第2話 涼子 12歳

 その日、涼子にとっていつもの事が一つと、そうでない出来事が三つ起こった。


 両親が自分達兄弟を家に置いたままパチンコに行くのはいつものこと。


 何がそんなに面白いのか涼子には理解しかねたが、不機嫌な両親に当り散らされることが無いのはむしろ嬉しい事だった。



 夕食が終わった六時頃から両親は出かけて、閉店の十一時過ぎまで帰ってこない。

 その間、涼子が下の四人の兄弟の面倒を見なければならないが、一番下の裕太は六ヶ月の赤ん坊だからミルクを飲ませておけばあとは寝てるだけであまり手はかからない。



 二歳下の雄介はテレビアニメを見せるかゲームをやらせておけばよかった。

 問題は五歳下の加代子と六歳下の幸子だった。

 二人仲良く遊んでいたかと思うと、突然けんかしだしてどちらかが、普通は幸子が大声で泣き出してしまう。

 泣かれると裕太まで起きてしまいそうで冷や冷やしてしまう。



 とにかくその二人からはなるべく目を離さないようにしていた。


 裕太と一緒に先に涼子が風呂に入り、いつものように膝の上で頭を洗ってやる。


 裕太はこのときが一番幸せそうな顔をするのだった。

 自分が母親になったような気がして涼子にも幸せなひと時だった。

 浴槽に浸かると、裕太はふわふわ浮きながら涼子に微笑みかける。



 赤ん坊は本当に水を怖がらないんだなあ。自分なんか足のつかないプールに放り込まれたら必死でばた狂うだろうに。



 もうすぐ春が来る。

 そしてすぐに夏がやってくる。

 泳げない涼子にとって夏は嫌な季節だった。

 数年前の海水浴で、父親に深い所まで連れて行かれたことがあった。



 泳ぎなんか一度溺れかければすぐに覚えるもんだ。

 そんなことを言いながら、涼子の手を引いて浜から二十メートルくらいの沖合いまで引っ張って行ったのだ。

 そこで、そら行けと砂浜に向かって突き放された。


 立ち泳ぎをしていた父に放された涼子は一瞬頭まで沈んでしまう。


 その状態でも足はつかなかった。いったいどのくらい深いのかさっぱりわからない。

 とにかく恐怖感と戦いながら手足を必死で動かした。

 苦い海水を飲み、砂浜に向かって懸命に犬掻きで泳いだ。

 一生懸命に手足を動かしても、ほんの少しずつしか進まない。だんだん疲れてだるくなってくる。


 息苦しさも限界だ。もうだめだと沈みかけた時になって、やっとつま先が砂の感触を感じた。

 右足の親指に感じた微かな感触には心底ほっとさせられた。

 死なずにすんだと、本気で思った。



 激しく咳をしながら砂浜に上がろうとした時。

 そんな涼子に、父親は、さあもう一度と近づいてくる。涼子は泣きながら父親から逃げようとしたが父親の手は涼子をきつく握って、決して離してくれなかった。



 そんな事があって、涼子は二度と海で泳ごうとは思わなくなった。

 プールに入るのもできるだけ避けたかった。大きな塊になった水が怖くてたまらない。


 嫌な思い出に対して一つため息をつくと、裕太を抱き上げて風呂から上がった。


 早速、今のところは仲良く遊んでいる幸子と加代子にいっしょにお風呂に入るように言った。

 別段変わった事の無い夜だった。



 このまま、宿題を済ませて寝てしまえば、明日の朝がやってきて母親が起こしに来るのだと思っていた。

 しかし、いつもと違うことが、その一つ目が起こってしまった。

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