6 キスとハグと何かやどり

第21話 よく知ってるねぇ

 そんな感傷はすぐに吹き飛んだ。

 外に出たら圧倒的な現実が襲ってくる。

 暑い!

 さっきまでそんなに気にならなかった蝉の声がその暑さを否応なしに盛り上げる。

 なかに、一匹だけツクツクホウシが混じっている。この蝉が鳴き出したら暑さも収まるのかな。なんかそんな感じだったと思うけど、いまは、なんでこんなに暑いのにそんなのんびりした鳴きかたができるんだ、とか感じてしまう。

 でも、真上に近いところから照らす日の光は避けられた。

 まず来るのはけいの乗るバスで、そのバス停は、待合所の小屋から少し離れた、柳の木の下にある。

 柳が揺れていて、後ろは小さい川で、しかもその後ろでは田んぼの稲の群れがときどきさわーっとさわやかな音を立てて、涼しげだ。

 風景的には。

 現実には、髪の下から流れてきた汗が首筋を迂回してあごの下のところに流れてきて、その涼しさ感を裏切っているけど。

 でも、圭に会う前は、風もまったくなかった。

 それが、午後の時間になって風が出て来たのか、それとも、さっきもこれぐらいの風は吹いていたのに気がつかなかったのか。

 圭と美聖みさとと、柳の下に並んで、同じように鞄を持って、行儀よくバスを待つ。

 こいつより、胸があるのかなぁ?

 たしかに、ここに立つと、胸の下に汗で濡れた地帯が存在しているのがわかって、その程度には胸があるんだな、とは感じるのだけど。

 こんどそのへんに集中的に制汗スプレー振ってやろう。

 どうなるだろう?

 「で、さ」

 美聖が声をかける。ちょっとぎこちないのは、別れがさみしいからか、それとも直前にへんなことを考えていたからか。

 考えないようにしよう。

 「圭はどこまで帰るの?」

 「本地ほんじ

 圭は普通に答えた。

 「小堀こぼりからひと駅だね」

 自分で言うので、美聖は言うことばを取られた。圭がそのまま続けて言う。

 「美聖はどこなん?」

 「あ、高丸たかまるってとこでね」

 知らないだろうなぁ。

 「ああ。十郷そごう温泉とかあるところ?」

 げっ。

 知られてる!

 「よく知ってるねぇ」

 たしかに、さっきバス停の名前を挙げたときに、十郷温泉も高丸も言ったけれど、そこまで覚えてはいないだろう。

 十郷温泉と高丸と、あとりんどう山のロープウェイとかは知ってるのに、すみれだい高校の場所は知らないんだ……。

 ま、当然かも。

 圭は説明する。

 「梅蘭ばいらん高校ってね、わりと郷土史とか郷土地理とかやるんだ。いや中学から」

 「うん」

 そう言えば一貫校なんだな。

 「私立学校だし、よそから通ってる生徒も多いし、ま、わたしもそうなんだけど」

 言って、横目で美聖を見上げる。

 そうすると、後ろにくるくる巻いた髪が対称でなくなり、ちょっと互い違いになって、それもいい。

 圭は続けた。

 「そうすると地元から浮いちゃうでしょ? 実際、昔はそうだったらしいし」

 「うん……」

 たしかに「梅蘭高校」ってそんなイメージだ。小堀にはあるけれど、小堀とは関係のないエリートたちが行く学校、って。

 実際に、小堀市には大学はないので、進学校ということは、卒業生はみんなどこか違うところに行ってしまうのだ。

 美聖は地元の高校に行くことしか考えなかった。進学はしたいと漠然とぐらいには思っているけど、将来、就職するとしても小堀市の範囲だ。

 だから、美聖は「ばいらん」か「うめらん」かにも関心のないまま、候補からはずした。

 いや、候補も何も、ここは一貫校だから、高校から生徒を募集したりしてるのか?

 それすら確かめなかった。

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