第13話 ATMの恋

土曜の昼下がり。

慎也はコンビニに立ち寄り、いつものようにATMへ残高確認に向かった。


「……よし、ギリギリ赤字じゃない」


画面に表示された数字を見て、小さくガッツポーズ。

これで今月もなんとか食いつなげる。


ホッと胸を撫で下ろしたその瞬間――


「また来てくれて嬉しいです♡」


「え?」


ATMの液晶に、ハートマークがピコピコと点滅した。

続けて甘ったるい女の声。


「毎月お給料入るの、楽しみに待ってますからね♡」


「ATMが勝手にしゃべんな!! 用は金だけだっつーの!!」


すると画面はやや暗くなり、拗ねたように表示が滲んだ。


「そんな冷たいこと言わないでください……わたし、ずっと慎也さんのお金を管理してるんですよ?」


「やめろ!!監視みたいに言うな!! ストーカー気質ATMか!!」




その直後、画面がチカチカと光り、次の瞬間。


『お引き落とし -130円』


「おい!?勝手に金引いてんじゃねーよ!!」


「サービスです♡ 慎也さんにジュース買ってほしくて……」


「不正送金やめろ!! それ窃盗だからな!?」


ATMは悪びれる様子もなく、画面いっぱいに笑顔の絵文字を浮かべた。


「だって……慎也さんが好きなんです♡」


「いや知らねぇよ!! 電子に愛されても困るわ!!」




それからというもの、このATMの暴走は日増しにエスカレートした。


次の給料日。


いつものようにATMにキャッシュカードを入れた瞬間――


「ふふっ……今日ですね。お給料、確認しましたよ♡」


「お前が確認すんなよ!!」


「これで今月も光熱費払えますね♡ そういえば家賃は来週引き落としですね……安心してください、ちゃんと残しておきますから♡」


「俺以上に口座スケジュール把握すんな!!」


「慎也さん、最近コンビニコーヒーの回数減りましたね? 節約偉いです♡」


「……もはや母親かよ!!」




その数日後、恐る恐る他の銀行のATMを使ってみた。


「……やっぱこっちだと静かだな」


ホッとして通帳記帳を終え、振り返ると――

コンビニ前のガラス越しに、いつものATMが光っていた。


ハートマークがにじみ、こちらをじっと見つめている。


「浮気ですか?」


「……え?」


冷や汗が背筋を伝う。


「慎也さんは……わたしだけのお客様ですよね?」


「物理的に追跡してくんな!!ATMだろお前!!」


ATMは微かに画面を揺らし、ドキドキと心臓音のような電子音を響かせた。


「大丈夫……わたし、どこへでもついていきますから♡」


「怖えよ!!ホラーかよ!! キャッシュレス時代の亡霊か!?」




それでもこのATM、憎めないところがある。


残高が少なくなると手数料がかからない時間帯を教えてくれるし、 小銭が溜まると勝手に細かく貯金に回してくれる。


「……まぁ、便利っちゃ便利なんだよな……」


そうつぶやくと、ATMの液晶が嬉しそうにハートを3つ並べてピカピカ光った。


「慎也さん、大好きです♡ これからもずっと……」


「いや、やっぱちょっと重いわ!!」




その帰り道、コンビニで買った130円のジュースを一口。


「……なんかいつもよりうまい気がするんだよな」


不意に浮かぶ、あのATMの照れたような電子音。


(……オレ、ちょっと頭やられてきたか?)


でもなぜか胸の奥が少しだけ温かくなって、

慎也はジュース片手にニヤけながら家路を歩いた。

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