第7話ー1 杖と魔法、そして約束事

 太陽が少しずつ傾きはじめ、街には清風が吹き、爽やかな気分になる午後。

 

 コウとミキはレウテーニャ魔法大学校で七日間講義の受講の手続きを済ませたあと、ある場所へ向かっている道中だ。コウはこのとき、レウテーニャ魔法大学校のイスカ・ロロー学長のことを考えていた。

 ミキから聞いた”変人学長”という評価の話。そして先ほどのロロー学長の印象……。女子生徒のスカートを覗き込んだなど、まるで学長の地位につくような人がやることとは思えないが、さっき会ったロロー学長を見ていると、もしかしたらなんてコウはちょっとだけ思ったが、七日間講義や生徒が門の塔へ入れない校則をすぐに撤廃してくれたりと、人としての器は大きい人なのかもしれない。それと、コウの父カッシオとも交友関係があるようなので、本当はすごい人なのではないのだろうか……? だがコウの脳裏には”女子生徒のスカートを覗き込む”というワードがロロー学長のイメージを悪い方向へ持って行く。その噂さえなければとてもいい人なのに! と、コウは思った。

 

 「コウ! こっち!」

 ミキはそう言って、中央広場から今度は7番通りに入る道へ進む。

 

 「あれ? こっちじゃないの? 杖屋さんでしょ?」

 コウは”18番通り”と書かれた石造りのアーチを指さす。道具屋と言えば18番通りになるからだ。

 

 「ちがうの! 私の杖を買った店はこっちなの!」

 ミキはそう言って7番通りへ進んだ。

 

 二人がどうして杖屋へ向かっているかというと、七日間講義では杖を使って魔法を使う講義があるため、コウの杖が急きょ必要になったのだ。コウがどこで杖を買おうかと言うと、ミキが今使っている杖を作ってもらった店に案内する、と言ってくれたのだ。

 

 それはそうと、ミキが行こうとしている杖屋がもし、ミス・フラワーの杖屋だったらどうしよう、とコウは心の内で冷や汗をかいていた。美女に化けて、人を騙し、無駄に値段の高い杖を押し付けられてしまったら……。ミキの面子もあるし、その場で断ることはできるのだろうか? コウは、逃げ文句や、どうやって店から逃走するかなどを必死で考えた。

 

 「コウ! こっち! ここの路地の先にあるの」

 7番通りを歩き、ツバメ郵便局の前を通ってどこかの道を曲がり、すぐのところにある路地を指さし、ミキがそう言った。

 

 その通りは、明らかにまずい雰囲気が流れていた。

 魔法の国、観光の街にはまるで似合わない、ゴミが散乱した、蜘蛛の巣が大量にあり、ときおり、背筋を凍らせるようなあの茶色い例の虫の姿が見えるような、そんな路地にミキの杖を作った店が存在するとは信じられず、コウはまだミス・フワラーの杖屋のほうがマシだったのでは? と思い始めた。

 

 ミキはその路地の嫌な雰囲気にも目もくれず、ずんずんと進んでいく。

 コウは躊躇するものの、ついて行かねば、と後をついていく。

 

 「ここだよ」

 ミキは、路地を少し進んだ、とある場所で立ち止まってそう言った。

 

 コウも立ち止まり、目の前を見ると、そこには小さな店があった。だが、店は”過去形”だったのでは? と思わせるような外観をしている。外壁は所々濃いグリーン塗装が剥がれており、ドアの上についた小さな看板は文字がほとんど掠れて読めず、片方の鎖が取れてしまい、風でゆらゆらと揺れ、今にも落ちてきそうだ。朽ちた屋根の下にあるショーウィンドウのガラスは塵や埃が蓄積され、まるで曇っていて中はほとんど見えない。

 

 「ここ、本当にお店なの?」

 

 コウがミキにそう聞いてしまうほどの外観だった。店というより、廃墟やお化け屋敷と言ったほうがしっくりくる。

 

 「うん。テルパーノで一番の杖職人さんのお店なの」

 

