第45話 とうとうさよならを言えましたわ


 小人たちが用意したドレスに着替え、化粧と香水をふりかける。オリバーからもらった宝石は、ニーロンとの戦いでちぎれてしまっていたが、夫人が直してくれていた。


「わぁ、リア様お綺麗でありますわ」


「月の女神様のようでありますわ」


「これならオリバー様、なんでも言うことを聞いてくれそうでありますわね」


 オリバーの前で着飾るのは誕生日パーティーぶりだが、改めて会うとなると緊張する。


 彼と会うのもこれが、最後ね。


 大きな宴が始まり、どこからか音楽が聞こえてくる。既婚者達が盛り上げ役を買ってくれているようだ。女性陣が登場すると、歓声がわきあがる。


 オリバーはどこかしら。1人だけ大きいんだからすぐ分かると思ったんだけど……


 会場に姿が見当たらない。もしかすると、まだ外の森から帰ってきていない?


「もしっ、よろしければ私めに踊りを披露していただきたいであります!!」


 気づくと目の前にはダンスを期待する列が出来ている。小人族の娘達によるこの踊りは、思い人に捧げるもの。


 早めに断らないと、更に列が長くなりそうだわ。


「……悪いけど」


「俺と踊ってくれるか?」


 振り返ると、息を切らしたオリバーがいた。


「ハァ、族長がなかなか開放してくれなくてな……」


 ほのかにお酒の匂いがする。


「オリバー」


 名前を呼び、久しぶりの再会につい頬がゆるんでしまった。


「っ!?」


 オリバーは名前を呼ばれると顔を真っ赤にして、固まっているようだ。


「?」


「あっ、あぁ。その……そんな風に俺の名前を呼んで笑いかけてくれたの……初めてだろう? それに、すごく……綺麗だ」


「ええっ、ありがとう」


 どうしようっ、なんか久しぶりに見たら……かっこいい気がするんだけど!? 前からそうは思わなくもない気もしてたけど、キラキラしてない!? それに、足が治っているわ。


 軽やかに走ってきたところを見る限り、前よりも強くなっていそうだ。


「リア、俺と踊って頂けますか?」


「ふふっ、ダメよ」

 

「えっ!?」


 オリバーの手を引き、もう少し広い場所へと移動する。


「この踊りは、私があなたに贈るものよ」


「俺に?」


 たたきこまれたステップとともに、オリバーの周りをくるりと周る。羽に見立てたショールを広げ、跳ねるように足のステップをしていく。


 香水が彼の周りを包むように香ると、自分を見つめる目が熱を帯びてきているのが分かる。


「リア……」


「ふふ」


 魅了されているみたいね。ここで、私がどこへ行っても動かないでと伝えたら、彼は従うはずだわ……


「…………オリバー、ここからはさよなら、だわ」


「それは……」


 まだ精神が操れていないわ。さすが、勇者様ね。


 返事とは異なり、オリバーの足の力は抜けきり、座り込んでしまっている。


 これが最後よ。


 彼の目の前まで近づき、一緒に地べたに膝をつくと、そっと口付けをする。


「さよなら、オリバー。勇者の任務なんて忘れて、公爵としての人生を楽しみなさい」


「……分かった」


 落ちた。


 顔を上げるといつのまにか盗み見で魅了されている小人達までが座り込んでいる。


「……私の用事は終わったわ。ここから出してくれるかしら?」


 にっこり微笑むと、全員が直立する。そのまま出入り口となる場所まで進むと、歌い始める。まぶしい光とともに、気づくと村の外にいた。当然、オリバーはいない。


「それじゃあ……」


「お待ちくださいであります」


「行かれては困るであります」


 魅了から我に返ったのか、あわてて止めに来る小人達だが、もう一度振り返り微笑むとすぐに言うことを聞いた。


「あなた達だけで村に戻って、私の邪魔をしないで」


「はっ、はいであります」





 ふぅ、やっと自由になったわ。思えば、生まれてから今まで、魂の正体を隠し通してきたわ。もう王女として振り回されることも、聖女のフリをする必要もないんだわ。


「さて、これからどうしようかしら。真実の花が確実でない以上、魔族に戻るのは難しいわね。とりあえず、どこかの国を乗っ取って、人間どもの支配をするでもいいわね」


 ニーロンの情報が本当なら、私の魔力がなければ元お父様が当分目覚めることもなさそうだし、変に近づく必要はないわ。初めてあの男が役に立ってくれたわね。


「さてと、とりあえずケロベロスでも呼んでひとっ飛びしちゃおうかしら〜〜」



 満月が照らす森の中を機嫌良く歩いていく。


 あっ、あそこがいいわ。あの崖の上からなら、見晴らしも良さそうね。


 月を見上げ魔力が高まるのを感じる。


『ケロベロス、主人のもとへ来なさい』


 そういえば、満月の日は特にうずくのよね。今までは解放できなかったけど、今なら……


 近くに誰の魔力の気配がないことを確認すると、全力で魔力の羽を生み出す。背中から生えたソレは真っ黒で、小人族の衣装と不釣り合いだ。


 空高く飛び、森を見下ろす。なんて素敵なのかしら。自分の翼で飛ぶなんて、ゼビル姫に戻ったようだわ。でも、やっぱりこの身体は人間ね。もう限界だわ。


 恐ろしい勢いで魔力を消費し、身体よりも大きかった翼が消える。


 地面へとスピードを増して落下していく。


 この人生が終わったら、魔族にまたなれるのかしら。でも、下級なんてごめんだわ。


 ドンッ


 地面にたたきつけられる直前に、息を切らしたケロベロスの背中に落ちたことに気づく。失っていた毛並みは戻り、かつての威厳ある姿に戻っている。


「遅いわよ。そんなんじゃ、地獄の番人の名が泣くわよ」


 地獄の果てまで光よりも早く移動するとも言われるケロベロスにしては、呼んでから到着するまでに時間がかかり過ぎている。


「……まさか、オリバーを気にして出遅れたの?」


 その反応で、主人の命令を迷ったことが確定した。



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