012『プリンス=オブ=ファイティングハイスクール!』
矢久勝基@修行中。百篇予定
012『プリンス=オブ=ファイティングハイスクール』
飛ぶ!!!
俺、飛ぶぅぅぅぅぅ!!
人間って人間の蹴りでこんなに飛ぶものか!! いや、そんなはずはない! 過剰演出も大概にしろ!!
……地上ははるか遠くに見えて、俺は野球で言えば年俸三億で雇われた助っ人外人が打ち出した場外ホームランのような、放物線を描いて舞っている。
これ……叩きつけられたら死ぬよな。死ぬっていうか、死ぬよな絶対!!
この際気を失ってくれれば楽なんじゃないかと思うのだが、意識はホームラン打った助っ人外人のドヤ顔が思い浮かぶくらい鮮明だ。
鮮明なまま地上が迫る。痛いぞこれは。超絶痛いぞ絶対!!!
あ、もうだめ。もうだめだぁぁぁ!!!
俺は覚悟を決めて目をつぶり、叩きつけられた音を他人事のように聞いていた。
……で、車に轢かれた人形みたく、無様に倒れて動かなくなるわけじゃん。
はるかかなたでは、俺を野球のボールみたいにした、空手やってるオッサンの決めポーズなんかが見えるわけよ。それでどこからともなく「ユー・ルーズ(お前の負け)」とか聞こえてくる。ついでに言えば〝画面の外〟ではそんな俺を見て「馬鹿じゃね?」くらいな顔で見ている人間様がいたりする。
それを見てる俺、全然死んでない。フレームアウトをきっかけに誰も見てないところで平気な顔して寝そべったまま、今、しゃべってるのが証拠だ。
もうわかったかな? ここはゲームの世界なんだよ。人気格闘ゲーム「プリンス=オブ=ファイティングハイスクール」の世界へようこそ。
今日はまぁ、俺の話でも聞いてってくれよ。
……と、その前に、二十メートルはぶっ飛んだ俺を、心配して仲間が来てくれたようだから紹介したい。
「清明(せいめい)ーーー!」
男心をくすぐる周波数帯で俺の名前を呼ぶその娘の名前は、神宮院ほのか。格闘家で映画俳優で茶道の師範で高校三年生という、ゲームだけに無茶な経歴をもつ十八歳だ。
「ほのか……」
「もう! 弱いのもいい加減にしてくんない!?」
地面に転がったままの俺に、容赦のない罵声を浴びせるほのか。
「アンタ今まで何回負けてると思ってるの!? 一回でも勝ったことあるの? なに、小学生になら勝てる? 幼稚園児になら勝てる?」
「あの……言葉が痛すぎるんですが……」
「馬鹿なの!? ネコとかハムスターとかミジンコのほうがまだ強いよね!! アンタ明日からうちのハムちゃんと代わってかごの中で走ってる?」
キツい。清純派俳優とか呼ばれてるほのかの実態がこれだ。俺が負けるたびに、倒れている俺に手を差し伸べてくれることもなく、わざわざなじりにだけやってくる。それも画面からフレームアウトしている時のみ現れる本性なので、画面の向こうの人間様たちは気づくこともない。
普段は折り紙つきのかわいさを武器に、茶道具を駆使して戦う(という無理な設定の)身の軽いセーラー服美女だ。
「いつまで寝てんの? 通りかかる車に轢かれるまで待ってるつもり?」
「手……手を貸してくれてもいいと思う……」
するとほのかは今までそぶりも見せてなかったのに、ポケットからオレンジ色のコンパクトを取り出して、
「ヤダよ。眉毛直さないといけないんだから」
どんな言い訳だよ。しかたなく俺は腰を起こして彼女の隣に立った。コンパクトに映る自分から目も離さずにほのかは言う。
「次の相手チームの名前知ってる? ジャングル学園だって。なんかくっさそうで嫌だよね」
……お前いつも画面上で「どんな相手とも喜んで戦います!」的なことを嬉々として言ってるだろうが。
「ん? なんか言った?」
