ダンジョンのお話

「よっこいしょ。」

この年になると、腰を上げるのも億劫になるものだが、朝焼け間近の空の下、昼頃には気温が三百度近くになるこの土地の特性を知っていた私は、その前に到着するだろう一団と合流すべく重い腰を上げた。

 朝露が濡らすこの地は、昨日の昼過ぎには砂漠だった大地とは思えないほどに緑が生い茂っており、多くの植物が美味しそうな実をつけている。

 だが、その一つ一つが数滴で人を死に陥れる猛毒を有していることもまた、道中出会った植物たちから得た教訓であるため、食べることを不屈の精神で我慢して、彼らが到着するのを今か今かと待っていた。


―と、―


奈落の広がる谷の向こう、若干砂塵の混じりだした大地の向こうから、ポツポツと人影が見え始めた。

 未踏破遺跡“ミヴェギガ”の応募に応募した数は五百を超えたと聞いていたが、見た限り、そこには、数人分のシルエットしか見受けられない。

(まあ、そんなものか・・・。)

若干の砂塵がやんだ時、すでに緑は枯れはて、砂漠へと戻りつつある土地で、彼らのシルエットは、顔が確認できるまでになっていた。

 自然にできたとは思えない、蔓でできた奈落の谷を渡るための橋は、他の植物同様、今にも崩れ落ちそうなほどに枯れ果てている。

 だが、彼らはそんなものには目もくれず、彼らの目の前に広がる・・・その巨大な建造物に見とれていた。

 私もまた振り返る。

 古代遺跡“ミヴェギガ”。

建物の一定以上上は、雲がかかっており、私の立ち位置では、その入り口すらすべてを目視することはかなわない。

 横幅もまたしかり、砂漠の渓谷を切り崩してそこに建てられたこの遺跡は、この壮大な景観もまた、全容のほんの一部でしかないというのだから、もはや言葉も出てこない規模である。

 全容は山脈三つ四つ分にもなると言われ、見渡すだけでは測り切れない全体像を想像しようとして、あまりにも桁が違いすぎるスケールを前にそれとは違う苦々しい思い出がよみがえる。


 ―もしあの時、引き止めることができていたなら・・・―


 こんなこと、これから始まる戦いを前に思い出すべきことではないと思い、目を閉じるとともに思考をシャットダウンした。

 一呼吸おいて、再度、ゆっくりと目を開ける。これからともに挑む仲間はすでに私の間合いの中にいた。

 一同一同が放つマナのオーラに気後れさせられぬよう、若干肩に力が入る。

 恐らく、私を含め、全員がレベル70越え。

 限界を超えるその可能性すら秘めた者たち。その証として、各々この巨大すぎる建造物を目にしても、怖気づく者は一人としていない。

 目視できぬ頂に目を輝かせる者。

 残忍とも不敵とも思える笑みで頬をゆがませるもの。


「あれ、この遺跡・・・どうして・・・?」


その中で一人、いや、一組、フード付きのローブで顔を覆ってる二人の内の片割れが、怪訝そうにそう漏らした。

 彼女の声に、一瞬目を奪われたのは、その声の若さではなく、首から下げた自身の等級を示すタグに銅のそれがぶら下げられていたからだ。


―と、―


本能が思考を閉じて、一瞬の臨戦態勢。

 死角から振り下ろされたロングソードを紙一重のところでかわす。

 剣の柄に手をかけたが、あえて抜剣はしない。突き出されたその一撃には、まるで殺意が込められていなかったからだ。

 長髪で精悍な顔をしたその者は間髪入れずに再度剣を突き出す。

 手の甲で払いのけると、恐らくその動作を予期していたのだろう、先ほどとは比べものにならない機敏さで懐に潜り込み、懐から瞬時にタガ―を取り出す。

 一連の動きには、微塵も淀みがなく、その動き一つ一つが彼が乗り越えてきた修羅場の数々を物語っていた。


―ガキャン!―


抜かないでおこうと決めていた剣の腹でナイフの動きを止める。


「私でも、あなた様に剣を抜かせるだけの、実力はあるということですね。」


灰色の長髪からこぼれ出た精悍な顔。そこには、童のようなあどけない笑顔が浮かび上がっていた。

「突然のご無礼をお許しください。かの名高きカルベス王国騎士団長、ヘドラス様のお力、その一端を見たく、無礼と存じながら試さずにはいられなかったのです。」

青年は優雅に一礼すると、静かに剣を鞘に戻した。

「ああ。」

私もまた、静かに剣を戻しながら一言。

「だが、剣技においては、まだ私の方が一枚上手のようだ。」

ツーッと頬を流れる一筋の血。

 ハッと頬に手を当て、さもうれしそうに微笑む。

「私の名はカイン、今、この一行に加わることができたことをこの上ない喜びと感じております。」

深々とお辞儀をする。

 一枚上手と言ったが、目の前の剣士、カインの実力は、私を除く騎士団その全員の実力よりも、数段上をいっていることは間違いない。

 フードを被った二人は保留にしても、それ以外のここにいる誰もが、彼と同等か、それ以上の実力を有しているのだろう。

 胸から力が湧いてくる。ここのメンバーが力を合わせれば、あの帝国の軍隊であろうとも、打ち破ることができるだろう。

無論、この遺跡だって・・・


―と、―


今度は、人ではなく、周りの環境に変化が訪れた。

 数分前まで、青々と茂っていた緑の大地(今はもう枯れ果てている。)が次々に我々の目の前で発火し始めたのだ。

 恐らく、原因の一つは急激に上がりつつある気温のせいだろう。

 この遺跡と怨嗟の砂漠と呼ばれる土地を繋いでいた橋もまた、煉獄のような環境には耐えられなかったのか、発火したかと思うと、数秒としないうちに、奈落の谷底に落ちていく。

 その炎は、高度の魔力を有しており、この規模の火災を消し止めるのは甚だ不可能だろう。

「不思議な環境ですね。」

隣に立つ青年が感嘆の声を漏らす。

「本来、光を求める植物たちが夜に茂り、朝日とともに、その命を使い果たす。日中には、逆に命を拒絶するかのような砂漠となり、朝にはこうして火がともる。」

一拍

「一年かけて起こるはずの命のサイクルが、ここでは一日の間隔で起きていているのですね。」

きっと夕方には昨日と同じく、緑が茂り、人工物のようなツタの橋が、この地と砂漠とを結ぶことになるのだろう。

「おいおい、悠長なこと言ってる場合かよ。」

私を含め十一人の一行のうち一番の巨漢を持つモヒカン男ハザが、呆れ半分にそう言う。

「このままじゃ、俺たち、マル焦げだぜ。」

呆れ半分と言ったが、残り半分は、この状況を楽しんでいる口調だ。

 魔力を伴う炎の中を戻るというのは、選択肢のうちに入る余地もなく・・・

―残る選択肢は―

一同全員で、再度遺跡へと振り返る。

 火事の中建物に入るなど、本来自殺行為以外の何物でもないが、毎日起きているであろう、この火事において、この遺跡には焼け跡一つ残っていないとこからしても、くだんの常識は、この遺跡の常識ではないということだ。

「それじゃあ、参ろうか。」

「そう来なくっちゃなっ!」

扉の代わりに設置してある、魔法陣が描かれた転移装置の上に乗ると、刻紋が輝きだし、私たちのこれから始まる戦い・・・その火ぶたが切られたのであった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




 眼前に広がっているのは、私の知らない・・・世界そのものだった。


足を踏み入れた途端、私たちを起点に、波紋のごとく明かりがともり、元あった内装がことごとく変化していく。まるで、レンガや石壁一つ一つが自ら意思を持っているかとでもいうように浮遊し、遺跡の中に広がる世界を、この度の来訪者に合わせて再構築していく。

 上を見上げれば、巨大なシャンデリアがいくつも並び、動く道が、あちらこちらを行ったり来たりしている。

 壁からは、絵や彫刻が浮かび上がり、時折その様相を変える。


「「「・・・。」」」


一同が沈黙していた。

 その遺跡は、遺跡でありながら、私の知っているそれではなかったのだ。

「・・・。」

奇妙な沈黙だけが、この場に現実感を与えていて、幻視のような光景から醒めようと、仲間の内が一足踏み出すと、真っ赤だったじゅうたんが、これまた波紋が広がるように、艶やかな青色へと色を変えた。

―一体どれだけの富を積めば・・・―

―一体どれだけの権力をかざせば―


このような美を作ることができるか・・・。


―否、―


―どれだけの富を得ようとも―

―どれだけの権力をかざそうとも―

目の前にある幻想を・・・人間は作り出すことなどできはしない。


人間ごときに、“これ”が作れるはずがない。


私は今、恥ずべき過ちを犯しているのではないか?