 テルパーノで一番!? コウは驚きの声をあげそうになったのをなんとか堪えた。

 

 ミキは、コウの胸中など知らず、店の扉の取っ手に手をかけ開いた。扉の建付けも悪いのかギコギコと音が鳴り、それと同時に埃の積もったドアベルが外れ、鈍い音が響いた。

 

 「あのー! すみませーん!」

 

 ミキは落ちたドアベルことも気にせず、店内へ向かってそう叫ぶ。薄暗い、蜘蛛の巣と埃だらけの店内はシーンと静まり返る。どう見ても廃墟同然の店内に人がいるほうが信じられなかった。

 

 中へ入ったミキの後に続いて、コウも中へ入る。もう何が出てきておかしくはない。心臓は早鐘を打ち、今にも恐怖で縮んでしまいそうなほどだ。

 

 「すみませーん!」

 またミキが叫ぶ。

 

 やっぱり廃墟なんじゃないの? とコウが言おうとしたとき、店内の隅に置かれた、鏡面が白く濁っている古い姿見から何か視線を感じたような気がした。やはり何かいるのでは? と、コウをよりいっそう不安にさせた。

 

 「ミキ、やっぱり誰もいないんじゃないの?」

 「おかしいなー。前に来たときは普通にいたんだけど……」

 

 ミキがそう言って、店奥まで行こうとする。コウはすでに帰りたい一心だった。これならミス・フラワーの店で騙されていたほうがマシだ!

 

 コウはすぐにお暇できるよう、あの建付けの悪い扉の近くへ移動しようとしたときだった。

 自身の左側にある楕円形のテーブル。その下から突然、何かが伸びてきてコウの足を掴んだのだ。

 

 コウは叫んだ。叫ぶしかなかった。ロロー学長の断末魔といい勝負をしているだろう、というほど腹の底から叫んだ。

 

 「あれー? お客さんだったー?」

 コウの足を掴んだ手の上から、ひょっこりと顔が現れてそう言う。

 

 その顔は、まるで頭蓋骨に薄い皮膚を貼り付けただけの、青白く、頬がこけて、いかにもこの世の者ではない風貌だった。そしておまけに、目元にはまっ黒なクマを携えている。

 

 コウはその顔にもまた驚き、叫び声を上げ、足を掴んだ手を振りほどき、尻もちをついて後ずさりをした。

 

 「ここで昼寝してただけなのにー、そんなに驚かなくてもー」

 

 「ウーリさん!」

 ミキはその骸骨のような男性に向かって声をかける。

 

 「えっとー、たしか君ー……。サクラの木とー、海鳥の風切り羽の羽軸の杖の子だっけー?」

 骸骨のような男性はテーブルの下からのっそりとした動きで出て来ながら、ミキにそう言う。

 

 「そうです! ミキ・ルル・アミマドです!」

 

 「思い出したよー。――ところでー、この男の子はー?」

 骸骨のような男性はそう言いながらコウを指さし、立ち上がる。背はまるで、その場に樹齢数百年を超えた樹木を立てたかのように高かった。

 

 「その子は私の友達で、コウって言います! この子の杖を作ってもらおうと思って来たんです」

 

 ミキがそう言うと、骸骨のような男性はすっとしゃがみ、くっきりな二重まぶたの奥に隠された灰色の目でコウをまじまじと見る。

 

 少し埃がついている黒のスーツに、黒のボロボロの革靴、そして濃いグリーンのネクタイ。銀色の髪はくしゃくしゃとなっている。だが、髪を整え、それなりに良い新品のスーツを着せれば、この世の女性の8割は振り向くのではないか、というほどの整った顔立ちだった。

 

 「この子の杖ねー。わかったー。――僕はー、ウーリ・ロロー。ここで杖職人をしているよー。よろしくねー、コウくーん」

 その整った顔立ちには似つかわしくない、緩い口調でウーリさんは話す。

 

 「ちょっと準備するからー、そこでー、待っててねー」

 

