創作落語・チームみらいは未来の夢をみられるか

大石雅彦

第1話

「ご隠居ぉ、いらっしゃいますかい」

「おや熊さんじゃないか。どうした」

「いえね、もうじき参議院選挙じゃねえですか。いろんな奴が出てるんで、誰に入れりゃいいのか分かんなくなっちゃったんですよ。それでどこがお勧めか、ご隠居に聞こうと思って。あのジジィなら高慢なツラして、喜んでゴタクをのたまわりやがるでしょうから」

「本人を目の前にして言うことではないな」

「こいつぁすいません。で、どこなら良いんですかい。ちゃっちゃっと教えてくんねぇ」

「そういうことは、自分でしっかり考えなくちゃいけない。大事な一票だ。人に聞かないで、自分の思うところと一番合う候補者を、自分で選ぶんだ」

「なんだか七面倒ですねえ。じゃ、ご隠居は誰に入れるんですか」

「まだ決めてはいないが、注目している勢力はある」

「注目ときましたね。相変わらずのインテリぶりだ。どこです?」

「安野さんという人が中心になって始めた、『チームみらい』だ」

「へえ、アンノさん出てるんですか」

「あれ、知ってるのかい」

「舐めてもらっちゃ困りますね、知ってますよ有名ですから。こう見えてもあっしゃあ二回も見に行きました」

「都知事選の街頭演説かい」

「いやぁ、シン・ゴジラ」

「その庵野さんじゃあないよ。安野たかひろという、東大出のAIエンジニアだ」

「東出昌大はイケメンだからあんまり好きじゃない」

「なにを言ってるんだ。AIやITの力で民主主義を進化(アップデート)させようというのが、チームみらいの基本的な態度だな」

「あちゃー、そりゃあダメだ。そのうちコンピュータが人間に反旗を翻して、未来からロボットが人類を滅ぼしにやってくるんでしょ?デデンデンデデン」

「その心配はないよ。機械がお告げのように『あーしろ、こーしろ』と判断を下すわけじゃないんだ。決めるのはあくまで人間なんだよ」

「ほらやっぱり悪魔じゃないですか」

「おまえ、分かってて言ってないか。だからな、自分たちで自分たちのことを決めるのが民主主義なんだが、たとえば一億人以上いる日本人が全員で意見を出し合って、税金から子育てから、教育や医療や福祉、外交、国防などという幅広いことを決めることはできないだろう」

「そりゃあ無理ですね。ウチのかみさんなんざ、今晩のおかずがまだ決まらない」

「そこで国民の中から代表者を選んで、その人たちで話し合って国のいろんな方針を決めよう、という議会制民主主義、つまり間接民主制ができた。国会議員のことを代議士というのは、このためだ」

「代議士てぇと、悪人面しか思い浮かびませんが」

「まあ、ドラマや映画だとそんなもんだな。実際、程度の低い代議士もいるからな。ほんとはみんなで決める直接民主制が望ましいんだが、さっきも言ったようにそれは現実的ではない。ところが、だ。チームみらいは、これをデジタル・プラットフォームの力で、一歩前に進めようと言うんだな」

「またミョウチキリンな外国語がでたね」

「みんなで意見を出し合おう、ったって、分野もテーマも山ほどあるし、言う人の立場や属性も違うから、わいわい言い合ってるだけじゃまず収拾はつかない」

「ウチの町内会もそうでさ。声の大きい威張ってるやつが勝つ」

「そうだろう。だが情報処理の技術が進んで、それをうまく交通整理することができる時代になった。まずどんな問題点や課題があるのか、デジタルツールを駆使してわかりやすく示していく。前提となる認識を共有するわけだな。その際、裏付けとなるデータや参照資料も、リンクで紐づけることができる」

「縁日で売ってる飴のくじみてぇだね」

「若い人にゃわからねぇよ。そんで、市民や国民に意見を聞く仕組みとして、パブリックコメントてえのがあるだろう」

「ああ、太平洋で食べる砂糖菓子だ」

「なんだいそれは」

「パシフィック金平糖」

「……無理があるボケだなあ。話が前に進まないじゃないか。パブリックコメントっていうのは、今度こういう制度を創ろう、こういう政策を進めようって時に、それについてどう思うか広く人々から意見を募るんだ。でも、よっぽど言いたいことがある人でもなければ、積極的に意見を言ってくれない。そこでITやAIの出番だ」