この場所は、我々のような下賤ものが、足を踏み入れていい場所ではないのではないか?


あれ以降、一歩として踏み出せるものがいない。もしかすると、皆が皆私と同じ思いに捕らわれているのかもしれない。


丹田に力を籠める。恐らく、この中でもっとも私が経歴が長い。何年も続けてきた団長としての経験。上に立つようなものが、周りに怖気づいた格好をするわけにはいかないのだ。

 私が歩き始めると、皆も追従する。見とれていたのは、立ち止まった数秒のみ、誰しもが、いつ来るかわからない敵の攻撃に備えて、神経を研ぎ澄ませていた。

「・・・。」

騎士をかたどった銅像が、まるで生きているかのようにぎょろりとその視線を向ける。その横を一同はすり抜ける。

大きな広間を抜けると、そんな銅像があちらこちらに置かれている。

 足取りは順調、今ならば、銅像がいきなり襲ってきたとしても、間髪入れずに切り伏せることができる。

「・・・。」

足音だけが、遺跡内に響き渡る。

「・・・。」

静けさが、逆に緊張感を生む。

「・・・。」

一拍

「・・・。」

一拍

「・・・。」

一拍

「だ~っれも襲ってきませんネェ。」

静寂を破ったのは、おどけた声だった。

 カインが集中力の切れた原因とばかりに、そのおどけた声の持ち主を睨みつけた。

最初見た時から、異様な姿だと思ってた。

ただただ灰色。

肌の色から何に至るまで・・・何もかもが灰色、そんな男。


目があるのかも定かではなく、口の中のみが唯一の別の色となっている。


まるで、影が服を着て歩いている・・・そんな風貌だった。


「おいぃ、緊張感が抜けること言うなよ~。」

ハザもまた、気が抜けたとばかりに茶化しにかかる。

「ヘヘヘっすいヤせん・・・。」

ハザは、もともとが豪快か、朗らかな性格の持ち主なのか、全身灰色の男にまったく警戒心を抱いていない様子だった。

 私からすれば、いずれ遭遇するであろう敵と同レベルに、この男がいきなり背後から襲ってくるのではないかと気が気でならないのだが・・・。

 気がかりと言えばもう一人、先ほどからドワーフが俺の従者みたく後ろをついてくる。私にはそれが、盗人のそれに思えて仕方なかった。

 新設のパーティだとよくあることだ。仲間の装備品を奪うためにパーティに参加する存在。私の装備品は、他の冒険者からすれば、そのような行為に及ぶ可能性を生むようなものが、いくつかある。


―と、―


 含みのある笑いを添えながら、男が口を開く。


「おおっと、そうこういってる間に、出てきましたゼ・・・敵さんガ。」


一同振り返る。

「おいおい・・・マジかよ。」




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




そこにいたのは・・・


眼前に現れたのは、普通のネズミを若干大きくした・・・ただそれだけのモンスター・・・ファーラットだった。

「・・・。」

低級も低級。ブロンズ級の冒険者ですら、苦なく倒すことができる、超低級とされているモンスター。

 病気でも患っているのか、ふらふらした足取りで、まるで自らやられに行くかのように、私たちのもとに近づいてくる。

 カインが警戒しながら近づき、まったくもって逃げようともしないモンスターを、首元から切り捨てた・・・。

―ザシュッ―

首元から切断されたそれは、ピクリとも動かず、マナの動きもない。絶命しているのは、火を見るよりも明らかで・・・。

「・・・。」

怪訝な顔をする一同。そう、このモンスターは、難易度ウルトラSとも呼べるダンジョンに出てきていいモンスターではないからだ。

「このダンジョン・・・枯れてしまってる?」

仲間の内の一人がそう漏らす。

枯れたダンジョンとは、冒険者たちによって上級モンスターが狩りつくされてしまったために、弱いモンスターのみだけで、ダンジョン内の生態系が再構成される現象のこと。

 無論、その可能性はゼロではない・・・ゼロではないのだが・・・、

当然感じる違和感。

 仲間たちは意思疎通すまでもなく、再度、歩き始める。モンスターの血の匂いは、他のモンスターを呼び寄せるからだ。

 急ぎ、立ち退いたこの状況で・・・

 一匹ぽつんと取り残された死骸。その死骸からは、血が出ておらず、体の隅々を植物のツルが侵食していたという事実に気づいたのは、私を含め、パーティー内に何人いたのだろうか?


 数秒後には、その死骸さえも、消えてなくなっていた。


 私たちは、足はやに動いていた。無論それは、先ほどの場所に近づく血に酔ったモンスターたちと、鉢合わせする確率を少しでも下げるためである。

「さっきのモンスター気がかりですね。」

カインが隣に並んでそう述べる。

「・・・。」

ファーラットはとても臆病な性格だ。たとえ病気であったのだとしても、あんな風に、敵の前にふらふらと出てきたりはしない。

「撒き餌みたいに思えた。」

「?・・・撒き餌・・・ですか?・・・釣りとかに使う。」

不思議そうな顔をする青年。

「ああ、合戦の時には、よく使われる手だが、互角の勝負ができる相手にわざと負けて、敗走しているように見せかける。」

「・・・。」

「それで、敵を倒しやすい地点までおびき寄せた後、潜んでいた味方とともに、一気に陣から離れすぎた敵を蹂躙する。最初から、単純な総攻撃をかけるよりも、こういった戦い方の方が、敵の損害を大きくできる場合がある。」

「・・・今回も、それと同じだと・・・?」

「・・・いや。」

あくまでも、今回の敵はモンスター。本能に従順なモンスターたちに、死ぬ危険が高まる囮役が存在する作戦を組めるはずもない。そもそも、陽動のための敵であるならば、もう少し強いモンスターを当てるはず・・・明らかに罠ですと怪しまれる罠に引っかかるものなど、手練れた冒険者たちの中にいるはずもない。

―だが、―

この、一見高度で、そして、いかにも幼稚な、その思考が・・・あまりにも、モンスターたちの思考にぴったりで・・・

「モンスターたちにそんな芸当・・・できるはずがない。」

私は、静かに自分の意見を否定するが・・・・、不安というしこりは、消えることはなさそうだった。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




 冒険者や探検家はまともな職に就けない無法者か命知らずのやる仕事だというのが、一般的な常識だ。特に未踏破のダンジョンに潜るとすれば、なおさら。

 未知数の敵。こちらの事情などお構いなしに発動するトラップ。三十人潜って一人生還できれば、よい方だと言われているのが悲しい実態。

五年やってなおもその職に就いているものは、レジェンドだと言われるぐらいなのだから、並大抵の人に就ける職業ではない。

 とりわけ今いるこの場所は、過去何千、何万という人が挑み、未だ生還できたもの0という超ド級のダンジョンなのだから、いつ、いかなる危険が襲ってきても不思議ではない。


―のだが、―


遺跡に入ってこの方、弱いモンスターとしか巡り合っていない。しかもそのどのモンスターもまるで自ら死にに行くといった具合で、本当にここはミヴェギガなのかと疑問を持ってしまうぐらいだ。


―このダンジョン枯れているのでは?―


先ほどの言葉が、脳裏で思い返される。この現状を見れば、普通なら、そう考えるのが一般的だろう。だが、安易にそんな思考に流されたりはしない。冒険者が頻繁に出入りするダンジョンでもないのに、生態系が簡単に崩れるものだろうか?