 ウーリさんが店奥へ消えると、ミキが耳打ちをしてくる。

 「ウーリさんあんな感じだけど、本当にいい職人さんだから安心して」

 「あ、うん」

 コウは、自身がウーリさんにびっくりしたことを思い出し少し赤面をしながらそう返事した。

 

 「ところで、ウーリさんってロロー学長と血縁関係でもあるの? 苗字が同じみたいだけど……」

 「うーん。たぶん親類だって噂は聞いたことあるけど、よく知らないんだ~」

 

 ロロー学長とウーリさんの関係が気になりつつも、店奥からひょこっと顔を出したウーリさんに呼ばれたので、その話はそこまでとなった。

 

 二人は、ウーリさんに連れられ、店奥のそのまた奥の扉へ向かう。そこから出た先には小さな空き地のような建物に囲まれた場所があり、遠くに木の板と棒で作った的が3つ立っていた。

 

 その3つの的に色づいた陽光があたり、影を長くなっている。

 

 ウーリさんは手に持った長細い濃いグリーン箱を近くの小さな机に置くと、それぞれの蓋を開いて見せる。

 

 「まずー、コウくんの魔法がー、どれほどのものかー、見せてもらうねー。この3本の杖からー、好きなの選んでー、適当にー、魔法を使ってみてー」

 

 コウとミキはそう言われ、箱の中の杖を覗いて見る。右側が赤い印が巻きつけられた杖、真ん中が青い印がまきつけられた白い木材の杖、左側が黄色い印が巻きつけられた杖だ。

 

 コウはまず、真ん中の青い印のついた白い杖を手に取った。白い杖は、触った感触から硬い木材なのが伝わってくる。途中少しだけうねりがあるが、とてもいい杖だ。

 

 そしてここで、コウはあることに気が付く。人生で一度も魔法を使ったことがない。どの呪文をどう唱えればいいのかわからないのだ。

 

 「ど、どうしよう……。僕、魔法を使ったことないんだけど……」

 

 「それなら!」ミキは、懐から自身の杖を取り出し、

 「私がまずお手本を見せてあげるよ! 見てて!」

 

 ミキは少し離れた場所へ歩いていき、自身の杖を目の前に突き出して、構える。

 

 そして、少し深呼吸をしたあと、

 「ポー!」と、叫んだ。

 

 すると、ミキの杖先から拳大の火球が出現し、火球はすごい速さで飛んで行く。そして、3つの内の真ん中の的へ見事命中した。

 

 「すごい!」コウは思わず声をあげていた。

 

 ミキはコウたちの元へもどってき、

 「さっきの私みたいに杖を構えて、「ポー」って唱えるだけ! 火の魔法だし簡単だよ!」

 

 コウはそう言われ、さっきミキが呪文を唱えたあたりに立ち、白い杖をミキが取っていたようなポーズをして構えた。真ん中の壊れた的の両隣にはまだ壊れていない的が並んでいる。右側の的に視線を向け、少し息を吸うと、コウは呪文を唱えた。

 

 「ポー」

 

 声は震えていて、とても小さい。ミキたちにも聞こえたかもわからないほどだった。そして、白い杖の先から、とても小さい蝋燭の火のような火球がポッと出現したかと思うと、その場に落ちて消えてしまった。

 

 目の前で起こったことがまるで夢のように、コウには思えた。自身が初めて魔法を使い、ミキほどではないが小さな火を出すことができた。僕も使者だったのか! とコウの胸の中は嬉しさであふれた。

 

 「使えた! やった……!」

 

 「コウ! その調子! もう一度やってみて!」

 

 ミキに言われ、コウは同じ手順で火の魔法を使う。が、結果は先ほどと同じだった。

 

 使者とは言え、ミキのようにバリバリ使える者もいれば、日常生活でほんのちょっと使える程度の者もいる。同じ”使者”でも、0か1かではなく。1から100あるうちのグラデーションで、魔力の強さは個人によって違うのだ。

 

 もしかしたらミキのように大きな火球を出して……なんてコウは想像していたが、自身の魔力はあまり強くないのかもしれない。ほんのちょっと落ち込んでいると、ウーリさんの傍にいるミキから声がかかった。

