異種族の彼からめちゃくちゃ愛されて困ってます ~毎日変わる、甘やかし人外の溺愛短編集~

☆ほしい

【ドラゴン】私の竜人様は、世界で一番私を甘やかしてくれる

ふわり、と意識が浮上する。

最初に感じたのは、視覚でも聴覚でもなく、全身を包むあたたかな温もりだった。

私の背中には、硬質で、けれどどこまでも優しい体温を持つたくましい胸板がぴったりと寄り添っている。規則正しく、そしてゆっくりと刻まれる心臓の鼓動が、心地よい振動として伝わってくる。

ここは、私と彼――カイルスだけの寝室。

彼の腕が私の体に回され、まるで世界で一番大切な宝物を守るかのように、優しく抱きしめられていた。


「ん……」


私が小さく身じろぎすると、耳元で深く、そして心地よく響く声がした。


「おはよう、私の宝物」


その声だけで、全身がとろけてしまいそうになる。眠気でぼんやりとした頭のまま、私は彼の腕の中でくるりと向き直った。

目の前には、世界で一番愛しい人の寝顔。

すっと通った鼻筋に、固く結ばれがちな薄い唇。今は穏やかな寝息を立てている。陽の光を弾く艶やかな黒髪の間からは、磨き上げられた黒曜石のような、滑らかな二本の角が天を衝くように伸びている。それは彼の種族が持つ、力と誇りの象徴。

私はそっと手を伸ばし、彼の頬に触れた。人間よりも少しだけ高い、安心する体温。指先が、彼の肩にかかる部分に触れると、そこだけひんやりと滑らかな感触がした。彼の肌の一部を覆う、真紅の鱗。宝石のように光を反射するそれは、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

美しい、と心から思う。

人のようでいて、人ではない。彼が持つすべての特徴が、私にとってはたまらなく愛おしい。


「……起きていたのか」


カイルスがゆっくりと目を開ける。その瞳は、溶かした黄金をそのまま流し込んだような、鮮やかな金色。そして、中央には爬虫類特有の縦に長い瞳孔。初めて見たときは少しだけ驚いたけれど、今ではこの瞳が大好きだった。

なぜなら、この金色の瞳が私を映すとき、その瞳孔は愛しさに満ちて、ふわりと丸く開くから。


「おはよう、カイルス」

「ああ、おはよう」


彼は私の額に優しいキスを落とす。それから、私の髪を慈しむように指で梳いてくれる。彼の指は長くてしなやかだけど、その先にあるのは人間の爪ではない。鋭く尖った、黒曜石の爪。けれど、私はこの爪を怖いと思ったことなんて一度もなかった。この鋭い爪が、私に触れるときは羽のように優しく、決して私を傷つけないと知っているから。


「よく眠れたか?」

「うん。カイルスがあったかくて、気持ちよかったから」

「そうか。それは良かった」


彼は満足そうに微笑むと、私を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。彼の体は、まるで陽だまりそのものみたいにあたたかい。竜の血を引く彼は、その身に強大な魔力を宿していて、体温も人間よりずっと高いのだ。冬の寒い夜でも、彼が隣にいてくれるだけで、私は毛布もいらないくらい。


「お腹、すいた?」

「お前がすいたのなら」

「うん、すいた。カイルスが淹れてくれる紅茶が飲みたいな」

「承知した。すぐに用意しよう」


彼は軽々とベッドから起き上がると、私のためにクローゼットから厚手のガウンを取ってきて、優しく羽織らせてくれた。その一連の動作には、一切の無駄がない。

毎朝こうして、夢みたいな現実の中で目を覚ます。

世界で一番強くて、気高くて、美しい竜人様が、私だけをこんなにも甘やかしてくれる。これ以上の幸せなんて、きっと世界のどこにもない。


***


朝食は、いつも陽光が差し込むサンルームでとるのが私達の習慣だった。

テーブルの上には、焼きたてのパンと、色とりどりのフルーツが並んでいる。カイルスが手ずから用意してくれたものだ。彼は何でもできるけれど、特に料理の腕は一級品だった。


「さあ、食べるといい」


彼が私の皿に、皮を剥かれた果物を置いてくれる。彼の指先――黒く鋭い爪が、まるで専用のナイフのように器用に果物の皮を薄く剥いていく様は、いつ見ても見惚れてしまうほどだ。あんなに鋭い爪なのに、果肉を一つも傷つけずに、完璧な螺旋状に皮を剥き終える。