 これから来るつらい未来から逃げるために楽観的な思考に陥るのは愚の骨頂・・・。


―それと相反するように―


 戦う音よりも、歩く音の占める割合が、どんどん増えていく。

不安だけが、募っていく。


―無論―


 パーティー内の誰もが、この異常さには気づいているだろう。

 だが、この道の状況であっても、一人一人の反応はまちまちであった。

 常に、何が起きてもいいように注意深くあたりを警戒する者がいれば、緊張からくる疲労を嫌って、リラックスした足取りになるものもいる。反応としては両極端ではあるが、それぞれがそれぞれ、これまでの経験から導き出した答えであるのだろう。

 私はというと、自分の中で、いざ敵が出てきても全力で戦えるように、ある程度リラックスしながら、頭の中だけは、常に臨戦態勢を保って、歩いていた。

 恐らく、カインなら、常に集中するタイプだろう。

 私の想像と、彼の行動が一致しているかどうか確かめようとして・・・


「・・・カイン?」


パーティーの中に、彼のシルエットを見つけることができなかった。

「・・・。」

誰もが身構える。

カインが消えてしまったという事実は、それほどまでに・・・重い。

「さっきまで・・・俺の隣に・・・。」

そう言うも、彼の姿はない。

トイレ行ったんじゃない?という茶化しは誰も言わない。

「おい・・・あの灰色の男も・・・いなくなってるぞ・・・。」

「!?」

確かに、彼の姿もまた・・・見受けられない。

「冗談だろ・・・。」

ハザがそう言うも、現実は見たそのまんまだ。

 レベル70を超えるパーティーで、他のものに気づかれず、忽然と二人が消えるなんてこと、あるのだろうか?

「アイツの匂いがするぜっ。」

パーティーのうちの一人、獣人のハンタが呟いて、俺たちを先導する。

 

 いくつかの角を曲がった先・・・そこには・・・



人一人分の骸骨が床に横たわっている。



「・・・。」

その人が誰か特定できたのは、そのしゃれこうべの隣に、見慣れたロングソードもまた、横たわっていたからだ。


「・・・カイン。」


一拍


「早く離れよう。」


仲間の言葉にうなずくと、俺たちは、足はやにその場を立ち去った。

残り・・・九人(行方不明一人)。



カインの死体が見つかって三十分、結局のところ、遭遇した敵は三度のみだった。

「・・・。」

一同口が重い。無論それは、大切な仲間がやられたからという訳ではない。

 彼がなくなった・・・その理由に見当がつかなかったからだ。

 不自然なのは、彼の周りにまったく獣臭がしなかったこと。

 モンスターの餌食になったのならば、獣臭がほとんど確実に残る。魔法で消したのか・・・?

 いや、魔法の残滓の痕跡は、あの場所では見つからなかった。

先ほどから、視線をせわしなく動かすメンバーが増えた。

 普通であるならば、目ではなく、魔力の源、マナのオーラで敵を捕らえるのが普通であるが、先ほどの光景を見るあたり、それも当てにならない。

 特にパーティの殿、最後尾に位置するものは、今回ばかりはゴメンこうむりたかった。


今は、ルイーダという女性が、最後尾に立っている。

「おい、最後尾代わるよ。」

ハザの申し出。

「フンッ、この重職をこなせるのは、私を除いて、いないのではなくて・・・?」

妙に、鼻につくいい方、恐らくは貴族の出だろう。

「おいおい、そんなに頑なにならなくても・・・。」

そういえば、貴族から騎士になったべらぼうに強い女性がいると、風のうわさで聞いたことがある。

「弱きものを守るのは、騎士の務め。ブロンズが二人もいるこのパーティーで、率先して動かずに、騎士は名乗れませんわっ。」

「おいおい、こんなこと言われているぞ、フードさん達。」

「「・・・。」」

二人はだんまり。

 だが、この場にいる誰もが、このパーティーにブロンズの等級のものがいることに、違和感を覚えていた。

 無論、深入りして仲たがいの原因になるのもまた、愚かなことだ。

「じゃあ、こうしようぜ。」

ハザは、話を切り替えるように、ルイーダの隣を歩く。

「何のまねですのっ!」

「最後尾、が二人なら、危険も半減だろっ」

そうやってウィンクするが、ルイーダの表情を見て、しょぼんと肩を落としていた。


―対して、―


「おいおい、デートに来てんじゃねぇんだぞ・・・。」

一際暗いトーンの声。

 全身に刻印か、はたまたただの入れ墨なのか、体中に模様を施している男が、心底うんざりしているみたいに、そう言う。

「ああ・・・悪かったよ。」

「チッ。」


―と、―


空気の流れが変わった。

 常人の人には感じ取れない、空気の根底にかすかに漂う、痺れのようなもの。

 今までの人生で幾度となく感じてきた、体にスイッチが入るこの感覚は・・・


強敵がいる証。


角を曲がったその先には、

一際綺麗に装飾の施された扉があった。

 明らかに作りの違う扉を前に、我々は、静かに体内のマナの動きを活発化させた。

 体内に押しとどめていた魔力を血流とともに、体の組織に送っていくことで、自身の能力値を上げる、戦闘の基本動作だ。お互いがお互いに、体内に押しとどめていたマナが可視化され、オーラとして湯気のように湧き出ている。

 この行為を行ったのにはもちろん理由がある。

 この扉の先にいる者の存在に心当たりがあったからだ。

 人間と同じ顕示欲の表れなのか、(とりわけ魔族にその兆候が大きいが、)魔物たちの縄張り争いの中で、とりわけ強いものは、自らの住処を誇示したがる。恐らく、自分の力を誇示することで、無用な争いを避けるという目的もあるのだろう。

 ただ、一人。フードを被った二人組の内、片割れのみ、そのような行動をとろうとはしない。それは、ブロンズゆえなのか、そもそも、魔力自体を有していないからなのか・・・。

「あんた、無能力者なのかい?」

味方の一人がバフをかけようとしたが、

「お気になさらずに。」

フードを被ったその人は、断りを入れる。

 ―と、―

 扉の向こうから、濃厚な、魔力の波動を感じた。

 恐らく、扉の外にいる敵対者の存在に気づいたのだろう。


―若干の安堵―


(この程度か・・・)

