第3話 パラレル3 犬のフン
# 犬のフン
*これはフィクションです。*
俺の名前は青澤影苦労。アオザワ・カゲクロウ。親が「影で苦労できる人間に」と名付けたらしいが、正直言って恨みしかない。普通の名前にしてくれよ、と今でも思う。
今年で58歳。漫画家志望だが、一度も連載を持ったことがない。フリーターとして生きてきたが、両親を最近亡くし、おばと父と母の年金で何とか生活している。秋口には再就職したいと思っているが、この歳で雇ってくれるところがあるのかどうか。
ADHDの診断も受けている。集中力が続かず、アイデアが浮かんでは消える。最近カクヨムに「ノッペラボウ」がテーマの女体化ありの小説を投稿したが、全く人気が出なかった。次は何を書こうか悩んでいた矢先のことだった。
朝、玄関を出ると、家の前に犬のフンがあった。
「なんだこれ」
うちの地域、犬を飼っている家なんてない。散歩コースにもなっていない。それなのに、なぜ犬のフンが?
翌日も確認したが、犬が通った形跡はない。飼い主らしき人も見かけなかった。
「これは…」
俺の中で何かが引っかかった。これは小説のネタになるんじゃないか?ミステリーとして。「なぜ犬のいない地域に犬のフンがあるのか」。
カクヨムに投稿する新作のテーマが決まった気がした。
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三日目、フンはまだそこにあった。雨も降らず、誰も片付けようともしない。俺は近づいて観察した。確かに犬のフンだ。大型犬のものだろうか。
「おい、何してんだ?」
隣に住む佐々木さんが声をかけてきた。70代の元教師で、いつも俺のことを「ダメ人間」と思っているのが顔に出ている。
「あ、いや…これ、犬のフンなんですよ」
「ああ、気づいてたよ。誰かのイタズラじゃないのか?」
「イタズラ…」
確かにそれも考えられる。でも、わざわざ犬のフンを持ってきてここに置くなんて、どんなイタズラだ?
「それより、お前さん、いい歳して何か仕事は見つかったのか?」
いつもの質問だ。俺は苦笑いして答えた。
「秋には何か見つけるつもりです」
「そうか。両親も亡くなったんだ。しっかりしないとな」
佐々木さんは肩をすくめて立ち去った。
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一週間経った。フンはいつの間にか消えていた。雨が降ったからかもしれない。でも不思議なことに、その翌日、また同じ場所に新しいフンがあった。
「なんだこれ…」
俺は周囲を見回した。監視カメラでもあれば良かったのに。この謎を解くには、夜中に見張りをするしかないか?
その夜、俺は窓際に椅子を置いて、外を見張ることにした。夜の10時、11時、12時…。何も起こらない。睡魔と戦いながら、俺は待ち続けた。
午前2時頃、かすかな物音がした。俺は目を凝らした。
そこには、黒い影が。
人影だ。しゃがみ込んで何かをしている。
「おい!」
俺は窓を開けて叫んだ。影はびくりと震え、すぐに走り去った。
翌朝確認すると、やはり新しいフンがあった。
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「犬のフンの謎」と題して、俺はカクヨムに小説を書き始めた。実体験をベースにしながら、フィクションを織り交ぜる。主人公は孤独な中年男性で、毎日現れる謎のフンに取り憑かれていく…。
書いているうちに、俺は気づいた。この謎を解かなければ、小説も完結できない。
翌日、俺は決意して、夜中に外で待ち構えることにした。寒い夜だった。午前1時半頃、人影が近づいてきた。
「止まれ!」
俺は懐中電灯を向けた。そこにいたのは…佐々木さんだった。
「佐々木さん?」
彼は凍りついたように立ち尽くした。手には何かの袋を持っている。
「青澤か…」
「なぜこんなことを?」
佐々木さんは深いため息をついた。
「私の息子の犬なんだ。先月死んでしまってね」
「え?」
「息子は海外赴任中で、犬を引き取ったんだが…愛着が湧いてしまってね。死んでからも、散歩の習慣が抜けなくて」
佐々木さんは袋を開けた。中には土と混ぜられた何かがあった。
「これは…」
「土だよ。犬のフンに見えるように形を整えているだけさ。本物のフンじゃない」
「でも、なぜうちの前に?」
「ここが、あの子が一番喜んでいた場所なんだ。毎朝、お前の家の前で立ち止まって、何かの匂いを嗅いでいたんだよ」
俺は言葉を失った。
「馬鹿げていると思うだろう?老人の寂しさだよ」
佐々木さんの目には涙が光っていた。
「いいえ…理解できます」
俺たちは静かに立っていた。夜の静けさの中で、二人の孤独が交差した瞬間だった。
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その後、俺はカクヨムに「犬のフンの謎」を完結させて投稿した。意外にも反響があり、「心に響く」「予想外の展開」という評価をもらった。
佐々木さんとは、その後少しずつ話すようになった。彼の息子さんが一時帰国した際には、一緒に食事もした。
秋が来て、俺は地元の出版社で校正のアルバイトを始めた。漫画家の夢は諦めていないが、今は小説を書くことにも喜びを見出している。
そして、毎朝、俺は佐々木さんが「散歩」から帰ってくるのを窓から見守っている。彼はもう「フン」を置いていくことはない。代わりに、小さな花を置いていく。
犬のフンの謎は解けた。それは寂しさと愛情の形だった。俺たちはみな、何かの形で自分の寂しさと向き合っている。58歳になって、俺はようやくそれを理解し始めたのかもしれない。
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