その恐ろしいほどの精密さは、彼がどれほど自分の力を制御しているかの証だった。

そして、その力のすべてが、私を傷つけないため、私を喜ばせるために使われている。その事実が、私の胸をじわりと温かいもので満たしていく。


「ありがとう。おいしい」

「そうか」


私がにっこり笑うと、カイルスの口元がほんの少しだけ緩んだ。彼はあまり感情を表に出すタイプではないけれど、私にはわかる。彼が今、とても満足していて、幸せな気持ちでいることが。


食事が終わると、私は書斎へ向かった。この城にある広大な書斎は、私のお気に入りの場所の一つだ。壁一面に並んだ本棚には、古今東西のあらゆる物語が詰まっている。

今日は、ずっと気になっていた恋愛小説を読もうと決めていた。

でも、その本は一番上の棚にあって、私にはどうしても手が届かない。


「うーん……あとちょっと……」


備え付けの小さな脚立に上って、精一杯背伸びをする。指先が、本の背表紙にかすかに触れた。その瞬間。

にゅるり、と私の腰に何かが巻き付いた。

驚いて振り返るよりも早く、その感触の正体に気づく。


「カイルス!」

「危ないだろう」


呆れたような、でも心配そうな声がすぐそばから聞こえた。私の腰に巻き付いていたのは、カイルスの長くてしなやかな尻尾だった。彼の肩と同じ、美しい真紅の鱗に覆われた尻尾。それはまるで生き物のように滑らかに動き、私が脚立から落ちないように、しっかりと支えてくれていた。

カイルスは私の隣に立つと、いとも簡単にその本を手に取り、私に差し出した。


「これか?」

「うん、ありがとう。尻尾さんも、ありがとうね」


私が感謝を込めて、腰に巻き付いたままの尻尾をぽんぽんと撫でると、尻尾の先端が嬉しそうにぱたぱたと揺れた。まるで犬か猫みたいで、思わず笑みがこぼれる。彼の尻尾は、彼の感情を素直に表すのだ。嬉しいとき、楽しいとき、私を愛おしいと思うとき、こうして優しく揺れる。


「……別に、これくらい当然だ」


彼は少し照れたようにそっぽを向きながら、私を脚立から降ろしてくれた。

本を手にした私は、書斎の隅にある大きなソファにごろんと寝転がった。しばらく夢中で本を読んでいると、いつの間にかカイルスが隣に座り、私の頭をそっと彼の膝の上に乗せてくれた。いわゆる、膝枕というやつだ。


「……邪魔だったか?」

「ううん、全然。嬉しい」


私は彼の膝の上で、心地よさに目を細めた。カイルスの膝は、硬くてしっかりしていて、最高の枕だ。私は本を読み続け、彼はそんな私の髪を、ただ静かに撫でている。

穏やかで、満ち足りた時間。

ふと、私は本から顔を上げて、膝枕をしてくれているカイルスを見上げた。下から見上げる彼の顔は、いつもより少しだけ幼く見える。私は手を伸ばして、彼のこめかみから生えている黒曜石の角に触れてみた。ひんやりとしているかと思いきや、彼の体温が伝わってきて、じんわりと温かい。表面は驚くほど滑らかで、ずっと触っていたくなる。


「私の角が、そんなに好きか」

「うん、大好き。綺麗だもの。カイルスの瞳も、鱗も、尻尾も、爪も、全部大好き」


私が素直な気持ちを伝えると、カイルスは一瞬、息を呑んだように見えた。そして、私を見つめる彼の金色の瞳が、ゆっくりと細められる。縦長だった瞳孔が、愛しさに満ちて、まぁるく開いていく。

それは、彼が私に向ける、最大級の愛情表現だった。


「……そうか」


彼はそれだけ言うと、私の唇に、触れるだけの優しいキスをした。

彼のすべてが、私にとっては愛おしいものでしかない。彼が人ならざるものであるという事実が、私を不安にさせることなんて、ただの一度もなかった。


***


その日の午後は、カイルスと一緒に城の庭を散歩することにした。

彼の庭は、専門の庭師が手入れをしていて、いつ訪れても美しい花々が咲き乱れている。私たちは手を繋いで、小鳥のさえずりを聞きながら、石畳の小道をゆっくりと歩いた。


「わっ……!」


その時だった。ぼーっと花に見とれていた私は、少しだけ盛り上がっていた石畳に気づかず、足を取られてしまった。

体がぐらりと傾く。倒れる、と思った瞬間。

視界が、一瞬で変わった。

さっきまで私の隣を歩いていたはずのカイルスが、いつの間にか私の正面に回り込み、そのたくましい腕で私の体をしっかりと抱きとめていたのだ。人間の目では追えないほどの、神速の動き。