 一人、無防備なブロンズが気がかりではあるが、悟られた以上、時間を引き延ばすわけにもいかず、仲間同士で、合図とばかりにうなずくと、ゆっくりと扉を開けた。





いたのは、銅像。

 ここに来るまでに何度も見た甲冑をつけた銅像。その一体が、命を持った生命体のごとく。鞘から、剣を抜く。

 だが、あふれ出したマナのオーラの感じからして、恐らくレベル70あたり・・・つまり・・・我々と変わらない。

 ハザが小手調べとでもいった感じに敵に襲い掛かる。

―ガキンッ―

ハザの棍棒と、ゴーレムの剣が合わさって、ハザを薙ぎ飛ばす。


―繝ェ繝ェ繝シ繝―


壁に投げ飛ばされそうな彼を、味方の誰かが魔法で守り、その間に後ろへと回り込んでいたハンタが、足にかみつく。

 視線が下を向いた瞬間を逃さず、味方のうちの一人が懐に潜り込み、剣で、首元に剣技を放った。


―キィィン!―


「固いっ!!」

流石はレベル70。

―だが、―

その間にも、私は、魔術を口ずさむ。一歩でも踏み出してしまえば、魔術が溶けてしまうため、抜剣する構えのまま停止。

―このレベルなら・・・―

 ハザとドワーフが、その動きに合わせて、俺を守護するように前に立つ。

銅像も、次に来る攻撃を予測したのか、足で、ハンタを振り払うと、こちらめがけて突進、

―繧ケ繝ュ繧ヲー

味方の誰かが、援護魔法、相手の行動が遅くなる。

 相手が俺の間合いに入ると、重い一撃をハザが受け止めた。

そして、すぐさま横に飛びのく。

―切れる!―

 ハザがそれたのは、臆病風ではなく。私の魔術が完成したから。


―トリプルスラッシュ!―


魔術により深紅のオーラに覆われた剣で切り裂く。 

敵の心臓部に深々と刻み付けられる大きな傷跡。

 そこに、俺を守護していた味方の剣が追撃とばかりにと突き刺さる。

―だが、―

それでもなお、ゴーレムは倒れない。

さらに攻撃をしようとした仲間が剣を振り上げた瞬間・・・

―ザシュッ―

仲間の一人の心臓に、深々と銅像の剣が突き刺さった。

「クッ」

一拍

「みんな離れろっ!」

心臓を貫かれた仲間が最後の力を振り絞り唱える詠唱魔術。

私たちは、それが何なのか察して、急いで鍵のかかっていなかったこの部屋から飛び出した。


―どごぉぉぉぉぉん!!!―


全員が部屋から脱出したとともに、爆発が起きた。

自身の魔力を暴走させて起こる爆発。自身の死を悟った仲間は、躊躇なく、相手の命を刈ることを優先した。


―そして・・・―


爆発がやんだその先には、胴体の上部分が吹き飛ばされたゴーレムの姿。


ゴーレムはもう、ピクリとも動かない。

「やったのか・・・?」

安堵するように声を漏らす。

仲間のほとんどが、ほんの数十秒の戦いであったにもかかわらず、息が乱れていた。

 敵は強かった。


―だが、同時に思う―


これがボスレベルだというのならば・・・と。

大切な仲間、その一人を失った。

だけど・・・

引き返そうと言い出すものはいない。

静かに黙とうを終えると、

俺たちは、さらに奥に向かうべく、足並みをそろえた。


―数分後―


銅を穿たれたゴーレムは、敵がいないことを確認して、もう芝居はお終いでいいかといった具合に、動き出す。ちぎれた上半身を体にくっつけると、そのまま遺跡の中に消えていった。

 残り8人(行方不明一人)

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


徐々に私たちの足取りは早くなっていった。


誰にでもいうまでもなく、皆だんだんと。


カインの死は、確かに不自然だった。だが、冒険には、常に未知と隣り合わせ。


要するに、問題は、その未知数が我々の手に負えるものなのかどうかなのかだ。


先ほどのボスを見ても、分かる。


私の手に負えない存在ではない。


―つまり、―


私たちがこのダンジョンを踏破できる可能性は、十分にあるということだった。



そう、早足になるのはきっと・・・希望が見えてるからに違いない。



そう・・・そうに違いない。


「イテテ・・・。」

ハンタが、顎をさする。ゴーレムに嚙みついたのだ。致し方ないだろう。

「お見せなさい。」

ルイーダが呆れ声をあげる。

「あらあら、牙が折れてるじゃありませんこと。」

そう言いながら、ポーションをかける。どこか、焦りながら。

「敵は無機物、他の魔物のように、噛みついても足止めにはなりませんわっ。」


(先ほどの、残っている・・・攻撃の感触。生物とは違う存在だからだろうか、妙に・・・。)


「すみません・・・つい、本能的に。」


苦笑いを浮かべるハンタが横目に映る。まあ、あのゴーレムも上半身を吹き飛ばされたのだから、結局のところは致命傷に違いないのだろうが・・・



「いや、ハンタのおかげで、敵の認識がそれた。それがなければ、私も技を放てなかったよ・・・ありがとう。」

「へへへ、褒められた。」

まるで、高レベル者とは思えないあどけない笑顔で、ハンタが笑う。

だが、ルイーダのいうことが最もだろう。痛覚や感情を持たないゴーレムに元来あの攻撃は意味をなさない。

「ちょっと待て・・・」

 それは、誰が言った言葉なのか?



「無機物のゴーレムが、縄張りに装飾を・・・するか・・・?」



皆が立ち止まる。


―急がないといけないのに―


生存するための感情を持たない、無機物の生物に、縄張り意識も、顕示欲も・・・あるはずない。


―急がないといけないのに―


 ゴーレムを前にして、あんな都合のいい部屋が・・・?

 敵が出現しなくなって、久しいこの道は、静まってしまえば、何の音も聞こえなくなる。


―急がないといけないのに―


もう、敵は出てこない。

まるで・・・もう・・・撒き餌はいらないとばかりに・・・。

立ち止まったこの場に響くのは我々の声だけ。


―急がないといけないのに―


目につくのは、様々な形をかたどった・・・銅像ばかり。

銅像ばかりが、視界につく。


―急がないといけないのに―


「フン、ビビるこたぁねえ」

入れ墨を隅々に入れた男ヘザレが、久々に口を開く。

「証拠に、未だにブロンズ級が二人も生き残ってんじゃねぇか・・・。」


それは、果たして、言い訳のつもりだったのか、ただの苛立ちか。


「俺は、最初から、気に入らなかったんだ・・・。」

一拍

「どうして、今回の探索に、雑魚が紛れてんだってな・・・。」


恐怖心を覆い隠すように増していく怒り。


「「・・・。」」


何故私は、この何でもない通路で・・・


「そうさ・・・きっと、二人だって、どうせ、ブロンズに足を引っ張られた結果死んだんだろ!」


―急がないといけないのに―


「雑魚の癖に、こんな依頼に参加してんじゃねぇよ。」


思考を、感情が上回る。感情を表に出すことがどれだけ危険か、この男だって知ってるはずだ。まるで、感情を高ぶらせる魔術にかかったかのように・・・


「俺はァ、ここに御守に来たんじゃねぇ!」


止められない。


「「・・・。」」


現実を直視する勇気は・・・


「チッタァ、なんか喋ったらどうだッ!」


―急がないといけないのに―


「私は、ブロンズではありません。」

フードを被った片割れが、そっとフードを脱ぐ。首元からダイヤモンドであしらわれたタグが姿を現した。

聞き覚えのある声だった。

そう、フードの先には私の所属する騎士団、その副団長の顔があったのだ。

「アローナ・・・?」

「団長・・・すみません・・・。団長が長期休暇の間にこのミヴェギガに挑むと、風のうわさで聞いて・・・。」

あたりを魔力に満ちた霧が覆いだす。

「馬鹿者ッ!。君は、このダンジョンが、どれほど危険か、分かってるのかっ?」

何故だ・・・感情的になるのは、最も愚かなことだ。


―急がないといけないのに―


「その言葉は、そっくりそのままお返しいたします。」

「・・・。」

私は、焦るように、副団長を守るように隣に立つ。まるで、臨戦態勢のように体毛が逆立つのを感じる。

「チッ」

男が声を荒げた。怒りをぶつけた先の片割れが、自分と同じ等級だったからか、言葉の代わりに、足はやに前に進もうとして、



「そこから先・・・・行かない方がいい・・・。」



突然、ずっと背後にいたドワーフが、口を開く。

そして、これが、効いた。。

「・・・ドワーフごときが、俺に、指図すんじゃねぇ。」

ヘザレが、小ばかにするように鼻で笑うと、


―急がないと―


「さっきみたいな魔力も何も感じねぇ・・・この先に何があるってんだよ!」


―急がないと―


そう言って、ズカズカと、前へ躍り出た。

まるで、安心しきっているかのように・・・


されど、


小刻みに、彼の手が震えていることに・・・私は気づいていた。


―急げ―


パーティとの距離は三、四メートル。


(彼を止めるべきだ・・・)


そして、


私の手も震えていることに気づいた。


―急げ―


あたりは、深夜の高原のごとく、物音ひとつ立たない。


皆一同、顔が強張っている。


―急げ!―


私は、一歩踏み出そうとして・・・


だけど・・・できなかった。



―急いで、・・・ここから逃げないと・・・―



ヘザレは、尚も前進、そして立ち止まると・・・



にやりと笑いながら振り返って、


―みんな死ぬ―



「ほぅら、な~~~んにも起き―――――」





















―瞬間―



耳をつんざくような音とともに突如扉が開き、何かが、飛び出した!

