第29話 デートの理由
なぜ、俺が月とデートすることになったのか。
事の発端は数日前に遡る。その時、俺たちは渡と萌が参加するテニス大会の予選を見に行っていた。
◆ ◇ ◆
六月上旬。
コートに響く乾いた打球音。
互いに一歩も引かず、白球は左右に揺さぶられながら何度もネットを越えていく。
萌は走るたびにシューズが砂を蹴り、息を切らしながらも食らいつく。
「今だ!」
ボールは空気を切る音とともに、ネットを越え萌の目の前へ。
ラケットを握る手に力を込め、萌は一瞬も迷わず振り抜く。
ボールは鋭い軌道を描き、相手の届かぬコートの隅へ――。
『ゲームセット! 勝者、一星高校、如月萌!』
観客席から歓声が湧き上がる。
「よしっ!」
萌はその勝利を噛みしめるようにガッツポーズを作る。
こうして萌は、夏の大会本戦への切符を手にした。
◆ ◇ ◆
「いやー、すごかったですね」
俺たちは帰りの電車を待つ間、先ほどの試合の感想を言い合っていた。
今日は夏に行われるテニスの大きな大会の予選が行われていた。
俺と月は、その試合の応援も兼ねて観戦に訪れていた。
予選には、渡と萌の所属する一星高校テニス部が参加していた。
とはいえ、テニス部の中で本戦出場の切符を手にしたのは、渡と萌の二人だけで、他は散々だったようだが。
以前、テニス部の練習を見に行ったときから、この幼馴染コンビは飛び抜けて上手い印象だった。
本来なら男女別で練習を行うところだが、二人に合わせられる相手がいないため、わざわざ男女合同で組ませるほどだ。
二人にハンデや縛りをつければどうにでもなりそうだが、顧問はテニス経験がほとんどないらしく、そういう発想はないらしい。
教員の人材不足による問題も深刻だな。
「でも疲れたー! 早く帰ってご飯食べたい」
「俺もー」
……当の二人は特に気にしてないようだが。
しばらくして電車がホームに滑り込んできた。
到着のタイミングにあわせ、大きく風が吹きこむ。
俺たちはそのまま乗り込み、空いていた席に並んで腰を下ろした。
「そういえば、本戦はいつやるんだ?」
「たしか少し間があいて、夏休み頃だったはずだよ。だから、その間はあんまり遊べないかも……」
「まぁまぁ、それは仕方ないですよ」
「また忙しくなんのかー。正直、部活より家でゲームしてたいんだけど」
渡が思わず愚痴をこぼす。
この二人に関しては、部活に加え、学級委員長もやってるからな。あまり自分の時間を取ることができないないのだろう。
……ほんと、おつかれさん。
◆ ◇ ◆
「どうする、渡? ママがご飯食べてかないかって」
「じゃあ、食べてくわ。陽斗、天野さん、また明日」
「また学校でねー!」
二人と別れ、俺は月と二人きりになる。
駅に着くころには、すっかり日も落ち、街頭の明かりが妙にまぶしく見えた。
「陽斗君」
「なんだ、月?」
「ご飯食べてくとか言ってましたよね」
「言ってたなぁ」
「あの二人、付き合ってましたっけ」
「付き合ってないなぁ」
なんで付き合ってないんだろうなぁ。
月は思わず頭を抱える。
やっぱ、月も二人が両片思いなことに気付いていたか。
まぁ、分かりやすいしな。
「こういう、両片思いの幼馴染って存在したんですね。てっきりフィクションだけのものかと」
「あの二人が特殊なだけだと思うけどな」
「それはそうですね」
それにしても、美男美女で、テニスも上手くて、学級委員長をやれるくらいには人望もあって、思いを寄せられている幼馴染がいる。
……流石にリア充がすぎないだろうか。
「話は変わりますけど、もうすぐ、萌さんの誕生日ですよね」
「あー、そういえばそうだったか」
萌の誕生日は6月15日。
その日は部活もないということなので、萌の家で誕生日パーティをする予定になっている。
「…………」
「…………」
……沈黙。いや、なんか喋れよ。
「あー、プレゼントはどうするんだ?」
「……どうしたらいいんですかね」
どこか期待を込めた目で、こちらを見つめる。
わざわざ萌の誕生日の話題を振ったのは、それを聞くためか。
話の振り方が下手だなぁ。
「いくつかおすすめは言えるけど、自分で選んだもののほうが、萌は喜ぶと思うぞ」
「……そうですよね」
月は思わず肩を落とす。
「そういう、陽斗くんはプレゼントは決めてるんですか?」
「まぁ、目星はつけてる」
「……意外ですね。あなた、女子に贈るプレゼントとか分かるんですか」
「なんか遠回しに、俺が女子に贈るプレゼントのセンスがないって言ってないか」
月は少し気まずそうに、目を逸らす。
図星かこいつ。
「妹がいるからな。そういうのは分かるほうなんだよ」
「あぁ……なるほど」
納得したような表情を月は浮かべる。
妹に誕生日プレゼントで、散々文句を言われたのが役に立ったな。
「でも、本当にどうすれば……」
頭を両手で抱え、月は途方に暮れたように小さくため息をつく。
もっと気軽に考えていいと思うんだが……。
だけど、それを月はしないんだろうなとも思う。
悩むということは、それくらい萌を喜ばせたいということだ。
そんな月の健気な気持ちに、つい笑みがこぼれた。
「なんで笑うんですか」
「悪い悪い。思わず」
月はむっとしたように頬を膨らませる。
正直、怒っているというより拗ねているようで――あんまり怖くない。
「なら、一緒に選ぶか?」
「はい?」
「一人で考えるより、二人で考えたほうがいいものが見つかるだろ」
「……ナンパですか?」
「違う。なんでそんな発想になった」
肩をすくめながら、思わず苦笑いする。
「いや、あきらかデートのお誘いじゃないですか」
二人きりで、買い物をする。……うん、デートだな。
いやまぁ、下心とかまったくないんだけど。
「とにかく、行くのか? 行かないのか? さっさと決めろ」
「…………行きます」
ほんのり頬を赤らめ、月は小さく答えた。
俺は微笑を浮かべる。
「じゃ、それで」
こうして俺と月の“デート”は、思いがけず決まったのだった。
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