「いや、なんでもない」
コンパクトを離れてこっちに向いた視線には、虫けらを見るような悪意しか見えない。
「アンタってさ……」
うわ……またなんか言われる。もう、目が語ってる、顔に書いてある。
「わたしのおかげで生きてるようなもんだよね……」
「……」
「感謝して、毎日寝る前にわたしの家の方に拝みなさいね。そしたらしょうがないからペア続けてあげるから」
「……なあ、今の顔写メに撮っていい?」
「ダメに決まってんじゃない。わたしの生写真とかいくらすると思ってんの?」
そういう意味じゃない。この顔写メで撮ってネットに流したら明日にでも俳優を廃業させられる自信がある。きっとコラージュでもこれほどの落差はなかなか作れまい。
……とはいえ、表の顔はまさに国民的アイドルのそれだ。カチューシャ付きの長い髪があざとすぎて『かわいくてごめん』なんて歌ったら殺意の湧く女子も多いはず。
そういう後光が差してるような女子と、ただの凡人の俺というちぐはぐなペアチームが編成されている。その理由が強引すぎてゲームだ。以下、設定資料集から抜粋。
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幼い頃、川に流された清明は超能力に目覚めたが、その後宇宙人に拉致されてその能力を封じ込められてしまった。おかげで謎の組織である『ξ』にマークされ、幾度も生命の淵をさまようこととなる。
それを見過ごすことのできなかった心の優しい同級生の神宮院ほのかが力を貸し、その秘密を探ることとなった。
結果、『ξ』の出先機関が『帝王学園高校』の生徒会であることが判明。ただ、ガードが硬すぎてどうにも近寄れない。
そんな折、『プリンス=オブ=ファイティングハイスクール』を開催するという達しがあった。……その主催者が、驚いたことに帝王学園高校生徒会であったのだ。
清明とほのかは出場を決意。世界の強豪校を相手に、ルール無用の格闘バトルの世界に飛び込んだのであった(原文ママ)
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……強引すぎるだろ!!
しかもこの時点ではほのかは、いつ格闘技の練習なんかするんだよっていう普通のスター女優(?)であり、俺も格闘素人だ。普通に考えて、優勝する以前の問題のはずなんだが。
実際は、連戦連勝だ。俺は当然の如く一勝もできないが、ほのかが無双してる。それはなぜかを、今から説明する。
当たり前だが、格闘ゲームをやる層は男が圧倒的に多い。ほのかは画面の向こうでも人気で、グッズの売れ行きは現実のアイドルと大差ないまである。
当然ウチのチームなどを選択するプレイヤーの二八〇パーセントは、ほのかが目当てであり、俺なんかは人間様の目に映っているかどうかすら怪しい。
そういう姿勢は当然、実際のゲームプレイにも現れる。実際、ほのかと俺の攻略WIKIを見ても、ほのかには週間で千件以上のコメントがついているのに、俺なんてたったの三件で、しかもそのうち一件がゲームどころか俺の話でもないスパムコメントだ。露骨すぎて涙も出ない。
そんな感じで人間様たちの入れ込みようが違いすぎることに加えて、戦いは勝ち抜き戦だから、俺が勝てなくてもほのかが二回勝てばいい。……結果、俺が一度も勝てなくても、連戦連勝を飾るチームとなってしまうというこの切なさ。
そういうぶっ壊され性能の俺は、ついでに顔面偏差値もぶっ壊されている。どれくらいヒドイかってモルドフかっていうくらいにヒドイ。知らない人はググればいいと思うよ? なんなら、あれあのまま俺だと思ってくれてもいいよ?