 緑色をした何かが、一直線にパーティから外れた獲物に向かって直進する。


それは蔓。


コンマ数秒とない間に、数百ともとれるツルが、入れ墨の男、ヘザレの強靭な体に絡みついた。


私に見えたのは、あまりの圧迫に耐えきれず、眼球が半分飛び出した状態の仲間の顔だけ。


 何故なら、その蔓は、瞬きした瞬間には、既に、久々の獲物を元居た扉の中へと引きずり込んでいたからだ。


 私たちは、自身に向けられている脅威を察知するどころか、何が起きたのか認識できているものでさえも、一人としていない。


―否、―


 一人、アローナと一緒にフードを被っていた片割れ、その片割れのみが引っ込んでいった蔓ともども、扉の中に、飛び込んでいった!


まさに一瞬の出来事。


間髪入れずに閉まる扉。


私たちの脳が脅威を正確に認識して体が臨戦態勢に入ったのは、扉が閉じて、0,2秒ほどが経過したころだった。



―シーン・・・―

 

まるで、さっきの出来事は幻覚だったんじゃないかと思うほどの静寂。


誰かがゴクリとつばを飲み込んで・・・



―そして・・・―



十秒ほど経過したころ、再度・・・・ゆっくりと・・・赤色の扉が開いた。



扉から顔をのぞかせたのは、フードを被った・・・いや、フードを脱ぎ、大量の血と粘液で染まった一人の女性。耳は人間のそれだが、緑色の髪をしているあたり、恐らくエルフではないか。メイド服というふざけた格好だったのにもかかわらず、戦慄を覚えるのはきっと、その人の顔にまったくと言っていいほど感情の乱れがなかったからかもしれない。

 その人が抱えているのは、体の隅々まで砕かれ、大部分が見にくく変形した、ミンチ寸前のヘザレ。

いや、ヘザレだったもの。

扉が閉まる寸前、ちらりと見えた奥側には、まるで何十、何百と切り刻まれたとでもいうような、ヘザレをこんな姿に替えた根源の・・・無残な姿が・・・垣間見えた。


「ミフユ。」


「ん。」

その声のした方を向くと、今しがたドワーフだった男が、見る見るうちに、銀髪のツインテールの女性へと変化していく。

「!?」

何が・・・起きている・・・?

ミフユと呼ばれた銀髪の少女は、私たちが、見たこともない服を着ていた。

「焼くのか?」

血の匂いは、モンスターたちを呼び寄せる。弔いも込めて、においの立たない香で焼くのが、冒険者たちの一般的なお別れの仕方だ。

「・・・違う。」

横たえた、そのものを見て気づく。

「生きてる・・・のか?」

「・・・そ。」

若干上下する胸。風前の灯火ではあるが、確かに生きている。だが、ここまで、原形をとどめていないヘザレを・・・どうやって・・・?


―四式解放―


銀髪の娘の瞳が紫色に変化する。


―と、―


「まずいですわよっ!」

ルイーダの声。

振り返って・・

「・・・なっ・・・。」

言葉を・・・失ってしまった。



想像を絶する光景だった。



植物がいた部屋から這い出てきたのは・・・

目を向けると、ひしめき合う、モンスターたちの顔、顔、顔。

這い出てきた異形の面々。

そのうちのいくつかが、進化の過程をぶち壊す・・・歪な形に変貌している。


聞いたことがある・・・。


到達不可能と言われるレベル100。

ボーダーと呼ばれる、そのラインを越えた者は、理の外に置かれ、往々にして、元あった形から・・・変貌を遂げていくと・・・。

目を向けた時にはすでに、全身を引き裂かれ顔のみとなったハンタのそれが、寂しく床を転がっているところだった。

所狭しと、そんな異形たちが、美味しそうに俺たちを見つめている。


―桁が違った・・・―


そして、襲おうという、その瞬間、敵のうちの一人の首が、空高く舞い上がる。


ゆっくりと流れる時間の中、


血の滴る顔が、とあるメイドの手の上に収まる。

そして、収まるころには、敵の内の三体が、血しぶきを上げながら、断末魔に悶えた。

「!?」

驚いたのは、私たちではなく、敵側。

何故なら、理を越えた自分たちの、さらに数段上をいくものが、不敵な笑みを浮かべながら、まるで捕食者のごとく、自分たちを見つめていたからだ。


「ミフユ・・・そちらは頼みます。」

「ん。」

そう述べる間にも、数体の断末魔が新たに追加されていく。

―と、―

反対側から、聞いたこともない詠唱を口ずさむ少女。

彼女の手が当てられた部位が、時間を巻き戻すかのように元の体に戻っていく。

「何が・・・起きてるんですのっ?」

魔法、魔術の中でもトップレベルの難しさを誇る、治癒魔法。治癒力を高める魔法以外を取得できるのは、本当に一握りのはずなのに・・・

まるで、体を再構成していくみたいに、体が復元されていく。


―極めつけに―


「無色の・・・マナ・・・。」

銀髪の少女からは、見たこともない、無色透明に近いそんな魔力が手から溢れていたのだった。

―と、―

突然崩れ落ちる、ルイーダ。

彼女の方を見ると、胸から下の部分を食いちぎられた彼女が、何事が起きたのかもわからぬままに、床に横たわり、絶命している。

「ヒッ!」

アローナの怯えた悲鳴、

「いま、   壁が   口に  。」

「!?!?!?」

何が起きている。

「おい、こっちからも敵だ!」

ハザの怯えた声。

目を向けると、私たちが元来た道から、銅像・・・ゴーレムの群れが所狭しとこちらに詰め寄ってくる。

「治療完了。」

「どうなってんだよ・・・!」

「私たち・・・ここで死ぬの?」

混乱状況の中、


「ヒーラーを守れ。」


ハッとしたように我に返るハザとアローナ。


押しつぶされそうな中、俺たちを動かしたのは、ただただ経験であった。


条件反射のように、銀髪の少女の周りを、方位の陣で固め、守る。


戦闘力を持たないヒーラーを第一に守るというのは、先頭において、初歩の初歩。


これは、どのような状況であっても、変わらないのだ。


二人が、過呼吸になりながらも、敵の方を見据える。


乱れのない、ゴーレムたちの行進の前に、俺たちの能力が、どのくらい・・・役に立つのだろうか・・・。


だが、騎士として・・・逃げるわけには


「君たち、じゃま。」



そんな覚悟を遮ったのは、この二ことだった。

守るべきヒーラーが方位の陣を自ら抜ける。


―繝舌Μ繧「繝シ―


俺たちの周りを囲う透明のシールド。

「ヒーラーが・・・防御魔法・・・?」

もう、この高い魔力の施されたそれを見ただけで・・・悟ってしまった。


「はは・・・・はははははははは・・・・・」


壊れた機械のようにハザが笑う。

死地と呼べる線上でこんな風に呆けて笑うなど、言語道断だが、今回に関しては、皆心中同じ気持ちだった。

 そう、治癒特化のヒーラーが、未だかつて見たことのないほどの強固な防御魔法を詠唱なしで、つまり魔法で屈指できるはずがないのだ。

私たちでは想像もつかないほどの高み。


―だが、―


一瞬の出来事だった。

そんな少女の上半身を、ゴーレムたちに紛れていたおびただしい数の目と口をつけた敵が食いちぎったのは・・・




「・・・。」



一瞬で、冷める・・・笑い。

食いちぎられた少女は腰から上を完全に喪失し、腰から下だけで・・・地面に立っている。


前代未聞の治癒魔術を見せてくれた大魔術師さえも一瞬。

あまりにも、急展開過ぎて、目の前の現状と、我々の窮地を頭はちゃんと理解してくれようとしない。

敵の攻撃を退けられるほどの結界を施しておきながら、自身の守りをおろそかにするとは・・・


ん?


