第10話 プレイリスト
電車の中、スマートフォンの通知が震えた。
【速報】
人気シンガー・Amari、都内で事故死
所属事務所「詳細確認中」ファンに動揺
澪の指先が止まった。
> ——Amari?
目に映る文字が、理解できなかった。
けれど、ニュースアプリの速報も、SNSのタイムラインも、
すべてが同じ名前を叫んでいた。
> 「……Amariが、死んだ?」
電車の中、誰もが静かだった。
なのに、澪の脳内だけが耳鳴りで満ちていた。
---
Amariは、澪が唯一“音”を受け入れられる存在だった。
他人の会話、通勤のノイズ、人混みの笑い声──
すべてを避けていた澪が、
唯一、ヘッドホンで再生する音楽が、Amariの声だった。
> 「あの声は、誰にも似ていない」
「私の過去のノイズすら、包み込んでくれる」
……そう思っていた。
---
その夜。
澪は音楽アプリを開き、
Amariのプレイリストをタップした。
けれど、指が止まった。
> ——これを聴いたら、
私は“Amariが死んだ”ことを、
永遠に覚えてしまう。
そう思った瞬間、澪はスマホを落とした。
床にカツンと当たる音。
それすら、Amariの曲のイントロに似ていた。
涙は出なかった。
出る余白がなかった。
---
次の日、澪は図書館に出勤した。
けれど、ロッカーに入る自分の動作がぎこちなく、
制服のネームプレートを逆につけたまま出ていった。
それに気づいた誰かが言った。
「芹沢さん、プレート逆ですよ」
「……あ、ごめんなさい」
「めずらしいですね、芹沢さんが忘れるなんて」
笑い声がした。
澪も、笑った。
けれどその笑みは、口元にだけ浮かんでいて、目が凍っていた。
> ——私は今、何も覚えていない。
“Amariが死んだ”以外、全部が霞んでる。
---
勤務中、澪は何度も同じ棚を整理し、
同じ本を繰り返し並べ、
“自分の行動”が現実かどうか、確かめるように繰り返した。
> 現実感が剥がれていく感覚。
“この本は本当にここにある?”
“さっき置いたのは夢じゃなかった?”
そんな問いが、脳の中でぐるぐる回っていた。
---
夜、自室で澪はイヤホンを耳に押し込んだ。
でもAmariの曲は再生できなかった。
代わりに、かつてAmariがMCで語った“たった一言”だけを、澪は再生していた。
「過去は、ノイズになる。でも、それも含めてリズムに変えられるよ」
その一言を、澪は千回以上再生していた。
> けれど、もうその人は、
何も語ってくれない。
---
澪は立ち上がり、窓を開けた。
風の音がした。
車の音。
誰かの叫び声。
それらが、全部、Amariの歌詞に思えた。
そして澪は、静かにひとつだけ行動を決める。
「“本当に生きているか”を、確かめたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます