第49話 グリニータとミレイの断罪
王宮の奥。裁きの間と呼ばれる部屋があった。大罪人を裁く為の部屋で、通常使われることはない。
石の床に灰色の絨毯が、玉座から真っ直ぐに伸びる。一方玉座のある台座には薄い水色に、水の女神の刺繍を施した美しい絨毯が敷かれていた。玉座の横には、王太子の座る椅子が並ぶ。
玉座のある台座から数段降りた上座側にも席があり、立ち会いの公侯爵が座る。下座には、記録役と進行役の役人の席。
玉座の背後には、高い位置に光の入る窓があった。連れてこられた罪人は、国王の前で膝をつくと、その向こうに見える美しい空を目に入れることになる。
正と負をはっきりと見せつけながらも、直接罪人を石の床に跪かせないのは、万一の冤罪を慮ってのことだった。
国王の裁きを受ける中で冤罪と判明すれば、すぐさま汚名返上の為の手続きが取られ、裁きの間の隣にある部屋で、身支度を整えることができる。
だが、今この部屋に連れてこられた罪人には、そうした措置は永劫取られることはないであろう。
「ザークエンドル・グリニータ伯爵。
「──は」
手足に枷をかけられ膝を付き、グリニータは役人の声にゆっくりと顔をあげた。その顔はやつれ、しかし瞳はいまだ諦めきれないといった色が浮かんでいる。
「貴殿は第一王子を唆し、国家転覆を企んだ。これに相違はないな」
「国家転覆? まさか! ただ傀儡となる王子を王位につかせ、この国を運営しようとしただけだ」
「それを国家転覆と言わず、何と言う」
「黙れ役人風情が! 私は伯爵である」
グリニータの言葉に、だが役人は表情一つ変えずに口を開いた。
「伯爵であろうと、たとえ公爵閣下であったとしても、今この場で私がすべきことが変わることはない。貴殿のしようとしたことは、国家転覆と同等だ」
「は! 何を言う。国を変えようとしたのではないのだ。国を動かす人間を変えようとしただけ」
「なるほど。では第一王子を擁した後、国王陛下をいかにするつもりだったのか」
「穏便にご退位いただければそれでよし」
「それ以外であれば?」
「知れたこと。幽閉で済めば良いが、そのうちに消えてもらう可能性もあったな」
その言葉に、横にいる衛兵の表情が変わる。しかし国王がそれを目線で制した。そうして片眉をあげ、グリニータに向かい口を開く。
「ザークエンドル・グリニータ。今より伯爵の位を剥奪し、家名、領地は王家に返上とする。ただ今よりはその家名を消し、ザークエンドルと名乗ること。そして間もなく始まる、ナーマルードの開拓に生涯その身を捧げよ」
「ナーマルード? そんなところで監督官など私の」「なにを勘違いしているのだ」
圧倒的な威圧感を持ち、王太子となったラズロル──今はアルゼルファと名乗っている──が言葉を遮った。
「貴殿は労働の徒として赴くのである。その手の枷が外されることは、生涯ないと諦めよ」
「なっ……」
「支度ができるまで、再び空中牢で王都の空気を味わっておくのだな」
アルゼルファの言葉を最後に、グリニータはその部屋を退出させられる。最後まで喚き散らし、半ば引きずるように衛兵に連れられていった。
「おそろしく愚かでしたね、陛下」
「アレで私に取って代わろうとしていたとは、笑いが出る」
玉座台で交わす二人の会話に、その場にいた人間は皆同じように思い、頷く。
「すでに先に捕らえているダルシュとエイルたちには、特別獄で労働に励んで貰っています」
「そう言えば、彼らは命だけは助けて欲しいと言っていたそうだな? 随分と手酷い拷問で、今回の事案を吐き出させたとか」
国王の言葉に、アルゼルファは唇に弧を浮かべ笑い返す。
「武器を密輸し、戦争を引き起こしかねない状況にした。そんな人間が、命を惜しむとはおかしいではありませんか。ですが、命だけは、と言うのですから本当に命だけを助けてあげたまでです」
この国で、死刑という刑罰は少ない。だが、死刑であった方がよほどマシであったと思う刑罰はある。死をもって楽にさせるより、その身をもってあがなわせるという考え方だ。その為、国民が行うには苦痛を伴う苦役を課すことが多い。