ふと気づく。

どうして、術者が死んだのに、結界は生きたままなのか?


むくりと、何事もなかったかのように体を起こすヘザレを横目に見ながら、わく疑問。



―瞬間―


数えきれないほどの黒い粒子が術師のなくなった体の上部分に集まっていく。


「・・・まさか。」


体だけでなく、着ていた服までも、


まるで、逆再生を見ているかのように


その光景はもはや・・・


この世の理を逸脱してしまっている。


物凄い速さで再構築していく体を前に、食らいついたモンスターでさえもぎょっとしたように無数の目をそこに向けながら、半歩・・・また半歩と後ずさる。


ボーダーを超えた埒外


―されど・・・―


まるでやくざに絡まれた子供たちのように・・・


その場にいる誰もが・・・気づいていた。



その者は、この場で最もケンカを売ってはならないものだったということに・・・



うっすらとその者は目を開ける。


紫の、綺麗な瞳。


「今のは・・・」


差し出される右手


「少しだけ・・・」


逃げ出そうと、踵を返す、モンスターとゴーレムたち。


そして、無情にも収縮していく、人差し指に集まった莫大な量の魔力。


「痛かったよ・・・?」




―髮キ轣ォ―




果たしてそれは、炎だったのか、雷だったのか。


一瞬で、消し飛ばされた、バケモノたちの残骸。


耳をつんざく爆発音。


その人差し指の直線状にあったものは、モンスターダンジョンの壁、関係なく紙切れのごとく、指の直線状にあったものを、破壊しつくす。


まばゆい閃光が閉じた先。


「「「・・・。」」」

壁であったそこには、何も存在せず、ダンジョンの中というのに、綺麗な青空が見えた。

アローナが、力なく、へたれこんだ。

若干の静寂。沈黙。

それを破ったのは、


「片付いたようですね。」

血で、赤黒く染まったメイドの少女だった。

「ん。」

メイドが、まるで日常会話のように言葉を紡ぎ、それにこたえる銀髪の少女。

若干、目を伏せると、

「二人は、守れなかった。」

一拍。

「蘇生魔術はできるだけ、使わないことにしてるの・・・ごめんね。」

「何が・・・どうなってんだよぉ。」

ヘザレの呆けた声。

―瞬間―

メイドの姿がぶれる。

メイドは、何もいないはずの壁に向かって刃を振り下ろした。

「ナルホド・・・。」

鉤爪を振り下ろした先には壁・・・否、魔物の口と変形した壁が、アローナを飲み込もうとしていたところだった。

「##%$&$%$%&#$%&。」

口から、聞いたこともない絶叫が漏れる。

「ヒ、ヒィ!!!!!」

その光景を目の当たりにしたヘザレが、元来た道を、発狂しながらかけていく。

モンスターの口になっていた壁は、元の何も言わぬ壁へと戻っていて・・・。

「どうやら、カインさんと、ルイーダさんを食べたのは、この壁のようですね。」

「・・・。」

目を移すと、魔法によって壊されていた壁は元通りになり、モンスター仲間の死体ともども、消失。


まるで、今この場での死闘が夢だったというように・・・


私たちの今いる場所は、何もない平穏な場所へとなっていた。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




植物がいた部屋は、想像を絶する光景が広がっていた。

見渡す限りに広がる・・・骸、骸、骸、骸・・・

過去このダンジョンに挑戦した冒険者と、命を落としたモンスターたちの骸が一緒くたに、積み重ねられている・・・。

果てしない広さの空間に・・・。

恐怖しか・・・湧いてこない。

ハザはもう、壊れた人形のように笑いこけていて、いくら呼びかけようとも、こちらを振り向いてはくれない。

「・・・。」

アローナは、先ほどの地獄を見たにもかかわらず、未だに自我を保っていて、普段そうするように、私の右後方から、無言のまま私に続いていた。

ふぅと一呼吸つく。

「団長・・・これから・・・どうすれば・・・。」

「私のせいだな・・・」

すまない・・・

「だが、もうすぐ、私の目的は達成できるはずだ。」

「?」

左手薬指に詠唱を行うと、宝石が輝きだし、とある方向へと私を導いてくれる。

骸の山のとある一角に、私と同じ光を放つ一点があった。

(やはり…このダンジョンだったか・・・。)

・・・せめて、君を守って死にたかった・・・。

酸の付着した骸の山を掘り起こしていくと、私の指にはまったものと、同じ宝石の指輪がはめられた骸の指が掘り起こされた。

「その指輪は?」

「・・・思い人の・・・忘れ形見。」

「・・・団長・・・・。」

手のみとなった骸をやさしく包む。

「私が今回このダンジョンの探索の応募を受けたのは、彼女の最後の冒険が・・・このダンジョンだったのかどうか・・・確かめるためだったんだ。」

私は、その骸の前で、ゆっくりと祈りをささげた。

「あなたたちはどうして・・・このダンジョンに?」

アローナの後ろに続いていた二人に声をかける。

「私とミフユは、アローナさんに頼まれたんです。依頼内容は、アローナさんと団長さんの護衛。」

・・・。

「どうして、さっきまで自分の力を隠す王な真似・・・して・・・おられたのですか?」

外見は、私よりはるかに若く見えるが、二人にため口をたたく勇気はなかった。

「理由は二つあります。」

「一つ目は、組んで間もないパーティーに強すぎる仲間がいる時、周りはその人のことを仲間とは認識しないから。」

「・・・。」

確かに私も、パーティ内にパーティを組む必要がないほどの強者がいたとしたら、背中を預けるよりも、そいつの腹の内を探るを優先するだろう。ましてや背中を預けるなど、できはずがない。

「砂漠地のレベルならまだしも、このレベルのダンジョンの場合、自身を装って、パーティ内に溶け込まなければ、つまり、あなたを守れるだけの範囲内においておかなければ、敵から急襲を受けた時、あなた達を守りきる自信がなかった。現に、パーティ内の他のメンバーは、助けることができませんでした。まあ、勿論、あなたが潜る前にダンジョン内を掃除しておくという手段もあったんですが・・・」

「あの時、ゴーレムに手を出さなかったのは、私を守ることを最優先にしていたからか・・・。」

「そうです。90レベル越えの敵を前では、私たちも自由には動けなかったんです。」

「ファーラットも、レベルが高かったと・・・?」

「いえ、彼らはすでに死んでました。ファーラットの中に潜り込んでいた植物、ボスに扮装したゴーレムは90越え、先ほどの植物は100越えでした。」

「私たちは、90越えを倒したと・・・。」

躊躇いがちに首を横に振る。

「あなたたちは、残念ながら、このダンジョンにきて、一度も・・・敵を倒せてはいません・・・。」

「・・・。」

「ですが、それだけならば、保険として一人があなたたちの守護について、もう一人を攻撃に回せた。敵が本性を見せるまでそうできなかった理由が正体を隠していた理由の二つ目です。」

「二つ目の理由は?」

「もう一つは、常に仲間を殺そうと、虎視眈々と狙っている仲間の前で、手の内を見せたくはなかったから。」

「・・・?」

「そろそろ・・・出てきたらどうですか?」


静寂。


静寂。


静寂。



―そして・・・―



―グシャっ―


剣が、笑いこけていたハザの心臓を串刺しにした。


「ムフフ。」

ハザを串刺しにした剣、それを持っているのは・・・カインと一緒に消えた・・・あの灰色の男だった。


ハザが、剣を引き抜かれ、血を吐きながら絶命する。


「やっぱり・・・バレてマシたか。」

その言葉には、“まぁ、そのくらいはしてくれないとね”とでも言いたげな声音だった。

「何か用?」

「いやァ、さっきカらみなさんヲ殺す隙を窺ってイタンですがネ?そこのジジィ達はともかく、二人はチットモ、隙をミセテくれませんから、アッシも困っていたんですよネェ。」

