第26話 うまくやればいいんだ

 振り返る暇はなかった。

 ぎゅっ。両手が後ろから首のまわりに回って来て、そして首が絞め上げられる。

 うわーっ。

 ここはその校門の守衛所から見える場所なのだ。しかも守衛さんがいるのも見えている。

 だから油断したのだが、でも、守衛さんから見えるところで、なんという大胆な犯行!

 「ね」

 前よりさらにねちっこくなった声が耳もとで言う。

 それで、犯行者の正体はわかってしまった。

 「いま美聖みさとがやってるのって、何やどり?」

 「うーんっと、ねえ」

 いきなりそんなことをきかれても答えられるはずがない。

 「なんかよくわかんないことやどり」

 何を言ってるんだか。

 「何それ?」

 きいてきた。

 それはきくだろう。

 でも、「晴れやどり」以上に謎なことは言ってないと思うのだが。

 「なんかよく考えてもわかんないから、そこから逃げてるの」

 「ふぅん」

 相手は、まだ首に腕を回したまま、後ろで左右に体を振る。

 肩の後ろに胸をくっつけたまま。

 どうでもいいけど。

 こういうことをされると、よくわかる。

 あるんじゃん、胸!

 あのとき、ちょっとばかり真に受けて損した……。

 何を損したか知らないけど、たしかに、損した。

 「いや、もう」

 美聖は後ろのほうに顔を向けて言う。

 抱かれているので、真後ろは見られなかったけど。

 「こういう一方的ハグはなし! やるんだったら」

 美聖は、自分の首に巻きついている手首を、右は右手で、左は左手でつかんで、はずす。

 相手は抵抗しなかった。

 美聖は華麗に立ち上がる。いったん手をふりほどいて、それでスカートを拡げて華麗にくるんと回って、まだ中途半端に上げたままの相手の手をつかみ直した。

 美聖よりちょっと背の低いけいは笑っていた。

 あの口を大きくして唇の端を引いて、目を細める笑いかただったが。

 ちょっと、自分のいたずらが過ぎたかな、みたいな表情が浮かんでいる。

 かわいい。

 それに、前のときより日焼けしたみたいだ。

 きっと、夏のあいだはずっとそのストップがかかり続け、涼しくなってお日さまの下で存分に練習できるようになって、かえって焼けたんだろうな。

 でも、この髪の毛のくるくるは?

 運動したら汗を吸って、もっとだらんとするはずなんだけど……?

 天然でこんなきれいに巻いてるっていうのも、あり得ないし。

 まあ、いい。

 「やるんだったら」と言ってしまった手前、やらないわけにはいかない。

 ベンチを間にはさんでいるので、うまくやらないと、どっちかが、または両方が、バランスを崩して倒れてしまうのだけど。

 うまくやればいいんだ。

 美聖が右膝をベンチに載せると、圭もだまって右膝をベンチに載せた。

 これで安定する。これでも倒れるかも知れないけど、そのときはそのときだ。

 それで、自分も唇の端を引いて、圭にこたえてから。

 美聖は、背中に手を回して、そのくるくるの髪ごと圭をぎゅっと抱きしめた。


 (終わり)

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