「出たな巨人頭脳ブレイン!」

「大鉄人ワンセブンな。おまえいくつだい?そうじゃなくて、対話型のAIやビジュアライズされたインターフェイスで、コメントしやすい環境を整えて参加を促そうってことだ」

「でも、大勢が意見を言ったら言ったで、コンピュータは処理できても人間様の方が追っ付かねえでしょ」

「おお、たまには良いこと言うね。そうなんだよ。普通の人間の頭は、膨大な情報を論理的に切り分けて、整理・体系づけて記憶したり、上書きしたりするのが不得意にできている。だからそこは、機械にアシストしてもらって、合意を形成する道筋を見つけながら、じっくり議論を収束させていこうと言うんだ。収束の経緯も辿れるから、どこからどんな流れになって結論が導き出されたのかも、分かる仕組みになる。またAIが示す市場メカニズムを取り入れた未来の予測シナリオも、意思決定の確度を高めることに役立つんだな」

「へえ、便利ですねえ」

「つまり、市民・国民が主体となって、機械や技術を『使いこなす』国になろうというのが、チームみらいの主張なわけだ。ITもAIも、せんじ詰めればただの道具だからな」

「要するに頭のいい機械が、あっしのアシスタントになってくれるってんですかい。巨大ロボットの研究所で働いてるみてぇで、ちょっとかっこいいね」

「その発想から離れなてぇんだよ。まあ、そうは言っても問題点はあるんだ」

「どんなところですか?」

「『みんなで意見を交わし、収斂して最適解を導き出そう』ってのは、意思決定のプロセスを重視したアプローチだ。最初に強い思想と信念に基づいて、『我々はこうしたいと考える。さあ、どうだ』と人々に問うリーダーシップ型の政治とは逆のスタイルだな。前者がボトムアップなら、後者はトップダウンと言える」

「ダウンタウンはいつ復活するんでしょう」

「知らないよそんなことは。まあここのところを、懸念する人もいるわけだ。みんなの話し合いで決めるてえのは一見良さそうに思えるが、一方でポピュリズムに陥る危険性もあり得る」

「ポピュリズムは繰り返しますからね」

「ん!?おまえにしては鋭いじゃないか」

「♪また繰り返す、このポピュリズム」

「それはポリリズムだ。真面目に言ってるのかどうも分からんなおまえは。おそらくチームみらいは、人々の集合知というものを信じ、そこに期待しているんだろう。しかし、ナチスドイツもクメール・ルージュも、民衆から支持されて台頭した。大勢で決めたことが必ずしも正しいとは限らない。このとき、判断の基準になるのがイデオロギー(思想的観念)だ。おっと、伝説巨人じゃないぞ」

「ちっ、先に言われちまったぜ」

「むはは。たとえばだな。国際社会の中で、国としての態度や立場をどう表明するのか。ウクライナだとかパレスチナの問題に対して、日本はどうすべきなのか。こういった国家の根幹にかかわることを、『ではみんなで考えよう』から始めるのはいかにも心もとないし、信頼がおけないと思う人も少なくない」

「どうにもむつかしいね。あっしゃあだんだんアタマが痛くなってきました」

「大事なところだから我慢してお聞き。チームみらいはみんなの意見を取り入れて、政策をどんどんアップデートしていく、と言う。過ちを改むるにはばかること勿れ、な態度は立派だが、政策態度が流動的では安心して任せることができない、との批判もあながち的外れではない」

「腰が据わってないんすかね」

「というより、そもそも良くも悪くも腰を作らないんだ。だから誰ともつながれる可能性がありつつ、明確な思想背景を求める人々とは連携しにくい面がある。私が昔選挙に出たときの話だが、民主主義のポテンシャルを信じて『みんなで意見を出し合おう』という方針を打ち立てたら、『なんだ、政策はこれから決めるんだって』と言われてしまったことがある」

