2つの王国(4)

 フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ巡礼を始めたとすると、サアグンはサンティアゴまでのちょうど中間地点にあたる。だから「中間達成証明書」というわけなのだが、よく考えると、これは少しおかしな話だ。


 そもそも、サンティアゴ巡礼には決まった起点が存在せず、自分が「ここから歩きたい」と思った場所がその人にとってのカミーノのスタート地点になる。実際、フランス人の道も、サン・ジャンよりさらに遠く、パリとかほかのフランスの町や村から歩き始める巡礼者も多い。だから、すべての巡礼者にとって、サアグンが中間地点ということはない。


 なんとなく腑に落ちず、手にしたばかりの証明書の内容を翻訳アプリで確認してみると、どこにも「中間」などとは書かれていなかった。


《この者はサアグンのレオンの地を通過した。此の地は聖ヤコブのフランス人の道の地理的中心地であり、『カリクストゥス写本』にあるように「……あらゆる種類の品物に富み、その草地には、主の栄光のために勝利の戦士たちが地面に打ち込んだ角が緑色に輝いていたと言われている」。そして、この者が証言しているように、この者は肉体の疲労のための休息と魂のための救済を見出した。この高貴な町の住民である私たちは、この者がこの道を歩み続け、聖ヤコブの家に辿り着くことを励まし、私たちに歓迎されたこの者がそこで私たちを思い出すことを願っている。そして、記録のため、また誰にでも見せられるように、私は以下の通り署名する。》


 でも、こういう証明書はカミーノの記念として手元に残るし、僕は十分に満足した。わざわざ寄り道した甲斐があった。


 教会を出て、そろそろ朝ごはんにしようとカフェを探すことにした。マイケルとはここで別れた。


 歩き出して間もなく、今度は昨夜のアルベルゲで一緒だったイタリア人のサムエレにばったり出会した。もうひとり、別のイタリア人と何やら会話していたけれど、僕に気づくとすぐに右手を挙げてみせた。


 サムエレはポケモンカードの熱烈なコレクターで、昨夜もプラスチックの透明ケースに収められたポケモンカードの「写真」を何枚も見せてくれた。面白いことに、彼はポケモンカードに書かれたカタカナ表記は読めないのに、ポケモンの名前は完璧に把握している。逆に、僕はピカチュウしか知らないけれど、カードに書かれたポケモンの名前は(当然)読める。


「これは?」


「コライドン」


「じゃあ、これは?」


「ゼニガメ」


 サムエレ、全問正解。さすがだ。彼はいつか日本に行ったらポケモンカードを買い漁りたいそうだ。ビバ、クールジャパン!


「ところで、東京から京都までのトラッキングコースがあるだろ?」とサムエレ。トレッキングコース? そんなコース、あったっけ?


 よくよく話を聞いてみると、どうやら最近、外国人旅行者の間では東海道を歩くのが流行っているらしい。東海道と聞いて、僕の脳裏に浮かんだのは普通の国道だ。そんなのが楽しいのだろうか。


 東海道を歩くトレッカーたちは、日本人の誰もが知る某有名日本メーカーのバックパックを背負っているのだそうだ。そのメーカーに全く思い当たらず首を傾げていると、彼がスマホを調べて「これだ!」と画面を見せてくれた。


 ……。うん、見たことも聞いたことない。僕が正直にそう答えると、お前はニセモノの日本人だと言われた。ポケモン好きな日本通にそう言われたなら仕方ない、潔く受け入れよう。


 これから中間証明書をもらいに行くという二人と別れ、カフェでトルティージャとカフェコンレチェの朝ごはん。小さなコロッケとセットで1.4ユーロという破格の値段だった。最初、あまりの安さが信じられず、「そうじゃなくて、全部でいくら?」と店員に聞き返したら、「全部で1.4ユーロなのよ」と笑われた。


 カフェコンレチェを飲みながらこの数日の巡礼を振り返り、どの町に着いても顔見知りに会うことが増えたなあ、と感慨にふける。そのたびに、僕は旧友と再会したような嬉しさを覚える。僕のカミーノもいよいよ成熟ステージに達したのかもしれない。


 カフェをあとにし、地図アプリを頼りながらカミーノに復帰した。セア川に架かるカント橋を渡ると、しばらくは緑に囲まれた公園沿いの道が続く。


 その先でカミーノが二手に分かれている。正面に伸びているのが「レアル・カミーノ・フランセス」。スペイン語の「レアル」には「王室」だけじゃなく、「本物の」「真の」という意味があるから、こっちが「フランス人の道」の正式ルートということになる。対して、右に分かれていく道は「ローマ街道」だ。この手の分岐点では注意が必要だ。今夜の宿はレアル・カミーノ・フランセス沿いにあるから、うっかりローマ街道に進んでしまったら、とんでもない遠回りになってしまう。


 開けたカミーノをまっすぐ進んでいくと、次の小さな村が見えてきた。午前中に通り過ぎた村と同じように、レンガ造りの茶色い家がぽつぽつと並んでいる。


 村の真ん中あたりに、道端の低い石壁に腰掛けているおじさんがいた。


「こんにちは」


 僕が挨拶をすると、おじさんはにこやかに頷きながら返事を返してくれた。


「どこから来た? 韓国か?」


 今までの町や村でも同じだったけれど、どうやらこの村でも韓国の存在感は抜群らしい。


「いいえ、日本からです」


「そうかそうか、日本か」


 おじさんは笑顔を少しも崩さずに、言葉を続けた。


「首都は……ソウルだったかな?」


 僕は思わず、うーんと考え込んでしまった。おじさんにとっては日本も韓国も、はるか遠い東アジアの国のひとつに過ぎないのだろう。もしかすると、区別さえついていないのかもしれない。「首都は東京ですよ」と僕が答えても、おじさんはなんだか腑に落ちていないような表情を浮かべていた。


 今夜の宿がある村まで、後はほとんど一直線だ。これまでと大きく変わらない風景の中に、高速鉄道の高架橋がアクセントを加えている。


 歩きだして1時間ほど経った頃、突如として轟音が響き渡った。高架橋を駆け抜けていくスペイン版新幹線のAVEを目で追いかけた。小さな頃から僕は電車を見るのが好きだった。


 実家に帰ると、父が決まって話すエピソードがある。幼い僕と一緒に歩いている時、踏切に差しかかると遮断機が降り始める。普通の人なら「ああ、待たされるな」と思うはずだが、幼い僕は「ツイてたなあ!」と目を輝かせ、電車が通るのを嬉しそうに見ていたそうだ。その感覚は大人になった今も変わらず、思いがけず電車に遭遇すると心が躍る。


「スペイン版新幹線」と書いたけれど、日本とスペインの鉄道事情は大きく異なる。大都市を結ぶAVEの運行本数はかなり少なく、例えばバルセロナからマドリードへ移動しようと思っても、本数はせいぜい1、2時間に1本しかない。東京から新大阪までの新幹線を5分おきに運行しているのとは天と地の差がある。


 そして何より、スペインの鉄道は「蜘蛛の巣状」には発達していない。地方都市間を直接結ぶ路線はほとんどないため、末端の町から別の町へ電車で移動しようとすると、いったんマドリードに戻らなければならないということがよくある。そんなわけで、スペインの人々、そして多数の旅行者にとっても、縦横無尽に走る長距離バスの方が便利なのだ。そう考えると、電車の本数が少なくても特に問題はないのかもしれない。

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