 

 「コウ! 今度は違う杖で試してみてって! ウーリさんが!」

 

 コウはそう言われ、ミキたちの元へ戻ると、今度は黄色の印がついた杖を手に取った。

 

 黄色の印の杖は、軽くて柔らかく、とても持ちやすい。だけど頑丈な感じから手から伝わって来た。

 

 コウは黄色の杖を持って、さっき呪文を唱えた場所へ立つと、先ほどと同じ構えを取る。そして同じように「ポー」を唱える。だが、今度は火球が出てこない。おかしい……と、思ったそのとき、黄色の杖に突然熱が走る。その途端、黄色の印の杖は弾けるように、パン! と音を立てて砕け散ってしまった。

 

 「わっ! わっ! 杖が! ごめんなさい、ウーリさん」

 コウは慌ててウーリさんに謝罪する。

 

 「大丈夫だよー。練習用のー、杖だからー。気にしないでー」

 ウーリさんは気だるげな口調だが、優しくそう言ってくれた。

 

 だが、2本の杖はどちらもうまく出来なかった。ミキのような魔法が上手な使者なら他の杖でも上手くできるのではないか。コウは胸がキューッと苦しくなるような感覚に襲われた。

 

 今度は、最後の一本の赤い印のついた杖を受け取った。

 

 赤い杖は、その木目が濃くてとても綺麗だ。そして、手から伝わるその硬さと重さ、頑丈さは力強さを感じさせる。その杖を持ったとたん、先ほどまで落ち込んでいた心が一気に晴れ渡るような、不思議な感覚になった。

 

 ミキとウーリさんが見守る中、コウは杖を構える。

 

 深呼吸して、右側の的をよく見る。ミキが出していたような火球を想像し、杖を持った右手にぐっと力を込める。この赤い杖を持っていると、なんだか力が湧いてくるような、自信が満ち足りた感覚になる。

 

 そしてコウは口を開き、呪文を唱えた。

 

 「ポー!」

 

 構えた杖の先から拳大の火球が出現し、勢いはないものの火球は右側の的へと飛んで行った。的のギリギリのところで逸れてしまったが、今までで一番いい火の魔法を使うことができた。

 

 「やった! できた!」

 

 「コウ! おめでとう!」

 遠くでは、ミキが飛び跳ねてまで喜んでくれている。コウはそれを見てもっと嬉しくなった。

 

 コウは二人の元へ駆け戻り、手に持っていた赤い杖をウーリさんへ手渡した。

 

 「この杖……。なんだか力が湧いてくるというか……、勇気をくれるというか……。そんな感じがしました!」

 コウは正直にウーリさんに伝える。

 

 「ならー、この杖がー、コウくんにー、合ってるってことだねー」

 

 「杖にも相性があるんですか?」

 

 「あるよー。魔法ってー、その人の持ってるー、加護の力を借りてー、魔力として発現するからねー」

 ウーリさんは、コウから赤い杖を受け取り、杖を片目で覗き込んだり、上下逆さまにしたりして入念に調べながら、

 「たとえばー、この杖はー、ケヤキの木がー、使われてるんだー。ちなみにー、芯材はー、ベルバオバ産のー、スズー。コウくんの加護はー、そのあたりの力にー、影響されてるー、みたいだねー」

 

 ケヤキは耐久性が高く、腐食にも強いので、建築資材としても使われるほど硬い木材なので加工に少し手間取るが、丈夫な杖になるのだそう。そして、ケヤキの杖の中に芯材と呼ばれる他の素材を入れることによって、魔力をより引き出すのだと言う。コウの場合、バーオボ火山の近くで生まれた影響か、”火の加護”を強く受けており、耐久性の優れたケヤキの杖と、ベルバオバ産のスズで魔力を引き出し、より強い火の魔法を使うことができたのかも、とウーリさんは説明してくれた。

 