「え!?ご隠居選挙に出たんですか?うんちくジジイ総選挙でやすか?」

「若い時の話だって言ってるだろ、まったくもう。若いと言えば、チームみらいが擁立する候補者の平均年齢は35歳だそうだ」

「若くて頭が良くて、スマートで金に困ってなくて、東大でITでAIでテクノロジーなんすね。やっぱり嫌なヤローだね東出昌大は」

「だから東出は関係ないって。もっとも、そんなエリートお坊ちゃま風な印象が、マイナスに働くことはあるなあ。コンサルタントの大前研一氏が都知事選に出たときも、『あれはブレーン、参謀向きだよ』なんて言われたもんだ」

「参謀マスター。世界はそれをAIと呼ぶんだぜ」

「誰がうまいこと言えと。全然うまくないし。真面目で優等生の学級委員がロジカルに理屈を述べてると、なぜか反発したくなる気持ちに似ているかもな」

「あっしなんざぁ、しっかりした眼鏡女子の委員長に叱られた日にゃ、めちゃくちゃ萌えますけどね」

「だらしがないなあ。実を言うと、今日たまたまチームみらいの候補者の街頭演説を聞いたんだ。これが真っ当なんだよ、言ってることは。ただ、真面目で地味なんだな。今のままではいけない、民主主義をテクノロジーでアップデートします!私たちは、誰かをおとしめない。分断をあおらない。まったくその通りなんだが、やはり順を追って論理的に聴いてもらわないと、目指すビジョンや世界観が伝わりにくいという弱点がある。だからwebを見てください、マニフェストを見てください、という他なくなる」

「あれね。字が多いと、飛ばしちまうんすよ」

「だから、結局政治参加に興味関心のある層にしかリーチできない。来る者は大歓迎だが、来ない者は置いていく、という態度に

「見えてしまう、てえことは、ほんとはそうじゃないんですね」

「この弱点について、『制度としての強制力が設計されていない』と表現した人がXにいた。つまり、共感の外にいる人たちを巻き込む仕組みになっていない、というんだな。だから、人間ではなくテクノロジーに意識が向いているだとか、感情が抜け落ちて冷たい印象だとか言われてしまう」

「カクヨムで書いた小説を『人間が描けていない』と批判されると、がっくりきますね」

「ここの投稿者なら切実に判ってもらえそうな比喩だな。まあ、知性に裏付けられたクールな態度が、裏を返せば熱量を感じにくい取り澄ました様子に思えるわけだ。そこが、都知事選の時にもやや言われていたことだが、内輪で盛り上がるエコーチェンバー化を促して、最も訴求すべき浮動層にリーチできていない原因なのでは、と私は考えている」

「もったいねえですねぇ。笛吹けど踊らないポンポコリンだ」

「マトリクスで考えるとわかりやすい。縦棒と横棒をクロスさせて、四つの象限(ゾーン)を作るんだ。横棒の左端に『ロジカル、明晰』と書き、反対側の端に『感情、情緒』と書く。縦棒の上端には『イデオロギー、リーダーシップ』と記し、下端には『熟議、民主』という言葉を置く。この四つの視点からみたとき、政党としての態度や特徴がどんなスタイルになっているのか、がこれで分かる」

「なるほどな、ミスター・アンダーソン」

「言うと思ったよ。このマトリクスでは、チームみらいは『ロジカル、明晰×熟議、民主』のゾーンに当てはまる。他党のポスターや選挙公報を見ても、『消費税減税!』とか『日本人ファースト』とか、『物価高を乗り越える』『手取りを増やす』といったような、力強いかつ情に訴えるメッセージが多いんだが、チームみらいが掲げるスローガンは『政治の問題、テクノロジーで解決します』というものだ」

「ここまで説明してもらったからあっしゃあ理解できますが、インパクトは弱いかもしれませんねえ」

「そうなんだ。そこがチームみらいの長所でもあり、弱点でもある。と私は思っている」

「どうすりゃもっと理解が広まるんですかね」

「サポーターになるつもりなら、政治集団としては不足している『熱量』の部分を補完して、周囲に価値を熱く伝導するエバンジェリスト役を引き受けたらどうかな」

「なるほど、エヴァンゲリヲンですか!わっかりました。うぉーっおめでとうおめでとうおめでとう……」

「あーちょっと待て、おい、おーい。あーあ、エヴァだけに、暴走しちまった。」

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