グリニータに課せられたものも、特別獄で課されたものも、逃げ出したい、死にたいと思うほどの過酷さである。だが、官吏が側におりどちらも不可能だ。
「申し上げます。次なる罪人をお連れいたしました」
「よし通せ」
国王の言葉に、再び裁きの間に一人、愚かな貴族が連れてこられたのであった。
*
裁きを終えた後、一人ずつ空中牢へ再び収監される。空中牢とは、監獄の外庭に作られた宙に浮いた牢獄で、横になる為の板と布、簡易に周りを囲んだだけのトイレと、用を足すときに使う腰布だけが用意された鳥かごのようなものだ。
中に入る時には塔に接するが、そこから強力な鉄棒に釣り下げられ、牢自体が宙に浮かぶ。逃亡を完全に防止することと共に、外庭のさらに外から丸見えで、民からの視線や言葉にも晒されるようになっていた。
人権を踏みにじるものでもある為、通常はあまり使われることはない。だが国民への被害が大きいものなどに関しては、こうした牢が用いられる。いわば見せしめの一つだ。
「グリニータ伯爵家、ムールアト伯爵家、ミランズ男爵家、ザルフェノン男爵家は全てお取り潰しらしいよ」
「皆、夫婦でナーマルードの開拓に送り込まれるんだって」
「夫婦で行けるだけ、国王陛下はお優しいねぇ」
「本当にねぇ」
優しさだとは思っていない声で、民たちは空中牢の罪人たちに聞こえるように話をする。
「ナーマルードは寒いって言うからね」
「ああでも優しい国王陛下は、私たちの税を使ってまでは、彼らに防寒具を与えたりはなさらないだろう」
「王太子殿下の慈悲は、私たちまっとうな国民に向かっていたからねぇ」
「なんでも戦争をおっ始めようとしてたんだって?」
「マイハルンの武器商人が捕まったって」
「あいつら、この国を食い物にしようとしてたらしいよ」
「いやだいやだ。そんなことを計画した奴らの末路なんて、知れたもんよ」
嘲笑しながら、次々と他の民も会話に加わる。
その度に、牢の中の罪人は耳をふさぎたくなるのだ。だが、どこからも見られている状態で、耳を塞ぐなどということも、プライドが許さずにできない。
自尊心を崩されながら、彼らは己がしでかしたことを悔いるのであった。
*
「あの娘はいかがいたしましょう」
国王と王太子だけが入ることのできる部屋で、紅茶を飲みながらアルゼルファが切り出す。
この日裁かれたのは、伯爵、男爵の各夫妻だけであった。
各家の子どもたちに関しては、この後関与に応じての処罰となる。とは言え、事前の情報では殆どの者が関与していなかった。それ故、家名を取り上げた後、禍根を断つ為に才に応じて役人とするか、市井へ下るかを判断することになるだろう。
だが、その中でもミレイ・ムールアトに関しては扱いが別格とされていた。無論、悪い意味でだが。
彼の言葉に、国王は苦笑いを浮かべる。
「あの娘はある意味、元凶だからな──。しかしあまりやり過ぎると、預かっていたファトゥール公爵家に類が及ぶ」
「ええ。そこの加減が……」
「サノファがあの場に連れてきたというのが……。ナーマルードに送るか、それとも」
己の愚かさで事件を引き起こしたが、他の者と違い自らが転覆を狙ったわけではない。しかし、起こした行動はどれも酷いものだ。
「公爵家で学ぶことはできました。サノファと同様です。知る機会が、学ぶ機会があったのにそれをしなかったのは、本人の罪です」
己の立場を弁えよ。それは身分の低い者に言われる言葉ではない。寧ろ身分の高い者こそが、身に覚えるべき言葉である。
市井から伯爵家へと身を移し、公爵家で行儀見習いをした。その時に、幾度と家庭教師に言われていた筈の言葉。ミレイはその意味を理解しようとせず、罪を重ねてしまったのだ。
「そうだな。──ミレイ・ムールアトも家名取り上げの後、ナーマルードでの労働を課すこととする」
ミレイの運命が決まった瞬間であった。
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