俺が宇宙人に目をつけられたり『ξ』からマークされるのは、この貫禄ありまくりな強面が原因なんじゃないだろうかと思えるほどであり、開発陣の悪意しか感じない。昔、よほどモルドフに煮え湯を飲まされた開発者の一人が復讐の材料に俺を使っているんじゃないかと思えるほどだ。
そんなだから女性ファンもつくはずはなく、プレイヤーにも見放され適当にあしらわれた挙句に、対戦相手には肉体的に打ちのめされて、ほのかには精神的に叩かれ続けるという……。
ちなみに、このゲームの題名が『プリンス=オブ=ファイティングハイスクール』であるように、ここに登場する格闘家たちはすべてが高校生である。さっき俺を場外ホームランよろしくぶっ飛ばした空手家を俺はオッサンと言ったが、あれも高校生。四十近くに見えたけど高校生。
モルドフな俺も当然きゃぴきゃぴな『ワクワクドキドキ学園高校』の三年生で、格闘技素人ペアなのになぜかウチのチームは優勝候補とか言われている。
さぁ、もうそろそろ誰かツッコんだ方がいいと思う。『設定が無茶すぎるぞ』と。
……続くジャングル高校チーム一回戦。俺の相手はサルのようなアーミーだ。
「うけけけけけけけけ!!! 食らってやろうか!!」
「もう少し高校生らしくしろ!!」
「お前に言われたくないなぁ顔面ゴリラァァ!」
「俺が高校生らしくないのは顔だけだ!!」
不毛なやりとりでにらみ合う両者。こうなれば力ずくで分からせてやるしかない。
俺は構えた。超能力は宇宙人に封じ込められてるため使えず、完全なる我流拳法を駆使しなければならない。つまりただのケンカ。花山薫ならともかく、ただの素人が本格的に格闘術を学んでる奴に勝てるはずがない。
ほのかなんて、画面の外に声が聞こえないことをいいことに、
「次負けたら死んでねーー!!」
とか言ってるし、俺が弱いのはゲーム内でも有名なもんだから、向こうのチームメイトなんかは、
「よし! とどめだ!!」
……始まる前からホームラン予告してるし。
「あ! やっぱ死んじゃダメ!! 死ぬなら多額の生命保険に入って、受取人をわたしにしてから死んでーーー!!」
……
……もうアイツ、一回誰か殺して。
ほのかの掛け声を振り切るように駆けだした俺は、高校生らしさのかけらもないアーミーへと迫る。対して、がに股四つんばいに近い格好をしている彼は、高校生どころか人間らしく闘うつもりすらないらしい。
「うけーーー!!」
サルの右手から発せられる大量の蜘蛛の糸。さすがだジャングル。サルの常識さえ無視ときた。
直線的に放たれたそれを俺はステップでかわそうとした。しかし蜘蛛の糸は投げ網のように広がって、逃げ場をすべてふさいでくる!
「うわっ!!」
そして一度接触すれば、それは勢いのついた鎖鎌のように俺を一瞬でからめとった。
「うわっ! ダッサ!!」
すかさず飛んでくる仲間からの追い打ち。
「とっておきだぜ!! ケヘヘヘヘヘヘェェ!!!」
二撃目にして〝とっておき〟を使うサル。アーミー丸無視の金属バットを握りしめ、全開のゴルフスィングを容赦なく俺に叩き込む。
「葬らぁぁぁぁぁん!!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の身体は、地球を一周してジャングルの密林へと消えていった。
無様に倒れている俺の頭の脇にそびえる、腕を組んで立つ女。
膝上二十センチのミニスカートなのに、見上げてもギリギリパンツが見えない。この辺、コンプライアンスの問題なのかこの格闘ゲームは非常に厳しく、こんな格好してひらひらと飛び回っているのに一切のパンチラはない。関係ないけど、ビキニはおっけーなのにパンチラはダメってどういう基準なのか、偉い人に聞いてみたい。
ともあれ、腕を組んで見下ろしてる女は、トーンの高いため息を一つついてみせた。
「土下座して」
「あのさぁ……もう少し、いつもの表の顔で話してくれない……?」
「あれは有料。ファンサービス」
「俺、絶対お前の弱み握ってると思うんだけどな……」
「誰がアンタの言うことなんて信じると思うの?」
その瞬間、俺は一瞬でスマホを取り出しシャッターを切る。ブレてなければさぞ冷たく見下ろす目が強調されていることだろう。
その様を、再びなじるほのか。
「アンタ、反省してないよね。自分が弱いこと、わたしに迷惑かけてること、……なんにも反省してないよね?」
「しかたないんだよ! キャラの強さはプレイヤーのスキルと愛次第なんだから!!」
「愛されないキャラクターでご愁傷様。とにかく土下座して。あとアンタのために替え歌作ってきてあげたから、土下座の後にその顔で歌って」
