通信機から。国の出来事、企業の不祥事、気象に関する情報、どこかの戦争」

「それを全部、手書きで?」

「ああ」

 旅人は紙の束を見た。

 そこには整然とした文字で、あらゆる情報がびっしりと並んでいた。

「……いったい、何のために?」

「もちろん記録のためだ。記録がなければ、世界は忘れる。忘れれば、また同じことを繰り返す。だから書いている」

「なるほど。しかし……誰がそれを読むんです?」

 男は、初めて手を止めた。

「誰も読まない。だが、誰かが書いている、ということが大事なのだ」

「そうでしょうか」

 男は頷いた。

「それに、大火のあとには、必ずの話がくる。人間は火を恐れ、冷気で心を落ち着けたくなるらしい」

「まさか……」

「十年写していれば、いくつかのパターンが見えるようになるんだ」

 通信機が、また新しい雑音を吐き出し始めていた。

 男は黙って万年筆を取った。


 旅人はやがて立ち去ったが、しばらく歩いたあと、ふと立ち止まると、ポケットからスマートフォンを取り出して画面を見た。

「……たしかに。冷蔵庫の広告が流れてきた」

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