 「私の杖はサクラの木。芯材は海鳥の風切り羽の羽軸。サクラはわかんないけど、海の加護の影響が強く出てるんだって。生まれた場所とか生まれた季節とか、そういうので加護って決まるんだって。そうですよね? ウーリさん」

 「うんー。そんな感じー」

 

 「もう少しー、コウくんに合うように調整するからー、後日取りに来てー。出来上がったらー、ツバメ郵便送るからー」

 

 店へ戻ったあと、ウーリさんはそう言って、七日間講義の間に使う仮の杖を特別にレンタルしてくれた。

 そして、コウの杖の値段も見積もってくれ、思っていたより安くで買えるとわかり、少しだけホッとした。

 

 ミキの杖も、先ほど持ってみた3本の杖も、とても丁寧に作られていることが一目で分かる。その手間を考えると、0の数があと2つほど増えてもおかしくはなかった。

 

 コウとミキは、ウーリさんに挨拶をし、店をあとにした。

 二人は路地を抜け、大通りを歩きながら杖の話に花を咲かせる。

 

 ミキが初めて杖を買った店での話は、コウは驚きを笑いとで表情筋が痙攣をおこすほどだった。

 なんでも、あのミス・フラワーの店で騙されて高い杖を買ったら、杖の先から火球ではなく、食虫植物が出現し、授業で大恥をかいたのだそうだ。

 

 「やっぱりあの店、危ない店だったんだ……っぐふふふ」

 「コウも知ってたの?」

 「うん。テルパーノに着いた日、偶然通りかかったときに色々と見ちゃって……。あの女の店員さんが老婆になるところとか」

 「あの女の人、老婆だったの? そんな感じに見えなかったのに!」

 「魔法か何かで姿を変えてたみたいなんだ」

 「ほんと? 私もそれに騙されてたなんて……!」

 ミキはキィー! を甲高い奇声を上げ、怒りをあらわにする。

 

 「それで、ウーリさんの店はどうやって見つけたの?」

 コウは聞く。

 

 「マワともう一人の友達に教えてもらったの。ここなら絶対に大丈夫って」

 ミキは杖を取り出す。

 

 「サクラの木と……海鳥の――」

 「海鳥の風切り羽の羽軸、ね」

 コウがミキの杖の素材を言おうとすると、ミキもかぶせるように言う。

 

 「素材、よく覚えてるね」

 「当たり前じゃない! 覚えてないと、もしも何かあったときに直せないでしょ? だから、杖を持ってる人は自分の杖の素材は絶対覚えているの。コウも覚えておいたほうがいいよ」

 

 ケヤキの木と、ベルバオバ産のスズの杖……。

 ミキにそう言われ、しっかり覚えておこう、とコウは思った。

 

 通りを抜け、中央広場まで戻って来た。二人は脇にあるベンチへと腰かける。

 

 「家にはやっぱり帰りづらい?」

 コウがミキに聞く。

 

 「……」ミキは少し間をおいて、

 「ううん。大丈夫。ちゃんと話さなきゃだよね」

 

 コウは、うん、と返事をし、立ち上がる。

 「僕も付いてるからさ、一緒に謝ろう。ミエさんなら許してくれるよ」

 

 二人は、”18番通り”と書かれた石造りのアーチをくぐった。

 少し歩いて、アミマド屋の前で立ち止まる。

 

 辺りはもうすでに真っ暗で、仕事終わりの人が16番通りへ行こうと、陽気に歩いているのが見える。それとは裏腹に、コウとミキの間には緊張の糸が張り詰める。

 本当にミエさんは許してくれるだろうか。子供だけで勝手に決めてと叱られ、僕もアミマド屋から出て行かされるのではないだろうか。

 コウの頭には嫌な想像ばかりが溢れる。ネガティブな感情はよくない、とわかっていても、脳が自然と想像してしまうのだ。


 道の街灯に、柔らかい美しい、小さな光がフワフワとやってき、一つ一つに火を灯してゆく。この小さな火ですら、二人の心を癒せないのではないか、というほど、二人の心は今にも重い何かに潰されてしまいそうだった。

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