渡されるメモ用紙。無駄にかわいいクマのキャラクターがちりばめられたメモ用紙いっぱいに描かれた辛辣な歌詞。
Chu! 弱すぎてごめん
3秒 もたなくてごめん
Chu! ブサイクでごめん
生まれ、てきちゃってGO・ME・N・・☆
俺は拳を地面に打ち付けて、この好き勝手な女に詰め寄ると、言った。
「お前な! こういう風に前半主人公がディスられまくるお話の結末がどうなるか知ってんのか!?」
「はぁ? どうにもなんないわよ」
「こんなの『ざまぁ』と『復讐』フラグに決まってんだろ! お前最後、ものすごい目に遭うからな!」
「へ~~、例えば?」
「例えば? ……例えば……」
俺の脳裏の、めくるめく倒錯の世界が急加速。この女のあられもない姿。人間の尊厳を破壊されつくされ、それでも一つも同情されない彼女の無様な姿が、見るモノの嘲笑を浴びる……
その際の卑猥な表現に、ほのかは一瞬顔を赤らめたが、すぐに虚勢を張ってみせた。
「はっ! そんなの、アンタがわたしたちより強くなんなきゃ無理じゃん」
「とは限らない」
俺はスマホの写真を開く。
「俺は今、決定的なお前の弱みを握ったのだ!!」
そして彼女の方へと画面を向けた。そこには自分を冷たく見下ろすほのかの姿が写し出されている。
「へぇ~~。どんな弱み?」
が、画面を一瞥しても彼女の顔色は一つも変わらない。画面を翻してスマホを覗いた俺は……驚愕を超えて、むしろちょっと癒されてしまっていた。
彼女はシャッターが切られたその瞬間だけ、倒された俺を満面で気遣う、天使のような憂い顔をしていたのだ。
てかめっちゃかわいい。これはこれで売れる。
画面上では今、ほのかが戦っている。茶道の師範らしく(?)、身の軽さを生かした華麗な身のこなしで、ジャングルの原住民(高校生)を全く寄せ付けない。
「青竹茶筅でお茶ちゃっと立ちゃ!!」
「ぶへぼーー!!」
……それをぼんやりと眺めながら、画面の見切れたところで、俺は一人葛藤していた。
あの女を凌辱したい……もとい、ぎゃふんと言わせたい。しかしこのままではどう転んでもあの女には勝てないし、対戦相手にも勝てない。
「うーん」とうなりつつ、一度も着地せずに空中で三段蹴りを命中させたほのかに屈服する原住民の姿を見た。相手は三メートル近くある筋骨隆々な巨人(高校生)なのに、ほのかの細腕で仕留めてしまう辺りがゲームだ。これで俺たちの勝利が確定し、俺はまた、次を戦わなければならなくなった。
こんな生活がいつまで続くのか……。俺はしかし、ため息をついた次の瞬間には首を振っていた。
こんなままで終わるはずがない! きっと誰もがほのかの泣きわめく様を見たいはずだ! そのために、俺はこのままでいいはずはないのだ!!
……そう思った矢先だった。なんか、変なものが見えて俺は目を凝らす。
それは、空にあった。夏のわた雲浮かぶ水色の空に浮かぶ、一つの点。
俺は再び言葉を失った。みるみるうちに視界に広がっていくそれは、超巨大なメンダコ型のナニカだったのだ。
直径三十メートルはあるだろうメンダコは俺の前でひれみたいなのをひらひらさせながら、有無を言わさず怪光線を発射する。動きの鈍い俺はそれをよけることもできない。
「ぐわぁぁ!!」
鈍いとか関係ないか。いきなり光を照射されて避けられる奴などいない。全身に電撃が走り、俺は悲鳴を上げて膝をつく。
メンダコは言った。
「元気か?」
「元気なわけないだろ!!!」
いきなり通り魔にスタンガンを突きつけられて元気な馬鹿がいるなら見てみたい。
「元気でないならひれを両方上げて、『レッツめんだこ!』と叫ぶがよい」
「だれがやるか!! だいたいお前はなんなんだ!!」
「ワシか。ワシは鷲(ワシ)ではない。メンダコだ」
「見りゃ分かる!」
「分かってるではないか」
「なんなんだって聞いてるんだよ!!」
「だから……なんなんだと聞かれたらメンダコと答えるしかあるまい」
「うぐ……」
そうかもしれないが……
「じゃあ、そのメンダコはここに何しに来たんだ!!」
「その前に、ワシのことはヤリイカと呼んでほしい」
「メンダコだろっっ!!」
「メンダコだよ。だが、名前はヤリイカだ」
「なんでだよ!!」
「人間も、新しく子を生んだ時は、周囲にいなそうな名前を付けるではないか。それと同じよ」
「『北海道在住の静岡さん』みたいなものか!」
「そう受け取っていただいて結構。もっともワシは『ウミガーメという星からきたメンダコのヤリイカ』だがな」
「その設定はこのゲームに必要なのか!!」
「そんなことはどうでもいい。ワシは幼かったお前をウミガーメに連れて行った」
「なにーーーーー!!」
ではこいつが幼少期に俺を拉致した宇宙人!?
