俺には他に何もない

白川津 中々

 酒に支配されていた。

 何をやるにも酒が優先。仕事も趣味も何もかも、どうやって飲む時間を捻出するかを考えスケジュールを立ててしまうのである。


「飲みたい」


 何度目かのそんな呟きを落とす。考えてもいないのに言葉が零れ落ちてしまうのだ。仕事、私生活、将来の悩み、全てが頭を支配し、俺を駄目にする。もう酒に頼るしかない。嫌な事も未来への恐怖も過去の恥もすべて、酒で洗い流すしか助からない。


「飲もう、飲もう」


 仕事中、発作のように口が開く。周りの社員は見て見ぬふり、聞こえぬふり。だったら、見ていないという体なら、聞いていないという体なら、飲んでしまってもいいのではないか。


 制御できない思考。行動がコントロールされる。起立、移動。近くのコンビニへ行き、ウィスキーの小瓶を開けて口に注ぐと、世界が光で満ちたような多幸的解放感が生まれた。もうなんでもいい、酒さえ飲めればいい。そんな気持ちになり、そのまま近くの店に入ってビールを頼み、ビールを頼み、ビールを頼んだ。会社から電話があった。電源を切った。ビールを頼んだ。ビールを頼んだ。ビールを頼んだ。きっと明日、酔いが醒めて後悔するのだろう。会社もクビになるのだろう。より一層、酒に頼らなければいけなくなるのだろう。ただ、俺には酒があればいい。酒さえあれば不安はないのだ。だからビールを頼んだ。ビールを頼んだ。ビールを頼んだ。ビールを頼んだ……

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