「怪我はないか、私の心臓」


耳元で、切羽詰まったような声が聞こえる。心臓、だなんて。そんな大げさな、と思うけれど、彼の声は真剣そのものだった。私が少しでも傷つく可能性があったというだけで、彼はこんなにも取り乱してくれる。

その事実が、くすぐったくて、そしてたまらなく嬉しい。


「だ、大丈夫。ありがとう、カイルス」

「……そうか」


彼はほっとしたように息をつくと、私を抱きしめる腕の力を緩めた。

そして、彼は私を抱きとめたまま、もう片方の手を、私がつまづいた原因である石畳へと向けた。

彼が何をするのか、私にはわかっていた。


「カイルス、もう大丈夫だから」

「いや。これは、お前を脅かした」


彼の声は、氷のように冷たく、静かな怒りに満ちていた。

彼が軽く石畳に触れる。ただ、それだけ。力を込めたようには、まったく見えなかった。

それなのに。

パキリ、と乾いた音がして、硬い石畳に亀裂が走った。そして次の瞬間には、まるで砂の城のように、音もなく崩れ落ちて粉々になってしまった。

圧倒的な、力の差。

一国の軍隊すら滅ぼせると言われる竜の力を、彼はたった一つの石くれを砕くためだけに使ったのだ。私を、ほんの少しだけ危険な目に遭わせた、というだけで。


「これで、もうお前を脅かすものは何もない」


彼は何でもないことのように言うと、私を抱き上げて、近くのベンチにそっと座らせてくれた。

その過剰なまでの庇護欲に、呆れるどころか、愛しさが込み上げてくる。

私がこの世界で一番安全な場所にいるのだとしたら、それは間違いなく、彼の腕の中だ。彼は、私が生きる世界から、すべての脅威を、たとえそれが道端の小石であろうと、完璧に取り除いてくれるだろう。


「ありがとう、カイルス。でも、本当に大げさなんだから」

「お前にとっては些細なことでも、私にとっては天地がひっくり返るほどの出来事だ。お前が傷つくくらいなら、私はこの大地ごと平らにしてしまっても構わない」


真顔でとんでもないことを言う彼に、私は思わず笑ってしまった。

私が笑うと、彼の険しかった表情が少しだけ和らぐ。私は彼の首に腕を回し、その唇に自分からキスをした。


「大好きよ、私の守護竜様」


私の言葉に、彼は驚いたように目を丸くして、それから、たまらなく愛おしそうな顔で私を強く抱きしめてくれた。彼の腕の中は、世界で一番、安心できる場所だった。


***


その夜、カイルスは私を城で一番高い塔のバルコニーへと誘った。

手すりから身を乗り出すと、眼下には月明かりに照らされた広大な森が広がっている。空には、まるで宝石を散りばめたように、無数の星が瞬いていた。


「綺麗……」

「ああ。だが、お前に見せたいのはこれだけではない」


カイルスは私の後ろから、そっと体を寄せてきた。そして、私の耳元で囁く。


「私のお気に入りの景色を、特等席で見せてやろう」


そう言った瞬間、彼の背中から、ふわりと何かが広がる気配がした。

振り返ると、そこには息をのむほど美しい、巨大な翼があった。彼の鱗と同じ、深い真紅の皮膜を持つ、蝙蝠のような翼。月光を浴びて、まるでビロードのように滑らかな光沢を放っている。

普段は魔力で隠している彼の翼。それは、彼がその力のすべてを解放するときにだけ現れる、竜の象徴。


「怖がるな。決して落としたりはしない」


彼は私を胸元に引き寄せると、そのたくましい腕で、私の体をしっかりと固定した。そして、バルコニーの手すりを軽々と乗り越え、夜空へと身を躍らせた。

悲鳴を上げる暇もなかった。

ふわり、と体が宙に浮く。けれど、落下するような恐怖は一切ない。カイルスが翼を一度大きく羽ばたかせると、私達の体はまるで風に乗る羽のように、静かに、そして滑らかに空へと舞い上がっていく。