「その後、お前の超能力を研究し、昨日、それを終えた」
「お前のせいで俺は『何の能力もないただのモルドフ』とか呼ばれてんだぞ! なんとかしろ、訴えるぞ!!」
「力を返すことは構わない。しかし聞きたい」
「なんだよ」
「お前はなぜ、この力を欲するのだ」
「もともと俺のものだろ!!」
「いや、そういうのナシにして」
「それ以上の理由なんてあるか! まぁしいて言えば力が欲しい!」
あのクッソ生意気ほのかにエッチなことをする力……いや、違う。俺は心の中で首を振った。
「俺は……強くなりたいんだ……!」
強くなりたい。俺のいる世界は格闘ゲームの世界なのだ。
弱くても死にはしない。何度うちのめされたってなんのリスクもない。だけど……。
誰にも期待されず、女の陰に潜むモブとしてしか扱われず、ガチャで出たらガッカリされるだけの存在なのは悔しい。
ファンクラブができろとは思わないが、俺を使って強さを目指してくれるプレイヤーがいたっていい。
「俺は『弱い、ブサイク、粗大ごみ』っていう汚名を挽回したいんだ!」
「ふむ……」
メンダコのヤリイカは、どこからかよく分からないところから息を吐いた。
「うわっ!! くさっっ!!!」
「スマン。屁をこいてしまったわ」
「息じゃないのか!!」
しょうもないやりとりで紙幅を費やすヤリイカは、気を取り直して仙人面をする。
「それは、つらい試練を乗り越えてきたようだな」
「全部お前のせいだ!」
「しかしおかげで、お前の超能力はあの頃の数十倍に増幅された」
「……」
「それを今から、お前に返そうではないか」
「さっきの電撃で返してくれたわけじゃないのか」
「あれは、ただの電撃だ。電気通しやすそうなやつが立っていたからな」
「いらんことすな!!!」
「とにかく返してやろう。ただその前に一つ……」
「なんだよ」
「汚名は返上するものだ。汚名を挽回したら汚名をわざわざかぶりに行くことになる」
「はぁ!? ガンダムの偉い人が言ってたんだ。『汚名(をかぶっている自分の名誉を)挽回する』ってことなんだからつべこべ言うな!」
「……その偉い人もそこまで弁護してもらえば、本望だろうな……」
ヤリイカはフブーーと空気を吐き出すと……
「うゎ!! くっさーーーー!!」
「スマンスマン」
「いいから早く話を続けてくれ!!」
メンダコはムッとしたのか、何も言わずに耳か角かよく分からない二つの突起をくるりと動かした。嫌な予感。
「ちょ、ちょっと待て!」
しかしそのまま、問答無用で力を開放する。白い電撃は一瞬で俺を包み込んだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
が……。
その不快な刺激はすぐに身体の底から躍動に変わり、俺を心から奮い立たせていく。
「こ、これが……」
「そうだ。それがお前の本当の力だ」
もりもりと盛り上がっていく筋肉。全身から噴き出している深紅のエネルギーはまるで何かの漫画のパクリのようだが、とにかくものすごいパワーを感じる。
「すげぇ……」
身が軽い。恐ろしいくらい蹴りが切れる。その蹴りからはエネルギーの余波が飛散し、それすらも殺傷力となっているようだ。
周りを見回せば、ジャングル高校のステージだけにスピノサウルスが歩いていたので、喧嘩を売ってみる。
スピノサウルスは十四メートルを超える巨体だが、俺の身体はヤツの吐き出す炎を難なくかわし、数メートルを跳躍して首元に蹴りを一閃していた。
それだけで脳が揺れた恐竜は横倒しに崩れ落ちる。俺はすかさずエネルギーを両腕に溜め、とどめの一撃を加えた。
「圧縮シューーーーーーート!!!」
それが明らかなオーバーキルで、スピノサウルスはその場で内部爆発をしたかのように爆ぜていた。俺は思わず決めセリフ。
「汚え花火だ……」
