第7話 要するに、どうでもいい

 美聖みさとは、鞄をその骨組みから地面に下ろし、自分が椅子の骨組みに腰掛けた。

 最初は、おそるおそる、だった。人間の意志の力で、お尻の下で何が起こってもだいじょうぶなように、足を踏ん張る。

 でも、何も起こらなさそうだ。お尻の上の骨が椅子の骨と骨どうし直接に触れ合ってちょっと痛いけど、がまんができないというほどではない。

 意志の力を発揮し続けるのも疲れる。ふっ、と力を抜いた。

 いちおう、座れた。椅子が骨組みだけでも。

 ということは、と、頭を、哲学から数学とか物理とかに切り換える。

 小さい円の半径と、大きい円の半径と……。

 つまり、お尻がそれだけ大きいってこと?

 暑くなって、甘いもの太るものそのほかもろもろのものの誘惑に負けることに抵抗感がなくなって、それでお尻とか太ももとかにお肉がついてしまったってこと?

 いや。

 円椅子の枠が、最初からそれだけ小さかったんだ。

 そう考えることで、アタラクシアというものを回復する。

 アタラクシア……でよかったかな?

 ま、どっちでもいい。最初から。

 息をついて、地面に目をやる。

 地面は固く、白くなって、ひび割れができていた。

 たしかに、雨、降ってないからなぁ。

 でも、そのひび割れた割れ目から、小さい草が元気よくしょぼしょぼと生えている。

 いや、「元気よくしょぼしょぼ」は、へんかな?

 その、しょぼしょぼと、でも緑色が威勢のよさそうなその草が生えている横を、よたよたとありが歩いている。

 いや、よたよたと見えるのは、足の構造が人間と違うからで、蟻としては普通に歩いているのだろう。

 地面はもっと熱いだろうに。

 こんな時間に、無理して餌を探さなくても。

 ところが、そう思って見ると、そのよたよたと歩く一匹蟻から少し離れたところを、蟻が列を作っているのが見えた。

 列の先を目で追うと、せみが落ちて、裏返しになって、ひからびている。

 この蟻たちは、この蝉の死骸がほかの集団に取られる前に確保しようと、その小さい体でがんばっているのだ。よたよたと列以外のところを歩いていたのは、そこからはじき出された一匹というわけではなく、たぶん新たな別の餌を探しているのだ。

 蟻は勤勉だというのか。

 蝉が死ぬのを見てすかさず食糧確保に走るとは、よほど余裕がない生活をしているんだな、というのか。

 蟻は黒いから、太陽からの熱を吸収しやすいはずで、それでもがんばるとは、なんというか、すごいやつらだ、というか。

 要するに、どうでもいい。どうでもいいけど、三十分の暇を潰すにはいい素材だ。

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