第8話(完結)私はきっと、ずっと、兄さんを――

俺の拳は、空を切った。


 ユイの掌が、それを受け止めていた。

 激突の直前、彼女は一歩踏み出し、俺の拳を包み込むように握っていた。


 「もう、いいよ」


 その言葉は、怒りでも、哀しみでもなく――静かな、祈りのようだった。


 


 体中の力が抜けていく。

 限界まで振り絞った執念は、ユイの手の中でほどけた。


 「負けを認めたわけじゃない。俺は、まだ……」


 そう言おうとした俺を、ユイがそっと制した。


 「知ってたよ、ずっと。兄さんが努力してたことも、それがどれだけすごいかも」


 俺は目を見開いた。


 ユイは俯いたまま、ぽつりと続ける。


 「私は……兄さんのノートで、強くなったんだよ。

  兄さんの言葉で、自分の限界を越えたの。

  でも、それが悔しくて。怖かったの」


 彼女の声は震えていた。


 「もし“努力が報われる世界”が本当にあったら、私は――私の才能なんて、意味がなくなる。

  兄さんがずっと、努力し続けていたことを、

  私は、ずっと……知ってたのに」


 


 頬に、ぽたぽたと音が落ちた。

 ユイが泣いていた。


 初めて見る涙だった。


 


 「私ね、兄さんのこと、ずっと嫌いだった。

  そう思ってた。でも、本当は――」


 言葉が詰まり、ユイはそっと唇を噛んだ。

 その続きを、彼女は最後まで言わなかった。


 けれど、俺にはもう、それで十分だった。


 


 「ユイ。……ありがとな」


 そう言って、俺は背を向ける。


 「次は、もっと強くなってみせる」


 「……うん。私も、負けないよ」


 


 並んで立つことはなかった。


 でも、お互いの歩く先が、

 ほんの少しだけ重なっていた気がした。


 


 私はきっと、ずっと、兄さんを――


 


 そう思いながら、ユイは涙を拭いた。


 そして、前を向いた。


 


 *


 


 数ヶ月後。

 兄さんは、公開模試の会場へ向かっていた。


 私はその背中に声をかける。


 「兄さん、また“努力で勝つ気”なの?」


 兄は振り向かず、ただ拳を掲げて見せた。


 「努力は、まだ終わってないよ」


 その背中に、私はそっと微笑んだ。


 


 私はきっと、ずっと、兄さんを――


 そう思いながら、静かにその場を見送った。


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妹が最強すぎて俺の努力が報われない件について。 相田 翔 @sosakukenkyusyo

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