それから……
俺の戦いぶりは見違えた。
強いとはまさにこのことだ。プレイヤーがどうテキトーに動かしても勝ててしまう。
特別速度が高いわけでもないのだが、超能力のサポートで極端にパンプアップされた筋肉から生み出されるパワーが完全にぶっ壊れていて、たとえ十発くらい殴られても一撃当たればおつりがきてしまう。
「うるぁぁぁぁぁ!!!!」
ただの打ち下ろしのぶん回しパンチがナポレオンポナパルト(高校生)の頬をかすめて地面に接地すれば、アスファルトは大々的に粉砕され、三メートルの大穴を開けて飛び散った。
こんなので殴られたらホントに死ぬ。俺はその圧倒的なパワーを引っ提げて、目の前に現れるゾンビ(高校生)やら老人(高校生)やらを片っ端から粉砕していき、あれよあれよという間に優勝してしまった。
……その優勝を嘲笑う影。どうやら悪の親玉の登場らしい。
紅いジャケットに身を包んだ碧眼の男。ひげを生やし、ワイングラスを片手に王座でふんぞり返っている。
「少しは高校生らしくしろ!!」
「たわけたことを……。吾輩は帝王学園高校第百八十三期生徒会長、アルデンバッハ総帥である。生徒会長であるからには高校生なのだ」
「その理屈が通るなら一日署長やったタレントは、みんな元警察だと言えるだろ」
「微妙に惑わされるところをつきおって……貴様も高校生というにはもったいない顔面ゴリラではないか!」
「ほっとけ!!」
「アルデンバッハ! あなたの悪事も今日までよ!!」
脱線しまくった男二人に、ほのかが主人公ぶる。この戦いだけは、二人で順番にコイツと闘って削り切らなければならない。
「清明……わたしの最高の相棒。お願いね!」
で、俺を捨て駒にするから嫌。しかもオンレコなもんだからキャラ保ってんのが嫌。
画面はローディングに入り、ほんの一瞬世界はオフレコになる。俺はほのかを一瞥し、このラスボスを前にして用意していた言葉を呟いた。
「もし……俺がヤツをしとめたら……俺の言うことを何でも聞くというのはどうだ」
俺の復讐フラグ。このオハナシの結末を示唆する提案だ。
「ハァ?」
ほのかは強がったが、明らかな動揺をその表情に浮かべた。俺はすかさずそこを突く。
「おや、怖いのか? なんだかんだ言っても俺の動きは画面の向こうのヘタクソなプレイヤーに制御されてる。にもかかわらずこの申し出を断れないほど、お前は臆病なのかよ」
「は……? ふざけないでよ」
プライドの高いほのかはこの手の挑発に弱い。
「ちょっと強くなったからって調子に乗らないで。アンタは一生わたしの後塵を拝してればいいのよ」
「なら、負けたらずっとお前の言うことを聞いてやろう。どうだ」
「ふ~ん」
ほのかは、ほんの少しの間目を泳がせた。やがて算段が付いたのだろう、視線を戻し、言う。
「いいわ。その挑戦、うけてやる。……とっととやられてらっしゃい」
俺は確かなフラグを受け取って、ラスボスに目を向けた。
対するアルデンバッハは立ち上がりもせずにこちらを向き、
「フン、加藤登紀子も知らん若造が……」
「高校生らしいセリフを吐け!!」
「しかもハクいスケをはべらせおって……」
「今の高校生にも分かる言葉でしゃべれ!!」
「注文の多い奴だ。貴様のような奴は立ち上がるまでもあるまい。かかってこい」
「なんだと!?」
これこそがラスボスの余裕だ。地上を行けば連続技に絡めとられ、空から刺そうとしても、鬼の反応で昇竜拳コマンドの対空兵器に撃ち落される。
俺は宇宙人から返された、ありったけのパワーを込めた。膨れ上がる自慢の筋肉。こぶしを握り込むだけで『めきききき』と鳴り響く筋肉の躍動を感じながら、ゆっくりと歩を進める。
まるで全身に爆発物を抱えているような威圧感に、ただならぬものを感じたのだろう。アルデンバッハは禁を破って立ち上がり、仁王立ちになって、よく見れば義手なのではないかという腕をばっと開く。
