サンティアゴ・デ・コンポステーラ(2)
ガイドブックには「混雑時は2時間待ちも覚悟すべし」と書かれていたけれど、そんなことはとてもあり得ないように思える。流れるように番号が進み、10分ほどで、僕の番号と「16番窓口」がモニターに表示された。
通路の扉を押し開け、カウンターがずらりと並んだ広い部屋に入る。手前に併設されたお土産売り場のスペースを別にすれば、やっぱり部屋の中も市役所にそっくりだ。
「こんにちは」と挨拶しながらカウンター前の椅子に腰を下ろす。目の前の男性職員に向かって、2冊の巡礼手帳を机の上に置いた。彼は中をざっと改めて、顔を上げると、にこやかに言った。
「巡礼達成おめでとう!」
僕も思わず笑顔になり、心から「ありがとう!」と返した。
「さあ、これが最後のスタンプです」
彼はそう言うと、直立するサンティアゴをあしらった青色のスタンプを慎重に押し始めた。まずは、サン・ジャンで手に入れた巡礼手帳の「巡礼達成欄」に、そして次に、日本から持参した熊野古道との共通巡礼手帳にも。
彼が「二つの巡礼達成欄」にまで手を伸ばした瞬間、僕は慌てて制した。
「そこはまだです! 僕はまだ熊野古道を歩いていないから!」
すると、隣のカウンターで別の巡礼者の対応をしていた年配の女性が、こっちに顔を向けた。
「いいのよ。この欄にはカミーノと熊野古道の2つのスタンプを並べて押すの」
女性の口から「熊野古道」という単語がすっと出てきたのに驚いた。しかも、どうやら「二つの巡礼」についても詳しく知っているようだった。
僕を担当してくれている男性が、興味深そうに身を乗り出してきた。
「実は私も来年は日本に行って熊野古道を歩こうと思っているんだ。君のと同じ共通巡礼手帳はどこで手に入るんだい?」
僕は「たぶんインターネットで手に入ると思う」と答えた。すると、先ほどの女性が僕たちに顔を向けてほほ笑んだ。
「巡礼事務所の先にある教会でも、この共通巡礼手帳をもらえるのよ」
これには僕も意外だったけれど、目の前の男性は「そうだったのか?」と目を丸くしている。
その物知りの女性が、今度は僕の担当に替わった。彼女は印刷されたばかりの巡礼達成証明書を手に取り、そこに記された内容をひとつひとつ丁寧に説明してくれた。
「この証明書は、千年以上も前から巡礼者に発行されてきたものよ。文面は当時と同じラテン語で書かれているの。これは、あなたが正式に巡礼を達成したことを証明する、サンティアゴ市の公式な書類なの」
それこそ1000年前から現在まで、どれだけの巡礼者たちがこれと同じ証明書を手に入れたことになるのだろう? 想像すると気が遠くなりそうだった。そして、今日、僕もそのひとりになったのだ。
女性にお礼を述べて証明書を受け取り、席を立った。
それじゃあ、良い一日を! と言いかけて、ついでに、前から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「馬でサンティアゴを訪れる巡礼者なんて、本当にいるんですか?」
「少ないけれど、いるわよ」
そうか、本当に存在しているのか。
「ただ、サンティアゴ大聖堂の広場に馬が入れるのは朝7時から8時の間だけだから、その時間にしか見られないの」
なるほどなあ。確かに、今みたいに人で溢れかえっている広場に馬で乗り込んだら大変な騒ぎになってしまう。さらに、女性は「馬による巡礼の動画がいくつかYouTubeにアップされているわよ」と教えてくれた。巡礼手帳にある「馬で巡礼」のチェック欄は、単なる飾りではなかったというわけだ。
サンティアゴ巡礼を達成した。間違いなく嬉しいの。でも、心の中が特別な達成感で満たされているかというと、そんなことはない。むしろ、カミーノを振り返って感慨深い思いに浸ったのは、今日ではなく昨日だった。考えてみれば、のべ43日間をかけて四国八十八ヶ所を歩いて回り、最後の大窪寺を打ち終えて結願した時もそうだった。ゴールに到達した後よりも、その道の途中にいた時の方が、心が満ち足りていたような気がする。
サンティアゴ大聖堂にたどり着いた後、「世界の果て」と言われるフィニステラへと向かう巡礼者は昔から多いそうだが、今の僕にはその90キロを歩く巡礼者の気持ちが理解できる。彼らはできるだけ長く旅を続けていたいのだ。
腕時計に目を落とすと、まだ正午を少し過ぎたところだった。そうか、まだ12時なのか。この後は何をして過ごせばよいのやら。
サンティアゴ大聖堂にたどり着き、巡礼達成証明書をもらってしまうと、僕は目標を完全に失ってしまった。サンティアゴ市内観光――普通の観光って、いったい何をすればいいんだろう?