反射的に起こる身震い。

―再度高笑い―

「いやデモまさか、コンナ幸運に出クワストは、思ってもみマセンでしたヨ。」

笑い声

「このダンジョンにイいおタカラがアればと思ってたんですがねぇ・・・さっキから繰り返しサーチしてもナンモありまセンし、そこのジジィでも殺し、剣でも奪って、ボウヤのペンダントと二つ、戦利品としようとしたんですがネ」


いひひひひひひひひひ。


「フードの片割れから、垣間見えた装備が今マデ見たコトないようなものばっっっっカしじゃないですかァ・・・、アッシはもう、笑いをこらえるのに、必死で必死で・・・」


いひひひひひいひ、いひ、いひひひひひひひひひひひひひひ。


―マァ、ソウイウワケデ・・・―


「お嬢さん方・・・死ンデ下さイ。」


―瞬間―

姿がかき消される。

無音、

―否、―

何かが動く音。

骸骨たちがカラリカラリと鴬張り。

ただ・・・それだけ。

メイド服姿の少女の目が、何もない滑空を何かが動くように、ぎょろりとされど俊敏に動く。


―おもむろに―


鉤爪を下から薙いだ!


―ガキャンッ!―


空いた右手で再度振りぬくと、


―バシュッ―


何も見えないところから、黒い液体が飛び散り、灰色の男の姿が浮かび上がる。

「骸骨の上ダト・・・音がウルサイ・・・カ。」


ならば・・・


再度空気の中に消える気配。


今度は無音。


完全な静寂。


されど・・・


メイドの眼球だけはせわしなく、動く。


動く。


動く。


そして、


振り上げる。


虚空に攻撃。

―バシュッ―

―バシュッ―

―バシュッ―

続けざまに三発。

何もない虚空からは、空間の切れ目のような傷跡と、滴る灰色の液体。

―と、―

いきなりメイドは、ジャンプしたかと思うと、そのままバク中。着地するとともに、後退しながら肩を左右へとそらしていく。


いひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。


不気味な笑い声だけが響く。


そして、何かがぶつかったかのように、腕をクロスさせ防御を取っている鉤爪に、火花が散った。

そして、現れる、今現在鍔迫り合いをしている相手。いたるところから灰色の液体をあふれさせた灰色の男が。


いひひひひひひひ。


「おどろキマシた・・・アッシが見えテるんですカイ?」


メイドは、眼帯の下で隠れた左目でじっと見つめながら、


「見えてませんよ。でも、そこにいるのは分かります。」


空中を漂う埃の動き、風の流れ、肌で感じる、生物の体温。

およそ人間離れした五感が、人にはない第六感となり、そこに敵がいるのだという確信を生んでいく。

メイドは、素早く鉤爪を収めると、ガントレットと化した手の甲で敵の頭を突く。

相手はそれを躱すが、

その躱すモーション時に既にメイドは腰を捻らせ足のステップを踏んだかと思うと、

溝内に回し蹴り。

まるでボールをけったかのような速度で、男ははじき飛び、骸骨たちの群れの中へと突っ込んでいった。

衝撃ではじき飛んだ骸骨たちの雨が降る中、一つ目の骸骨が地に落ちる時にはすでにメイドは男の上でマウントを取らんとしている。

―ガ、―

男は、まるでスライムのように、あるいは液体のように骸骨たちの山の中に沈んでいったかと思うと、少し離れた場所から、液体の状態で浮上、再度人間の形となる。

得体のしれない。

されど、その得体のしれない敵の臆することなくすでにメイドは入り込んでいた。

攻撃の連打。

とても、常人の目に負えるものではない速度。

およそ言葉では言い表せない打撃音が、響き続ける。

ノックダウンしたかのように後方に倒れる。

―攻撃がやんだ一瞬の隙―

男は、体勢を立て直すようにバク転。


これがいけなかった・・・


間合いが開くや否や、メイドは再度鉤爪を展開して、下から上へと振り上げた。

―バシュッ!―

男の体が、歪に歪み、液体となることもなく、その場に膝をつく。


不気味なのは、大量の血のようなものを流しながらも、未だににやにやと笑っているところだろう。

「ハァハァ・・・強いですネェ。」


にやにや笑いながら、途切れ途切れの言葉。


「こりゃ、何度ソナーしてモ、何モ見えてこない・・・訳ダ。」


「そういうあなたも、ほとんど体力が減ってない。」


「アッシの特殊能力でサァ。武器を飲み込むごとに、特殊能力ヲ獲得デキル。まあデモ斬撃が効かないハズの流体生物になってるんですがネェ、何故かお嬢さンノ攻撃ハ痛みますネェ。」

「私に、そういうのは、通用しないので。」

「そうですカい・・・。」

「あなたも、レベル3とは思えない能力ですね。ですが、莫大なあなたの特殊能力をもってしても、この状況を覆せるとは思えません・・・。」

「そうですかい・・・いひ、イヒヒヒヒヒひひいひひひひひひいひひひひh。」

「どうして笑っているのですか?」

尚も笑う。

「どうやって笑いヲオサエロというのですカ?生と死の狭間。私ガ望んデいたもの。こんなにゾクゾクするのハ、ウマレテハジメテデス。」

男が、立ち上がる。

―と、―

私の視界に、別の少女が割り込んでくる。

銀髪のツインテールの少女だった。

「団長さん、目的は達成した?」

目的?このダンジョンに入った目的だろうか?

「ええ、想い人の遺品は、手に入った・・・。」

かえって、お墓に埋めてやろう。

背後からは、壮絶な打撃音の応酬と、火花が散りあっている。

「じゃあ二人は、遺跡の外へ。」

瞬間、戦闘ではじき飛んできた骸骨がこちらへと向かってくる。

瞬時に展開されたバリアによって、さらに別の方向へとはじき飛んで行った。

「二人とも足手まといだから。」

アローナは、若干目を伏せる。

私はそのような態度は見せないものの、心境は、副団長と同じ。今ですら、背後で起きている壮絶な死闘を、その十分の一でさえも、目で追えていないのだ。

私やアローナがお荷物であることは、言葉にせずとも明白だった。

アローナと目を合わせ、頷きあうと、

「分かりました。」

ツインテールの女の子は、バリアを解くと、アローナの額に手をあてる、詠唱そして・・・


―繝?Ξ繝昴?繝―


瞬間、アローナの姿が掻き消える。

転移魔法。

古代遺物である転移装置以外で、この現象を見るなど、それだけでも驚愕の事実であるはずなのだが、今までが今までであったため、私はもう、驚く元気でさえも残ってはいない。

壮絶な打撃の音。

これだけのすさまじい速さの戦闘だというのに、メイドは常にこちらに背を向ける形・・・つまり、敵をこちらへと通さないように戦闘を行っている。

この三体にとって、レベル七十など、ただの塵芥に等しい。

少女の掌が、自身の視界いっぱいに広がり、

ピトッと手の先が触れる。

再度、聞いたこともない詠唱を唱えたかと思うと、


―繝?Ξ繝昴・・・―


魔術を唱えようとした・・・その瞬間だった・・・。
















壁という壁から、何かが噴き出してきた・・・のは。



緑色をした液体。

「ナッツ!!!」

初めて動揺したかのように、少女が叫ぶ。

メイド服の影が我々の横に入り込んできて・・・・



骸骨たちが空中に浮く。


否、


空中に浮いているのではない。

壁という壁は、剥がれ落ち、内臓のような脈打つなにかが、部屋全体を覆う。

骸骨は水中の中を浮かんでいた。

お構いなしに、何かが壁から洪水のごとく流れ込んでくる。


―シュウウウウ・・・・・・・!!!!!―


何かが溶けるような音。

ここに骸が山のように転がっていた理由。

見ると、灰色の男が、溶けていく。




そう、ここは、胃の中。




「危ないところでした。」

気づくとメイドが私の隣に立っている。私たち三人の周りを透明なバリアーが覆っていて、それが、胃酸から私たちを守っていたのだ。


イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒh


灰色の男は、酸で溶かされながら、それでも尚、笑っていた。


いひひひひひひひひひh、あは、アハハハハハハはハハハハハはっ八はははアハハハハハハはははっはあはっはあっハハハハハああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ’あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!111”


そんな笑い声も、数秒後には、溶かされ、消えていった。


「まさか、遺産のかわりに胃酸があったなんて・・・。」

「「・・・。」」

「なにが・・・おきて・・・??」

トラップか?