自分で言うのもなんだが、もはや怪物同士のにらみ合いであった。はたから見れば俺がゆっくりと男の方へと歩いているだけなのに、両者の間に入ったら息ができなくなるのではないかという異様な雰囲気が辺りを支配している。その空気は俺が近づくにつれて圧縮されていき、
「うぉぉぉぉぉ!!!」
「ずぁぁぁぁ!!!」
臨界点に達したところで、時空を斬るようなエネルギーとなって爆ぜた。
俺を狙っていた悪の出先機関、『帝王学園高校』の生徒会は滅んだ。
俺は赦されたのか。それは分からない。『ξ』が俺に対して本腰を入れるかは〝待て次号〟といった演出が画面に流れていく。オールクリアを示すエンディング動画であった。
ほのかは女優としてますます脚光を浴び、俺はとりあえず元の高校生活に戻る。
元の生活に戻れば受験か就職が控えていて、「これからちょっと退屈になるなぁ」みたいな態度を示しているが、そんなことはぶっちゃけどうでもよかった。
さぁ……復讐タイムだ。
画面の向こうに消えた俺とほのかは、俺たちの通ってる『ワクワクドキドキ学園高校』の校舎の一角にいる。
無言のほのか。口角を上げる俺。
俺はあの頂上決戦でも無双の力を発揮した。ラスボスの放つ一撃を正面で受けてもよろめきもせず、動揺したあの男の脇腹にぶん回しのフックをぶち込んだだけで勝負は半分決っしたようなものだった。終いにゃ奴は苦し紛れの核爆弾を投げてきた挙句、『核兵器不法所持』の現行犯で逮捕。書類送検されてしまった。
「勝ったぞ」
俺は努めて冷静に言っているが、内心舞い上がる気持ちだ。対してほのかはややうつむいたまま、怯えた小動物のように動かない。こうなると、映画俳優でも茶道の師範でも、大男をたちどころにノックアウトさせてしまう格闘家でもなんでもない。
……ただの、女子高生だった。
「約束は守ってくれるんだろうな」
「……」
ほのかは目を合わせようとはせず、唇をかみしめ黙っている。
勝った。……俺は勝ったんだ。ざまぁも復讐も思いのまま。この女に思い切り恥をかかせて奴隷のように扱うこともできると思うと、『動悸息切れに救心救心』である。
「今さら逃げるなよ?」
「逃げないよ。いいよ。なんでも言うこと聞く」
マジか……。並べていた思いとは裏腹に、俺の方が動揺してしまう。あんなこともこんなこともと思いつつ、いざとなるとうまく声にならなかった。
「じゃ、じゃぁ……今から回らない寿司をおごってくれ」
「いいよ」
肝っ玉の小さい俺。まず第一段階クリア。
「お、俺、ほしいバイクがあるんだよ」
「分かった。買ってあげる」
言いたいことはそれではないが、とにかく人生において初めて巡ってきた俺のターンに、俺自身が戸惑う。
「そ、それで……お前は俺の後ろに乗って三泊の旅行する。当然借りる部屋は一部屋だ」
「……うん」
「同じ部屋だぞ」
「……いいよ」
「……」
しかしここにきて、逆に不安になった。
素直すぎる。なにを企んでいるのか。ほのかはうつむいたままだ。
「その一部始終を写真にとってスクープ誌に送り付ける。……いいんだな?」
それも、小さくうなずく。動揺が広がるのは俺の方。
「と……当然お前は芸能界から抹殺される」
「……分かってる」
「いいのか?」
「……いいよ」
どう考えてもおかしい。どのようなエスケープの手段を用意してるのか。ひょっとして木陰にSATとか潜んでいて、俺、コイツに一歩でも近づいたら射殺されるのか?
というか、嫌がってくれないと復讐にならない。どんな言葉を用意すべきか思案しながら、ともかく沈黙したら負けだと思った。
「ちょ、ちょっと俺を抱きしめてみろよ」
「……」
ほのかは、顔を上げないままゆっくりと進み、俺にしがみつく。これは……
……命乞いなのか……?