「すごい……!」


眼下にあった城が、みるみるうちに小さくなっていく。風が少しだけ冷たいけれど、カイルスの胸に抱かれているから寒くはない。彼はまるで、私達の周りだけ風が穏やかになるように、巧みに気流を操っているようだった。

私達は、星々がすぐそこに手で届きそうなほどの高さを、優雅に飛んでいく。

こんな経験、おとぎ話の中でしかありえない。

私が寒さに少しだけ身を震わせたのに気づいたのか、カイルスが私を覗き込んだ。


「寒いか?」

「ううん、大丈夫。でも、ちょっとだけ……」

「そうか」


彼は小さく頷くと、ふぅ、とゆっくり息を吐いた。

彼の唇から漏れたのは、炎でもなければ、煙でもない。それは、きらきらと金色に輝く光の粒子を含んだ、あたたかな吐息だった。その温かい息が、まるで柔らかな毛布のように私を包み込み、体の芯からじんわりと温めてくれる。

竜が吐く息は、鉄をも溶かす炎だと本で読んだことがある。けれど、彼の息は、私を温めるためだけの、優しい魔法だった。


「すごい……あったかい……」

「お前を凍えさせるわけにはいかないからな」


彼は当たり前のように言って、私の髪にキスを落とした。

私達はしばらく、言葉もなく夜空の散歩を楽しんだ。流れる星々、眼下に広がる銀色の世界。そのすべてが、夢のように美しかった。


「カイルス」

「なんだ」

「昔は、一人でこうして飛んでいたの?」


私の問いに、彼は少しだけ間を置いてから、静かに答えた。


「ああ。何百年も、ずっと一人だった」


その声には、私が知る由もない、長い長い孤独の響きがあった。


「この空は、果てしなく広くて、ただ虚しいだけだった。だが……」


彼は私を抱く腕に、そっと力を込めた。


「こうしてお前の瞳に映る空を見て、初めて意味があると感じた。お前が、私の世界に意味を与えてくれたんだ」


その言葉は、どんな愛の囁きよりも、私の心を強く揺さぶった。

私は彼の胸に顔をうずめ、こみ上げてくる愛しさに、ただ黙って彼の温もりを感じていた。

この人の、長い長い孤独を終わらせたのが、私なのだ。

その事実が、誇らしくて、そして少しだけ泣きたくなるほど嬉しかった。


***


夢のような空中散歩を終え、私達はバルコニーに静かに降り立った。

カイルスは、私を抱きしめたまま、その巨大な翼で私達二人をすっぽりと包み込んだ。翼の内側は、彼の体温で温められていて、まるで世界から切り離された二人だけの、あたたかな繭の中にいるようだった。

静寂の中で、お互いの心臓の音だけが響く。

私は彼の胸に耳を当て、その力強い鼓動を聞いていた。


「……人間は、『永遠』という言葉を口にするな」


カイルスが、静かに語り始めた。


「だが、お前たちにとっての永遠は、あまりに短く、儚い。瞬きのような時間だ」


彼の金色の瞳が、まっすぐに私を見つめている。その瞳の奥には、悠久の時を生きてきた者だけが持つ、深い叡智と、そして私への底なしの愛情が宿っていた。


「私の『永遠』は、いくつもの時代が連なるほどに長い。そして私は、その一瞬一瞬のすべてを、お前の幸せのためだけに使うと誓おう」


彼の言葉は、空に誓うよりも、大地に誓うよりも、ずっと重くて、確かなものだった。

竜の寿命は、人間のそれとは比べ物にならないほど長い。ほとんど、不老不死に近いとさえ言われている。

そんな彼がくれる「永遠」の約束。


「お前は、私の最初で最後の愛だ。私の、永遠の宝物だ」


その言葉を最後に、彼の唇が私の唇に、そっと重ねられた。

それは、今までのどんなキスよりも、深くて、甘くて、そして切ないくらいに優しいキスだった。

私は彼の首に腕を回し、すべてを受け入れるように、そっと目を閉じた。


この竜人の腕の中で、私は空よりも広く、時よりも永い愛を見つけた。

もう何も怖くない。何も心配いらない。

この先、何があっても、彼が私を守ってくれる。彼の永遠のすべてを懸けて、私だけを愛し続けてくれる。

その絶対的な安心感に包まれながら、私は彼の腕の中で、ゆっくりと眠りへと落ちていった。

夢と現実の境界が曖昧になるほどの、甘く、満ち足りた幸福の中で。

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