第3話 やっぱりよかった

 描いて、描いて、描いて、描いて。


 ボツ。これも違う。こんなの私じゃない。

 ボツ。こんなんで「好き」が伝わると思うのか。

 ボツ。ボツ。ボツ。ボツ。


 紙を破ったりくしゃくしゃにしたりしているわけじゃないから、総数何枚描いたか分からない。液タブはピンピンしている。ありがとう。まだ描くよ。


 勢いで描きたくなかったから、休日を返上して、しっかり寝て、休みも取りながら描いた。とにかく頭を回して描いた。いつも考えないで描いていたから、これが一番きつかった。


 どうやって伝えるか、どうやったら伝わるのか、考えながら描く。

 死ぬ気でやった。

 後にも先にも、こんなに必死に絵を描くような経験は少ないだろう。


 ペン先の替えを買った。配送されるのは明日の朝になる。それまでに完成するかどうか分からない。完成してしまえ、と思う。でもまだ、とも思う。


 楽しかったのだ。

 これまでにないくらい、描くのが楽しかった。

 脳みそが焼き切れてもはや灰を動かしてるんじゃないかって錯覚しているような状況だけど、好きなものを描くのは楽しかった。


「これと、この要素はいいな……あーでも、キメラになっちゃう」


 あれこれ思索を巡らせて、自分の好きを表現する。

 「生きてる」って、感じがした。



「おはよぉ」

「おはよう!」

「おはー」


 月曜の朝は、ひときわ眩しい。

 完成したデータを持って、しかし私は、岡野くんに声を掛けられずにいた。


「おはようございます! 岡野くん! よくもあれだけボロクソに言ってくれました! おかげさまで、会心の出来の更に上、見つけちゃいましたよ!!」

 なんて、妄想上ですら言うのが憚られる。


 ただ彼を見つめて棒立ちになっていると、ふと岡野くんの目が私を捉えた。


「わりーみんな! 俺ちょい離脱ね」

「えーなんだよ」

「大輝ぃ、ノリ悪」

「なになに? 藤崎さん狙ってんの」

「マジかダイキー!」


 きゃいきゃいと盛り上がる男女をかき分けて、岡野くんはこちらに向かってくる。


「狙ってるとか、そういうんじゃねーから」

 岡野くんは彼らを振り向いて、キラキラの笑顔で言った。


「見つけちった! それだけ」


 一軍たちは揃って「はぁ?」という顔をした後、岡野くんのキラキラパワーに押し負けて、「早く帰ってきてよ」「じゃあ楽しんで」などともにょもにょ言って各自席に散って行った。


 岡野くんは「ここじゃアレだし、屋上行かね?」と小さい声で話しかけてきた。


「授業始まるまでの間、ちょっとでいいから! な!」


 屋上。

 リア充たちの巣窟。キラキラした青春の象徴。


「はっ……はい!」

 思わず頷いていた。



「うわー! これ、これ、こういうのだよ!」


 岡野くんは思った以上の好反応を示してくれた。


「ぁー…………かっけぇ……」

 私のイラストを、拡大して、隅々まで見てくれている。


 私の好きなものを。

 それは何よりも大きな喜びだった。


 体験したことがない。そんな気持ちを、ここ数日間でどれだけ経験しただろうか。させられただろうか。

 こんなに嬉しいことはなかった。


「かっこいいとか! そんな!」


 私は喜びを隠せないまま、謙遜に走った。

 自分の描いたイラストは、間違いなく良い絵だと言える。だがそこに描いてある女の子がかっこいいかと言われると、イェスとは言えない。


 私のいつもの無造作な二つ結びを、ツインテールに落とし込んだ。黒髪はそのまんま。

 体型も、かなりぽっちゃりにした。

 眼鏡はモノクルにして、目尻は垂れさせた。


「だってかなり、かなり私に寄せちゃったんです、結局」


 私のコンプレックス総盛りだ。

 でもこのコンプレックスを、私の大好きな大好きな機関車で包み込んだ。


 スチームパンクである。


「いや、それがいーんだって」


 ごてごてに装飾したわけではない。

 本当に、ただ、私の嫌いな自分を、私の好きなもので包んだ。それだけだ。


「俺は、藤崎だから作れるVが見たかった! これは、藤崎自身だ。そう思う」

 岡野くんは、目を輝かせて、私にスマホを返却した。


「これは俄然やる気出るわ」

 スクールバッグから、ノートパソコンを取り出した岡野くんは、ソフトを立ち上げた。動画で見たことがある。作曲ソフトだ。


「今から作るんですか!? もう授業、始まりますけど」

 言い終わるが早いか、始業のチャイムが鳴り響く。


 だが岡野くんにその音は届かなかった。


「いーの! これ書かないと、鳴り止むから!」


 その言葉が指すのは、チャイムの音ではなかった。


 彼の頭には、もう音楽が鳴っていたのだ。

 凄まじい勢いでマウスを動かし、画面を動かしていく。彼のその様は、あの時教えてくれた「独P」という正体に当てはまってしまうものだった。


 私も。


「私も、残ります! 何か手伝えること、ありますか!」

「うーん、無い!」


 岡野くんはワイヤレスイヤホンを着けると、パソコンに向き直ってしまった。


 届くか分からないが、叫ぶ。

「動かす準備、します! この絵に、命を入れます!」


 普通は魂とか、そういう言い方をするのだが、今はそういう、スラング的なノリで言いたくなかった。


 岡野くんが引っ張り出してくれた、このイラストに、私の命を乗せる。乗せるどころの話じゃないかもしれない。

 このイラストは、まさしく私の命そのものだった。


 岡野くんは、こちらを振り返らずに、ビッと親指を立てた。

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