第17話 「地下通路の調律師」
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夜の静けさの中に、
まるで“誰かが音を合わせている”ような気配を感じたことはないだろうか。
エアコンの低い唸り、廊下に響く靴音、壁の向こうの機械音。
何気ないそれらの“ノイズ”が、もしも“意図された調律”だったとしたら──
今回の投稿は、ある大学の音響実験棟にまつわるものだった。
深夜、その地下通路から一定の音階が響いてくる。
まるで見えない誰かが、何かを“調律”しているかのように。
そして録音されたその音には、投稿者の知らない“もうひとつの声”が重なっていた。
【DM本文より】――
「大学院で音響の研究をしています。
私の通う大学には、旧実験棟と新棟を繋ぐ地下通路があり、深夜になるとそこから『カーン、カーン……』という金属音が聞こえてくるという噂があります。
数日前、興味本位で録音機を設置してみました。
帰宅後にデータを確認すると、“音階のような響き”と、
それにかぶさるように、誰かの囁き声が入っていました。
調律用ハンマーの音に聞こえなくもなく、
ですが、うちの大学にはそのような用途の設備は存在しません。
……これは、“何かを揃えようとしている音”なんでしょうか?」
【検証配信】――
水島は深夜、投稿者立ち会いのもと、地下通路の入口前にカメラと録音機材を設置した。
現場はコンクリートの壁に囲まれた薄暗い直線通路で、時折、水の滴る音だけが反響している。
投稿者の青年は、フードを目深に被り、終始どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「異常事態調査室、水島です。今回は、とある大学の音響実験棟に繋がる地下通路に来ています。この通路の奥から、音階のような金属音が聞こえるという報告がありました」
水島が説明しているあいだ、投稿者は小さくうなずきながらも、通路の奥を見ないようにしていた。
水島は一歩踏み出す前に、投稿者が事前に録音した音声データを再生することにした。
スピーカーから「カーン……カーン……」という金属音が響き始める。
録音された音声の再生だが、それでも──まるで“今この通路の奥”から響いているような錯覚に、
水島も、視聴者も、そして投稿者も一瞬息を呑んだ。
「……音階になってる。“ド、レ、ミ……”って聞こえませんか?」
👤らんぷ:やば、ほんとに音階になってる
👤ナス科:誰かが音程で呼んでるみたいに聞こえる
👤白川夜舟:これピアノ調律用のハンマーじゃね?
水島はスマートフォンに繋いだ簡易の波形アプリで、録音された音を確認していく。
「……これ、“ド、レ、ミ……”って並んでるように見えるな」
彼が表示された波形を見ながら、眉をひそめる。
「“ラ”の次……“シ”の位置だけ、波が完全に抜けてる。音が……ない」
その瞬間、再生画面がピリッと一瞬だけ乱れた。
同時に、スピーカーから“耳元で囁くような声”が微かに混ざって再生される。
「……ファ……ちがう。君、ずれてる」
👤pika:誰か喋った?今の、完全に水島さんの声じゃなかった
👤涼子:今、後ろで“誰かが合わせようとしてる”って聞こえた……
👤かるいし:これ“調律がずれる”って、何の話してんの……?
水島は無言でヘッドホンを外し、眉をひそめたまま黙り込む。
画面に映った録音アプリの波形を、じっと見つめている。
「……おかしい。俺の声と、そっくりな何かが混じってる」
「でも……明らかに“違う”。最後の音が、ないんだ」
👤ささみ:水島さん、声のトーン変わってない?
👤十夜:てか、これ“調律”されてるってことじゃ……
👤ロウ:最後の音ってなんの話?水島さんがしゃべってるの??
そのとき、再生中の音声に微かなノイズが走った。
そして、スピーカーから──
「シィ──────────────────」
どこか遠く、それでいて耳元のような距離感で、異様に長い“シ”の音が再生された。
水島が何か言おうと口を開いた瞬間──
彼の声だけが、マイクから完全に消えた。
画面は急激にピンぼけし、音声もざらつく。
そして──ゆっくりと暗転していく。
【配信翌日】――
「昨日のアーカイブ、最初の30分は残ってるんですが……
“最後の音階”が鳴った瞬間から、映像と音声が消失しています」
「ただ、録音機材の中に“別の声”が残っていました。
僕と、もうひとつ。僕と同じ声で、“全く違う言葉”を話してる何かの」
「調律って、“正しい音に揃える”行為ですよね。
でも、その“正しさ”って、誰が決めてるんでしょうか。
“揃ったときに何が起きるか”を、誰も考えずに──
ただ、“最後の音”を出してしまったとしたら」
その後、水島は、DMをくれた投稿者のSNSを確認した。
だが、アカウント名はすでに変わっていた。
「Fa_ちがう」
過去の投稿はすべて削除されており、
唯一残されていたのは、1つの短いポストだけだった。
『7つ目の音を出したら、調律が終わるんだよ』
画面をスクロールする指が止まる。
まるで、水島にだけ見せるために残されたようなその言葉を見つめながら、
彼は、そっとヘッドホンを外した。
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《動画コメントより(抜粋)》
👤みさきち
最後の「シィ────────」がイヤホン越しに聞こえた瞬間、音が歪んだ気がした
👤音叉の人
“調律される側”って、つまり自分の方かもしれないって怖すぎる
👤ノイズ警察
波形で“水島の声”と完全一致してるのに、言ってることが違うのがゾッとした
👤ねるぽよ
一音足りない→揃った瞬間に異変って、オカルト構造として綺麗すぎて逆に怖い
👤音無まどか
あの「君、ずれてる」の声、自分の名前を言いかけた気がして泣いた
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