ひとまず歴史地区をぶらぶらと歩いて回ることにした。
サンティアゴの歴史地区は非常に美しい。そのことは間違いない。でも、観光客でごった返す狭い路地を縫うように歩き、どこも似たような品揃えの土産物屋を覗いてみるのは、2時間で飽きた。さすがにもう十分だ。
かなり時間を潰したつもりだったけれど、まだ午後3時にもならない。何気なく温度計を確認すると23度。これもすっかり習慣になってしまった行動だ。でも、今日はもう歩かないし、気温はどうでもいい。問題は、このあと何をするかだ。
そうだ、観光案内所だ――なんで今まで思い浮かばなかったんだろう? そう思いながら観光案内所の扉を押して中に入った。入り口の壁に「世界遺産を歩こう」と書かれた日本語のポスターが貼られていた。熊野古道の知名度を高めようという和歌山県の努力が伺える。僕の見解では、熊野古道は世界遺産にもかかわらず、知名度では四国八十八ヶ所に届いていない。
カウンターで市内の地図をもらい、観光の見どころを教えてもらった。でも、観光名所のほとんどは美術館や博物館で、どうも気乗りしない。歴史地区の拡大図をぼんやりと眺めながら、地図の真ん中に描かれた大聖堂のイラストに目が行った。そうだよな、サンティアゴ巡礼なんだから、やっぱりサンティアゴ大聖堂には足を運ばないと。
大聖堂に足を一歩踏み入れると、そのあまりの金ピカぶりに目を奪われる。豪華絢爛。まさに圧倒的な輝きだ。千年以上もの長きにわたり、多くの巡礼者がこの大聖堂を目指して歩き、ここで祈りを捧げ、そして多額の寄付をしていった。21世紀の現代においては、寄付を受け付けるクレジットカードの端末さえ設置されている。その歴史の積み重ねが、この金色の煌めきになっているのだろう。キリスト教の、そしてサンティアゴの威光がどれほどのものだったのか、この祭壇を一目見れば即座に理解できるというものだ。
天井を見上げると、名物の巨大な振り香炉「ボタフメイロ」がロープで固定され、今日は静止していた。かつては、巡礼者たちを消臭・消毒するために振られていたという話を思い出す。
正面とは別の入り口から狭い通路へ進むと、サンティアゴの遺骸が収められた棺を眺めることができる。銀色の棺は拍子抜けするほど小さい。実は6年前にも、僕はこの大聖堂を訪れていた。この狭い通路を歩いた記憶はかすかに残っているものの、それ以外の風景はまるで思い出せない。大聖堂には見るべき物が多いけれど、僕にとっては、中をぐるっと一周すればそれで十分だった。
大聖堂を後にして外へ出ると、観光はもういいや、という気がした。時計を確かめると、チェックインの時間が近づいていた。アルベルゲに向かおうかな。歩いていないと、一日が過ぎるのはずいぶん長いのだと知った。
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