「たぶん、胃の中なんだと思います。」

「・・・?」

周りを漂う・・・骸骨たち。

「最初から、おかしいと思ってたんです。」

「おかしい?」

「ええ・・・ダンジョンにたどり着いたとき、・・・・」





ダンジョンそのものに、ステータス表示がされていたので・・・。





「・・・?」


「つまり・・・」


一拍



「このダンジョン・・・それ自体がモンスターだったんですよ。」


「・・・。」


「・・・。」


「・・・。」


山脈二つか三つだと言われているダンジョン。

・・・。

もう、私の頭の中には、先ほどの地獄のような戦闘の数々も、灰色の男の壮絶な死も、頭から抜け落ちていた。

全て滑稽。

ダンジョンをくぐるというのはつまり・・・ゴーレムの口の中に入るということ。

この遺跡にとって・・・我々の壮絶な冒険は、食事の前の・・・ただのお遊戯でしかなかった。


ここはもう・・・遺跡の・・・胃の中。


「たまにゴーレムでも生物と融合した亜種が存在するので・・・。」


メイドさんが何かしゃべっているが、脳が認識しようとはしない。

思った・・・


そうか・・・ここで死ぬのか。


アローナだけでも、助かることができた・・・それだけでも僥倖と言えるだろう。


私もまた、死の間際で神の御業のような騎士の一生では到底たどり着けない絶技の数々を見れたのだ・・・こういう結末も・・・ありなのかもしれない。


バリアは、胃酸の影響か、少しづつひびが入り始めている。









「モンスターなら、この遺跡を壊してもいい?」






「・・・?」

壊す・・・?

山脈三つも四つもにもなる・・・この遺跡を・・・壊す?

顔を上げると、銀髪のツインテールの少女と目が合う。



瞳が金色になった少女と目が合った。



できるのか?とは、聞かなかった。

「ああ・・・。」

一拍

「壊してくれ。」


少女は、こくりとうなずくと、目を閉じる。

そして・・・


詠唱。



詠唱。



詠唱。


ひび割れて今にも壊れそうなバリアが肥大化していく。


幾重にも展開されていく魔法陣。


一つの魔法陣の中に、違う文言、違う文様が次々に追加されていく。


三十。


四十。


五十。


六十。


百.


三百。


五百。


文様に文様が加わり、



それだけで、肥大化した魔法陣は胃の中を埋め尽くし、内臓と外壁を壊していく。


それでも尚、展開されていく魔法陣。


そして・・・・


あふれ出していく。



見たこともない・・・膨大な量の魔力。



目をつむり、詠唱する少女の髪が、膨大な魔力によって、激しくたなびく。


私にはそれが・・・どこか神々しくすら見えた。


声に重なる声。


まるで何かを呪っているようであり、


まるで、歌を歌っているかのようであり、


まるで、祝詞を述べているようであり、


見ているものそれが、本当に現実かどうかでさえも定かではなくなった。


バリアの外に展開される幾重ものバリア。

今度は、バリアそのものが縮まっていき、魔法陣共々、縮小していく。


数百数千数万の文様が一つの文字として融合し、バリアが私たち三人を囲むぎりぎりの大きさになった時・・・




彼女の詠唱は終わった。
















――繝。繝ォ繝――













ーーーー










ーーーーーーーーーーーーーーー




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





世界が・・・・・・・・壊れた。





尋常ではない・・・・・・・・世界そのものが悲鳴を上げているかのような大地震







「・・・・。」




立っている、、、、、それすら・・・・私には、なすことが不可能だった。。



これ以上ないと思っていたはずの地響き、されど、どんどん、地震の振動が大きく狂暴になっていく。




たとえようのない爆音が耳を劈いていく。








私じゃなくても、誰であっても、今起きていることが世の理から外れたものだと分かってしまう。






「、あんた――――」



何をしたんだ?と言おうとした、


その瞬間・・・・・・


視界が真っ赤な何かによって、支配された。







何だ・・・これ?




物凄い爆音さえも、置き去りにしてしまうような圧倒的な光景・・・・





三百六十度、私を覆っている圧倒的な・・・・・・・・・・・赤色。









ああ・・・・



分かった・・・










これ・・・・







マグマだ・・・・。








もう、この規格外さを伝える言葉を・・・私は・・・持っていない。



魔王よりも・・・・




勇者よりも・・・




死神よりも・・・






ただただ・・・目の前の少女が・・・怖い。



莫大な量の噴火に巻き込まれた俺たちは、マグマに押し上げられて、空高く飛ばされていく。


バリアごと、上空に投げ出されて下を見ると、




人間の顔の形をしたようなダンジョンが、


「#$%&$%&#$$%&%#%$!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


この世とも思えない壮絶な絶叫を世界中にとどろかせながら、その顔を憤怒に彩らせて、目の前の少女たちを睨むのだけど・・・・






山脈三つはあるようなダンジョンが、圧倒的な質量のマグマに覆いかぶされて、一瞬後には・・・・見えなくなってしまった。








ー数刻後ー




そこには・・・何もない・・・・・・。




「・・・・・。」




声が出ない。




ただただ・・・・体の震えが・・・止まらなかった。

「悪いことしちゃった・・・・。」


目の前の悪魔が・・・俺に声を掛けようと近づいてくる。


「ひっ!!」


私はしりもちをついて、後ずさりをする。


ただただ・・・怖い。


ただただ・・・怖かった。


「頼む・・・・ぁいで・・・くれ。」




「・・・・。」




「・・・・。」




目の前の少女二人が寂しそうな目で・・・俺を見る。




ただただ・・・寂しそうに・・・



「やるべきじゃなかった。」




悲しそうに言う、少女。




少女は、私に手をかざすと・・・


―繝。繝「繝ェ繝シ繝ュ繧ケ繝―


そう魔法を唱えた。


瞬間、




私は・・・・



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 



―数日後―



気づくと私はベッドの中にいた。




「目を覚ましたっ!!」


アローナが驚きと、嬉しさの混じった表情で、そう叫んだ。


まるで、これから抱きつかんばかりの勢いである。


「おはよう。」


ぼんやりとした思考の中、思い出す。

ああ、そうだ、今日はあのダンジョン、ミヴェギガに旅立つ日だ。

きっと、興奮しすぎていたのだろう、日は既に上り切ろうとしていた。まあ、悲しみの森の集合時刻は、明日の昼、急いでいけば、間に合うだろう。

そういえば、どうして、アローナが最果てのこの村に・・・?



「団長・・・何があったんですか?」


「?、どうした・・・」


「あの後、何が起きたんですか?」


「?」


あの後とは、、、?


「悪い、アローナ、私はこれから用事が・・・。」


立ち上がって・・・気づく。


私は、目を見開いて・・・窓へと駆けより・・・絶句した。


森も・・・何もかも・・・


そこにはなくなっていた。



ミヴェギガへと続く道は全て・・・・


ただの荒廃地と・・・なりはてていたのだった。


                                  

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