第50話 第一王子だった男、サノファ
裁きの間に、緊張が走る。
第一王子──正確には元、が付くが──サノファが、この場に呼び出されたからだ。
いつも身につけていた煌びやかな衣装ではなく、簡素な木綿の白いシャツに青いズボン。王家から除籍されたとは言え、元は第一王子である。他の者たちのような鉄の枷はされていなかったが、周囲には衛兵を多く配備されていた。これまでの罪人の誰よりも、城内を把握している為である。
灰色の絨毯に跪くサノファは、今までの美しいグレーの瞳が陰り、憔悴しきっているようだった。
彼がされていた洗脳は、先の神殿での解毒剤、そしてグリニータ一派やミレイと引き離していたということもあり、すっかり落ちているようである。
名前を呼ばれ、覇気もなく返事をして顔を上げる。つい先ごろまで父と呼んでいた王の横には、彼を補佐するように座る異母兄弟がいた。
アルゼルファを見て、一瞬。少しだけ歪んだ笑みを浮かべる。
「サノファ様。貴殿の行為は王位簒奪と捉えて間違いないでしょうか」
「いえ……。私は、父う──国王陛下に取って代わろうなどということは、考えておりませんでした」
「では、どうしてこの度のようなことを?」
「私はただ、王太子になりたかった。王太子になって、私を愚かと思っていた者たちを見返してやりたかったのです」
「何故、陛下から謹慎を告げられていたのに、グリニータたちの元へ向かったのでしょうか。これは、逃亡罪とされてもおかしくありません」
役人の冷静な言葉に、サノファは目を瞠った。
「その考えは──なかった。私はただただ、認めて欲しくて……。どうにか認めて」
「サノファ殿」
サノファの元へ、アルゼルファが階段を降りて近付く。そうして、彼の前で膝を折って目線を合わせた。
「改めてご挨拶いたしましょう。正妃ラチュアノが二子、アルゼルファ・ファイルア・カイザラントです。サノファ殿、あなたの罪は明白ですよ」
「私の、罪?」
きちんと言葉を交わしたのは、今この時が初めてである。だが、アルゼルファはラズロルとして過ごしながらずっと、彼のことを見てきたのだ。サノファの、第一王子としての振る舞いを。
「無学であること。それだけです」
ただそれだけ。
だが、人の上に立つべき人間の無学、無教養は諸悪の根源であることを、サノファは理解できていなかった。
王太子になりたい、という理由も己の自己顕示欲の為だけだった。そもそも、彼の立場で必要な視点が不足している。
「でもまぁ、あなたのお陰でエリーと婚約することができたのは、嬉しいことですね」
「は! エリアノアを利用しようっていうのか」
「心外ですね。私はあなたがエリーと婚約する前に一度、プロポーズをしていますから。それも、彼女が何者であるかを知る前に」
「なに──」
そこまで言うと、アルゼルファは席に戻る。サノファは、それまで自分に与えられていた全てを持っている彼を、ただただ見ることしかできなかった。
「サノファ」
事の成り行きを見守っていた国王が、静かに口を開く。
「お前の愚かさには、ほとほと呆れた。どうしてグラフスやエリアノア、ホルトアと同じ教育を受けていて、お前だけそうなってしまったのか」
「それ……は……」
「サルールは責任を取ると言って聞かなくてな。ついに宮を下がってしまった」
「母上が──」
「お前が市井の子であったならば、誰を好きになっても、誰と結婚しても問題はない。己の気持ちを押し通すことも、ある程度は問題がなかっただろう。だが、王位継承権第一位だったのだぞ」
国王の言葉に、サノファはじっと玉座を見つめる。瞬きすら惜しむように、ようやく己への訓示に耳を傾け始めたのだ。
だが、全てが遅すぎる。
「何度も、私もサルールもエリアノアもお前を諫めただろう。ミレイの問題以前からだ。それをお前は、己を愚かと笑っていると捉えていたのだな」
その言葉には諦めと悲しみと憤りが全て詰まっていた。
「本来であれば、サノファもナーマルードに送るべきだが」
「ええ。万に一つ、再びその名を利用する者が出てしまってはいけません」
言外に、利用された愚か者はお前だ、とサノファを叱責している。国王も頷き、改めてサノファに向き合う。
「神殿の地下で、一生を女神と民に捧げよ。子を成すことも結婚をすることも許さぬ。今までの恵まれた環境を与えてくれた民に、奉仕し続けるのだ」
国王の口から伝えられる処罰に、サノファは玉座の向こうに見える青空を見た。
青い空は、いつもと同じようにただ青くそこにあるだけなのに、まるで初めて見た空のような気がする。
風が静かに通るその先には、玉座があり、そこは光が満ちていた。
一体どこで道を違えてしまったのだろうか。
サノファはそう考えるが、全てが終わった後なのだ。引き返すチャンスは何度もあった。差し伸べられた手もあった。それらを振り切ったのは、捨て去ったのは、己だ。
差し込む光を見ながら、サノファはゆっくりと口を開いた。
「謹んで、お受けいたします──国王陛下」
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