給料日まであと5分

墨田狗夷

本文

(あれ?早かったか?)

 傘をたたみ、入り口の傘立てに差して店に入ったはいいものの、時計を見れば二十三時五十五分だった。

 ……五分早かったか……。

 あと五分。

 五分経って日付を跨げば給料日である。つまり、コンビニに設置されたATMから給料が引き出せる。

 だが、楽しいことをしている時は、五分なんて話にならず、一時間ですらあっという間に過ぎてしまうのに、こういう時の五分はやたらと長く感じる。

 何故か世界はそのようにできている。

 しかたなく、私は時間潰しにコンビニの店内を見て回ることにした。

 それにしても、いくら今日の昼は蒸していたからとはいえ、少し冷房を効かせすぎでは?

 そう思うくらい店内は肌寒かった。

 まずは雑誌売り場。

 そこで、注目している異世界転生もののコミックの最新刊の背表紙が目に留まる。

(作品のビキニアーマー姿のヒロインがなかなかエロいんだよな)

 給料入ったら買おうと決める。

 それから小説投稿サイトのプラスアップノベルで、ビキニアーマーをテーマにしたコンテストをやっていることを思い出した。

 あれのための短編を一つ書いて、試しに応募しても良いかもしれない。

 ふと、そんなことを考えながら、陳列された雑誌を眺め、それから弁当売り場へ向かう。

(そういや、夕方、焼きそばパンを食べたきりで、ご飯らしいご飯を食べてなかったっけ?)

 思い出した私は、真剣にお弁当を選び出した。

 この店は駅のすぐそばにあって、終電を降りて立ち寄る客が多いので、この時間帯には弁当がしっかり並べられているのがありがたい。

 さて、なにを買おうか。

 ここのスパゲティミートソースは確かにおいしいが、少し量が物足りない。

 ロースかつ弁当は……いや、逆に重いだろうか?

 焼肉弁当……うん、これくらいが丁度よさそうだ。

 そう決めて、ちらりと壁の時計を見る。

 あと三分。時間が経つのが本当に遅い。

 そういえば、マヨネーズとかがもうすぐなくなりそうだったな。

 それを思い出して私は調味料売り場に足を運ぶ。

 ……また、値上げしてた。

(う~ん、どうするか……)

 棚の前で立ち尽くし、私は迷った。

 本当なら、弁当の焼肉にマヨネーズと一味をかけて食べたいのだが……。

 ここで、この値段で買うのなら、すぐそばにあるスーパーでもう少し安く買える。

 それにマヨネーズがなくとも、あの弁当の焼肉はおいしい。

 しかし、焼肉のタレにマヨネーズが絡むともっとおいしいのは確かで……。

 そこでちらりと時計を見る。

 あと一分。

(よし、そろそろ……)

 私は店を入ってすぐのところにあるATMに向かう。

 マヨネーズを買うかどうかはお金を下ろしてから決めよう。

 そう考えながら、手に持っていた財布からエメラルド色のキャッシュカードを取り出し、ATMのカード挿入口に入れる。

 キャッシュカードが吸い込まれていく。

 それをじっと見つめながら、

(そうだ、ビールも買おう)

 そんなことも思いついた。 

 しかし、ATMの画面に表示されたメッセージは非情だった。


「この時間は取引を行っておりません」


(…………。)

 一瞬、なんのことだか分らなかった。

 そして、少し頭を働かせて思い出す。

 そう、今日は……いや、日を跨いだから昨日は日曜日。

 毎週、日曜日の夜から月曜日の朝にかけては、ATMでお金を下ろすことはできないのだ。

 頭の中の買い物リストは一瞬で白紙になった。

 落胆した。何にだろうか?また朝まで待たなければならないことだろうか?それよりも考えれば最初から分かっていたことを忘れていた私自身にだろうか?

 一人溜息を吐き、なんの用も成さずにATMから空しく出てきたエメラルド色のキャッシュカードを受け取って、財布に入れると、私は何も買うこともできずに店を出た。

 外は来た時よりも雨が強く降っていた。

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給料日まであと5分 墨田狗夷 @inuisumida

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