「今さら借りた猫みたいになったって俺は許さないぞ」
「……うん」
「まぁ心配すんな。芸能界から干されたって、お前は今からいっぱいやることがある」
「うん」
「……」
何のフラグだ。俺は混乱したまま、
「お前、坂上ちなつと映画共演してたよな。今度会わせろよ」
「……」
俺にしがみついているほのか。そこで、初めて口の動きを止めた。
とうとうツボを見つけた。栄光を競い合った相手に、自分の無様をみられるのはさぞ嫌だろう。
「……それはヤダ……」
「ヤダ、じゃないよ」
「ヤダよ……会わせない」
「なんでも言うこと聞くんだろ?」
「……」
それでもほのかは、うなずかない。
やがて彼女は俺の胸元で小さく息を吐いた。
「……わたし、生後半年目から芸能界にいたんだよ」
「……?」
「超天才子役、アイドルを超えたスーパースター……いろいろ言われて今まで来たの、知ってるよね」
「はっ!」
俺は唾を吐き出した。胸元のほのかは避けられず、その美しいストレートヘアを汚してしまう。だが俺は彼女が何かするのを許さない。
「だからわたしのプライドを奪うなって? 俺のことを今まで散々悪しざまにしといていいご身分だ」
「そうだよ。アンタだけだったよ。わたしの素が見せられるの」
「は……?」
「窮屈な芸能界のかごの中と、おまけに茶道の師範だよ? 親にだって反抗することは許してもらえない。どこにいたって息のつまるわたしのありのままを、唯一受け止めてくれてたのがアンタなの」
「はっ、これまではいいサンドバックだっただろうけどな。今からはそうはいかないぞ。ずーーっとかわいがってやるから覚悟しろよ」
「よかった……」
「へ……?」
俺の唾で頭を汚したまま、ほのかはしがみつく腕を強める。
「……このゲームのエンディングを迎えちゃったわたしたちの接点は、無くなるよね。……そんなのイヤだ。わたしはアンタと離れたくない」
「えぇ……?」
ちょっと待て……どんな展開だ。
「好きだよ。清明」
「はぁ!?」
「ううん、好きなのかとか、よくわかんない。でも、離れたくない。アンタがいなきゃ、わたし、息できなくなって死んじゃうよ」
どんな展開だ!!
「アンタはわたしのこと嫌ってるだろうし、このまま離れることになったらどうしようってずっと不安だった。だからあの約束は……私にとっても好都合だったの……」
「……」
「ちなつになんて会わせない。あんなかわいい子に会わせて、アンタの目があの子に向くのはイヤ」
俺、さらに大混乱。苦し紛れに言葉を発す。
「そ、それは……命乞い、なのか……?」
「わたしを好き勝手にしてくれるのはいいよ。そんなアンタをこれからも思いっきりなじってやる。……それが、わたしの素なの。それをさせてくれるのは……十八年生きてきて、アンタしかいなかったの。……そしてきっと、これからもアンタ以外にはそんなことできない……」
「……馬鹿じゃないのか……?」
コイツは……これまであまりに狭い世界を生きてきたせいで、世の中にアホは俺しかいないと思ってるらしい。
「馬鹿でもいいよ。赤ちゃんの頃から自分を隠し続けてきたわたしが本性をさらけ出すって、どれだけ難しいことか分かってないでしょ。わたしが〝いい子ちゃん〟するのを、どれだけ無理してるのか……アンタだけが知ってるでしょ!?」
「……」
「どんなカタチであれ、わたしにはアンタが必要なの。いいよ約束だから。何でも好きにしてくれていい。だから、わたしの目の前からいなくならないで」
「……」
顔面ゴリラの俺は笑ってしまった。とんだツンデレだった。
コイツは今自分が口にしていることを、これから先、きっと後悔するだろう。笑える。ざまあみろだ。
どうやら、俺の復讐は達成できそうだった。それも、俺の一番望む形で……。
「じゃあ、手始めに、手を繋いで一緒に帰ろうか」
「いいよ……」
今まで怯えているようだったほのかの、ほのかな安堵の表情……。
俺は初めて……幼い頃にテレビでずっと見ていた初恋の相手の、手を握っていた。
012『プリンス=オブ=ファイティングハイスクール!』 矢久勝基@修行中。百篇予定 @jofvq3o
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