第8話 転職考えようかな

 いつもより早く出勤したアケビは、再処理施設内のコーヒーショップで朝食をとった。



 再処理施設2階通路を戻り、オフィスJKMの近くになると、社内の照明がついているのが見える。自分の勘違いで早起きして出勤したが、静かなこの施設内が異空間のようで楽しく思えた。


 会社のドアを開けると、トニーチが出勤しており、他には作業員は来ていなかった。


 アケビは挨拶をした。


「おはようございます」

「おはよう。今日は、早いんだな」


「はい、今日は早く起きたので、そのまま出勤しました」

「そうか。そういや、まだ樹脂脳核の解析やってんのか?」


「えぇ、"まだ"やってますよ」

「あれは、無駄だって。どう考えても、機能停止した機械はショートして内部データは消えてしまう。アンドロイドのような精密機械なら、尚更、その消失回路が存在するはず」


「同じことを何度も言ってきますよね。アタシ個人が何をやろうが構わないのではないですか?」

「そりゃ、無駄だから」


 半笑い、見下した態度の顎を上げ、目線を下に送る仕草をトニーチがしたため、アケビは『関わりたくないのに相手をしなきゃいけないのか』と離れていた距離をゴッゴッとブーツの踵で足音を立て、近付く。

 さすがに、言い過ぎたと思ったのか、トニーチの顔が引きつる。


「おはよ~だ~」


 なんとも気の抜けた挨拶をしながら、ヒドノラが社内に入ってきた。


「お、なんだ、お邪魔したかな、お二人さん」

「何も邪魔してねぇよ、ヒドノラ」

「……おはようございます」


 トニーチまで半分くらい距離があったがアケビは、もっと面倒くさいヒドノラが声をかけてきたので、自分の席に移ることにした。


「ん、アケビはトニーチに用があったんじゃないのか?」


 アケビがヒドノラの横を通った時に、ヒドノラが話しかけ、左腕を掴んだ。掴まれたことの不快感で、反射的にアケビは振り解くと同時にヒドノラの右肘から上腕を殴り払おうとした。


「何やってんだ、朝っぱらから!」


 ゲーダが怒鳴った。ゲーダとヤンヌが出勤すると、目の前で男性作業員が女性作業員の腕を掴んでいる光景。抵抗する女性作業員の姿。男性作業員の分が悪い状況である。


「いや、待ってください。トニーチに用があって、向こうに行こうとするから、アケビを呼び止めたんです!」

「また、お前か!アケビちゃん、実際どうなんだ」

「アタシは、自分の席に行こうとしたんです。トニーチさんとは挨拶しただけで、ヒドノラさんに腕掴まれて止められるような状況ではないんです」


「ちょ、何言ってんだ。アケビはトニーチの所へ歩いてたじゃないか!」

「ヒドノラ、お前黙ってろ。トニーチ、説明しろ」

「アケビとは挨拶しただけで、その挨拶の状態をヒドノラが勝手な解釈をしたんですよ。腕掴んでまで、動きを止めることはなかった」


 トニーチがヒドノラの行動を完全に悪いものとするため、アケビと一悶着起こりそうだった事を言わなかった。


「アケビちゃん、腕大丈夫か?」

「痛みはありますよ、社長」

「わざとらしいことを言いやがって、アケビよぉ!」


 ヒドノラがまだグダグダと言いそうだったので、アケビは袖を捲り上げ、左腕を見せると少し赤みを帯びていた。


「ヒドノラ、女性の肌は、お前とは違うんだ。ちょっと来い!」

「いや、あの、掴みはしたんですが、そんなに強くは……」


 ヒドノラは、ゲーダに人があまり来ない通路の奥に連れて行かれた。それを確認して、ヤンヌがアケビに声をかける。


「大丈夫なの?病院行く?」

「それは、大げさですよ」


 アケビは状況を伝え、ヤンヌに軽く会釈して自分の席に向かった。そして、作業用ジャンパーを着ながら思う。


 いや~、危なかった。ヒドノラの腕を殴りつけ、しばらく腕が痺れる状態にしようとしてたから。よく動きを止められたよ。ヒドノラが腕掴んできたのは、おかしな行動だ。言うこと聞けよ!って態度でしかない。


 気持ちを落ち着かせ、アケビはその日の作業に入る。朝礼はあってないようなものだから、社長がいなくても誰も気にしてなかった。15分くらい時間が経って、ゲーダとヒドノラが社内に戻ってきた。勝手な予想だが、話は平行線のままだっただろう。アケビは考える、『ヒドノラの解雇が先か、アタシの辞表提出が先か』と。


 黙々と、淡々と通常業務をしていると、ゲーダが社内奥の方に向かってくる姿が見える。今度は何だ?と警戒するアケビ。

 そのまま近付いて、ゲーダはアケビに話しかけた。


「アケビちゃん、作業途中すまない」

「なんですか?」


「今からトニーチたちを連れて、解体用アンドロイド本体回収に向かう。ただ、今日が解体済みの部品回収が行われる。ジャンクフェス前だから日程が変わってさ。それで、金属買取業者が大半のことはやってくれるが、他作業員たちとヤンヌの手伝いをやってほしい。なので、一旦、今日の解体作業は保留。いいかな?」

「はい、分かりました」


「うん、頼んだ。細かい指示はヤンヌが言うから」


 ゲーダは急いでいるのか、アケビに対して変に絡んでくることもなく、トニーチ、ヒドノラ数名を連れて会社から出ていった。


 作業を止められたので、皆、道具の片付けを始めた。作業台の整頓が終わる頃に、ヤンヌから声がかけられた。


「回収業者の方が見えられました~。通路を確保するので、イス等、邪魔にならないよう避けてくださ~い」


 指示通りに、作業台周辺の障害物を寄せ、作業員たちは邪魔にならない位置に立つ。回収業者は、台車を走らせ、オフィスJKM内の指定された置き場にある金属を回収していく。作業員が何か手伝おうとすると、手で遮る。


「危ないので、そのままで」


 そう言われると、皆、立ち尽くすだけで、その回収作業を眺める。金を含んだ酸性溶液も厚手のテカテカした手袋にガスマスクのような出で立ちの担当者が、衝撃吸収加工された箱付き台車に載せ、慎重に運び出していく。

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