第三話:プリンの時間


 今日は女房が珍しく早く起きてきた。

 だからといって、やることは変わらないけどな。

 朝からTVを見ていてくれるから、助かる。


 TVからアナウンサーの声がする。


「おはようございます。

 本日も全国的に晴れ模様となりそうです――。」


 女房がテレビに向かってやさしく会釈をして、


「おはようございます。今日もいいお天気のようですね。

 ……あら、そのネクタイ、昨日と同じ?」


 全く何をしているのか。ちょっと笑ってしまった。


「……お前、誰に挨拶してんだよ。」


「ほら、この方。

 毎日ちゃんと話してくれるじゃない。

 えらいわよねぇ。」


 アナウンサーが次のニュースを読み上げる。


「次は熱海市でのイベント情報です――。」

 その時、女房はパッと顔を上げて、


「……あら、私、呼ばれた?」

 と言ってしばらく画面をじっと見つめていた。


「……違ったのね。

 ふふっ……なんだか、てっきり私のことかと……。」


 TVで名前が出るほど有名ではないようだ。


「ねぇ、今日は……何曜日だったかしらね。

 ゴミを出す日だったかしら?」


「ああ、ゴミな。

 それならいつも俺がやってるだろう。」


 台所から女房に声をかけた。


「ええ?あなたがやってるの?

 あれ、燃えるのか、燃えないのか、そういうのがね、わかりにくいのよ。

 だから間違えると、管理人さんが『もう一度出してください』って言うの。

 ……恥ずかしいのよねぇ、あれ。」


「もう、分別は俺がやるからさ。

 お前は適当になんでも袋に入れておけよ。」


「ふふっ、それじゃ昔の私じゃない。

 でも……ちょっと甘えちゃうわね。」


 まったくいつの話をしているのやら。


 キッチンで洗い物をしていると、女房が冷蔵庫の扉を開けて、立ち尽くしていた。

 そのうち声を荒らげて、


「……ないっ!!プリンが……私のプリンが、ないのよ!!」


「プリン?

 昨日買ってきたやつだろ?

 お前が夜、食べただろ。」

 女房は怒って振り返り、


「食べてないわよ!!

 私、ちゃんと『明日の楽しみ』にしようと思って冷蔵庫に入れたのよ!?

 それを、あなた、こっそり食べたのね?」

 

 女房が昨日おいしそうにプリンを食べたのを見ているので、


「いや、違うって……昨日の夜、お前、自分で食べたんだよ。

 テレビ見ながら『プリンって、どこで発明されたのかしら』とか言いながら……。」


 それでも女房は完全に忘れていた。

 さらに真顔で、


「嘘言わないで!!

 それは、前のプリンの時よ。

 今回のは食べてないの。

 それを……よくも勝手に!!」


「おい、俺だって食ってねぇよ!

 ってか、なんで俺が嘘つかなきゃなんねえんだよ!

 毎日プリンで裁かれてたまるか!」


「あなたが食べたってことを怒ってるんじゃないのよ。

 食べたいって言ってくれればいいのよ。

 私……間違ってないんだから!」


「ふうっ」


 少しため息が出た。


「……じゃあ、俺が食ったってことでいいよ。な?

 でも今度は、『2個』買いに行こう。一緒にさ。」


「2個ね……今度は……2個。」

 そう言ってから、黙ってうなずいていた。


 そんなわけで、丸石マートに出かけることになった。

 店内に、二人で並んで入ると、


「いらっしゃいませ。

 あら、今日はお二人なのですね。」


「ええ、今日は主人と一緒に買いものに来たのよ。」


「ああ、俺がプリン食ったらしいからな。」


「ふふっ、そうだったの?

 まぁ……今度はちゃんと、私の分も残しておいてね?」


「まかせとけ。」


 女房はショーケースの前で嬉しそうにプリンを選んでいた。


「あなた、どれがいい?

 私は……モンブラン。」


「じゃあ俺は抹茶な。

 ほら、これでケンカはなしだ。」


「ふふっ、仲良しさんなんですね。」

 そう言って店員も笑っていた。


「ええ、とっても。」


 翌朝、女房が冷蔵庫を開けるとそこにはプリンが入っている。

 手を伸ばしかけて、ふと止まって、


「……あら?このプリン?

 おいしそうね。食べちゃおうかしら?」


 そう言ってじっと見ていた。

 どうするかと気になったので、後ろから静かに近づいて、しばらく見てると、


「あら、あなた……このプリン、あなたのかしら?

 それとも、私?……誰が買ったのかしらね。」


「さぁな。……どっちでもいいよ。食えよ。」


「じゃあ、いただきます。」

 本当に喜んで、プリンをスプーンですくっていた。


 怒られたことも、忘れたらしい……不思議だな。

 忘れてるのに、ちょっと安心した。


 今日はケンカにならなかった。

 それだけで、なんだかほっとした。


 ……ま、いいか。


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