欠けているもの

らせんかいだん

欠けているもの

 私には何かが欠けている。

 誰かが言ったわけでもないが、なぜかそう感じる。

 金はある。いらないと思うほどには持っていないが、自分では満足するくらい持っている。

 地位や権力もある。ある時には社長であったし、教師でも議員でもあった。時には一国の城主として、短い間だったが多くの人に支えられていた経験もある。

 健康。それもある。もちろん身体的に活力の漲る時期は過ぎ去ったのかもしれない。だが今でもハードなスポーツをこなし、長い距離を走ったり、玉を投げたりと自分よりも若い奴に勝ったこともある。内臓面でも、毎年の健康診断では異常は見つからず、大きな怪我や病気にも罹ったことはない。

 孤独感はなく、家族も仲間も多くいる。妻や子供との仲は、家庭が始まってから良い一方で、悪くなったことは一度もない。

 趣味も充実していて、興味が湧いたものは片っ端からやった。中には飽きたものもあるが、それらがこの欠乏感に繋がっているとは思わない。なぜなら全てやり切ったからだ。

 危険なものに手を出した経験もある。だがそれらでもなかった。

 教えてくれ何が欠けているのかを。




 


 「こんな感じのメモなんですけど、先輩はこの人に何が欠けているのか、分かりますか?」

 ここは使われなくなった空き教室。窓から見える茜色の空は、下校の時間が迫ってきていることを私達に教えてくれていた。

「なるほど…。まあ答えがないわけでもない。」

「ほんとですか!私、これを友達に聞かされて何が答えなんだろうってずっと悩んでたんですよ。それも今日で終わりですね。」

「あぁ……。」

 どうしたんだろう。先輩は良い表情をしていなかった。持久走で一緒に走ると約束したのに、裏切るような人と全く同じ表情だった。

「どうしたんですか先輩!早く答えを教えてくださいよ。持久走で裏切る人と全く同じ顔してますよ。」

「やった覚えはない!が……。この答えを伝えるべきかどうか迷っていてな。」

「いいですから、早くお願いします!」

「後悔するなよ、この男に欠けているものは、だろうな。こいつの生きている世界は縦と横しか存在してない。つまり二次元の存在で、それを無意識に自覚してしまったからだろう。」

 




 


 先輩の意味不明な解答に頭が真っ白になった。

「何ですかその答え、ボケにしても面白くないですよ。だいたい自分が生活してる空間が二次元だって、どうして分かるんですか。」

「だから言いたくなかったんだ。お前には見えてないだろうな。」

 何がですか。と言いたくなるのを我慢して先輩の言葉を待つ。

「向こうを見てみろよ。」

 先輩が指さした方向に目をやると、私達を見ている大きな眼が見えた。






「俺らも虚構の存在ってやつだよ。気づきたくなかったけどな。」

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